9月14日にナスダックに上場したアームのレネ・ハースCEO(右)と、同社を傘下に持つソフトバンクグループの後藤芳光CFO。
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アーム(Arm)、インスタカート(Instacart)、クラビヨ(Klaviyo)。ここのところ、知名度の高いテック系ユニコーンが相次いでIPO(新規株式公開)を果たした。これを契機に“IPO神話”が華々しく復活し、IPOに苦戦してきた数百社のスタートアップ企業にもチャンスが訪れるとの期待が広がった。
しかしシリコンバレーの企業の間には、IPOで成功をつかむぞと雄叫びを上げる機運どころか、諦めムードが広がっている。
インスタカートの株価は上場後の価格から23%以上下落し、公開価格の1株30ドルをかろうじて上回っている。アームの株式は先日、公開価格の1株51ドルを下回って取引されていたため、上場前に同株式を保有する権利を与えられた内部関係者でさえ含み損を抱えていることになる。
クラビヨ株は公開価格である1株30ドルをわずかに上回ってはいるが、それでも上場後の価格から6%下落している。
大企業の後ろ盾があってもなお…
これらのIPOを実施するうえで、まず言えるのは市場環境が適切でなかったということだ。米連邦準備制度理事会(FRB)は9月20日(現地時間)、「より高く、より長く(higher for longer)」の合言葉のもと、高金利を維持する期間を延長すると決定した。このことが影響し、近ごろの市場は不安的な動きを見せている。
インスタカートの場合、IPOから得た恩恵は1億ドル(税引後。約148億円、1ドル=148円換算)程度とそれほど大きいものではなく、同社のバランスシート上の資産(約20億ドル〔約3000億円〕)のごく一部だ。一方、D1、フィデリティ(Fidelity)、ティー・ロウ・プライス(T. Rowe Price)といった投資家の多くは、この投資により評価損を抱えている可能性がある。
インスタカートとクラビヨのセカンダリー・マーケットでの実績を追跡していた、フォージ(Forge)の分析・投資ソリューション責任者ハウ・ン(Howe Ng)氏は、「新局面は勢いに欠けるようだ」と語る。フォージのデータでは、両社は上場前からセカンダリー・マーケットで業績不振だったとン氏は言う。
大失敗と呼ぶほどではないものの、投資意欲が旺盛であることが示されたとも言いがたい。たとえるなら、数十億ドル規模のテック系スタートアップに対する市場の食欲は、フルコースではなく軽食で十分といったところだ。
しかもIPOでは3社すべてが、アップル(アームに出資)、ペプシコ(インスタカートに出資)、ブラックロック(クラビヨに出資)と、一定額を引き受けてくれる名だたる大企業の後ろ盾を確保していた。こうした企業の引き受けがあれば、理論的には需要が刺激されるので、株価の下支え効果があるはずなのだが。
全体として見れば、ベンチャー投資家にとってこれは朗報とは言えない。というのも彼らの多くは、実際の現金に変えることのない多額の含み益に依存しながら、収益があることを示すようプレッシャーにさらされているからだ。
「ベンチャー市場は依然として大部分が麻痺している」と、ラックス・キャピタル(Lux Capital)の共同創業者兼マネージングパートナーであるピーター・ハーバート氏は指摘する。
スタートアップ界隈ではここ何カ月か、どの企業が資本市場から資金を調達できるかという話題が取り沙汰されている。しかし、行動を起こすタイミングを探っている企業はまだ待つ必要があるかもしれない。
「これをきっかけに、レイターステージの未上場テック企業の多くがIPO市場をこじ開けられると期待している人はがっかりするでしょう。これさらなるIPOの実現で期待に応える必要があります」
と、トライベッカ・ベンチャー・パートナーズ(Tribeca Venture Partners)の創業者兼マネージングパートナーであるブライアン・ハーシュ氏は説明する。ハーシュ氏は、IPO市場が2026〜2027年ごろまで通常の状態に戻らなくても驚きはないと話す。
「窓は閉まっていないが全開でもない」
最近のこうした株式公開は、IPO関連の業務にたずさわる金融関係者や弁護士たちにとっては言うまでもなく歓迎すべきニュースだ。何しろディールがなくなっていたため、彼ら彼女らの多くはここ数カ月まともに仕事にありつけていなかったのだから。
「このディールを担当した弁護士や金融関係者は大喜びしているでしょうね」と話すのは、これまで80億ドル(約1兆1800億円)以上の株式公開案件に関わってきた法律事務所トンプソン・コバーン(Thompson Coburn)のパートナー、デビッド・カウフマン氏だ。
インスタカートとアームのIPOで主幹事となったJPモルガン(JP Morgan)の担当者2人はInsiderの取材に対し、株式公開とそれに伴う数百万ドルの手数料のおかげで士気は高い、と語る(年末ボーナスのことは言うまでもない)。
ある銀行員は、JPモルガンのニューヨークオフィスの雰囲気を「慎重ながらも楽観的」と表現した。しかし、特に最近の株式市場の収益が精彩を欠いていることを考えると、これがディールの回復を示唆しているかはまだ不透明だ。
もちろん、アームの上場から約2週間しか経っておらず、これらの企業の長期的な見通しはわからない。エニアック・ベンチャーズ(Eniac Ventures)の共同創業者であるニーアル・メータ氏は、悲観的な見通しを持つほどではないだろうと話す。
「これらの企業が外に出て、どこかに激突していないということは、窓が閉まっているわけではないが全開でもないということでしょうね。新鮮な空気を取り込む程度に半分ひびが入っている状態、といったところでしょうか」(メータ氏)
なお、アーム、インスタカート、クラビヨにコメントを求めたが、回答は得られなかった。