ATOUR LIGHTは若者をターゲットにしたスマートホテル。スタッフも印象が良かった。
浦上早苗撮影
2020年2月のコロナ禍初期、潮が引くように日本から外国人旅行客がいなくなり、値崩れしまくった観光地のホテルに何度か泊まった。多くはインバウンドの団体ツアー客向けのホテルだった。印象の薄い揚げ物中心のバイキング、特徴のない大浴場、土産物コーナー……。
中国の三つ星ホテルもこんな感じだし、初めて日本に来た中国人なら、「こんなもの」と受け入れるだろうなと思っていたが、最近中国を数回旅行して、ホテルのレベルの向上ぶりに大いに驚いた。中国お得意のスマート技術に加え、日本のホテルの良い部分が取り入れられ、進化を認めざるを得ない。
そこで今回は、若者の支持を受けて中国最大の「中高級ブランド」チェーンに成長し、2022年にナスダックに上場したATOUR HOTEL(亜朵酒店)を紹介したい。
客室にトレンドの隅田川珈琲
7月初め、深センのユニコーン企業を取材した際、同社総務が予約してくれたのがATOUR HOTELだった。筆者が中国に住んでいた2010年代には見かけることがほとんどなかったナチュラルテイストの客室に書斎風のロビー……。ビジネスホテル以上、シティホテル未満だが、滞在していて居心地がいい。日本で近年流行っている「ライフスタイルホテル」という言葉がぴったりだった。
深センのATOUR HOTELの客室はナチュラルテイストだった。
浦上早苗撮影
細やかな気遣いも随所に見られた。部屋には「隅田川珈琲」のドリップ式コーヒーやホテルオリジナル茶葉が用意されていた。隅田川珈琲は日本に留学経験のある中国人が展開するブランドで、中国のコーヒー文化の成熟に伴い急成長している。この時は中国に入るのがコロナ前以来4年ぶりだったので、「これがしばしば中国のニュースで見た隅田川珈琲か!」と嬉しくなった。
客室には日本発祥で、最近中国で流行しているドリップコーヒーが用意されていた。
浦上早苗撮影
夜はドーミーインの「夜鳴きそば」にオマージュされたような「夜鳴き粥」が提供された。お粥だけでなく水餃子と煮卵もあり、これだけでお腹が膨れた。最も感動したのは無料ランドリーコーナーだ。洗濯機に洗濯物を入れたことを忘れて寝てしまい、翌朝慌てて取りに行ったら、乾燥まで終えた洗濯物が畳んで置いてあった。
この時の中国旅行では他に泊まったホテルもコスパやサービスの質が事前の期待を大きく上回り(もちろん予約プラットフォームで口コミを徹底精査したからでもある)、中国のホテルブランドへの印象を改めざるを得なかった。
カジュアルラインなのに温水洗浄便座に歓喜
そして今年2度目となった9月の中国出張でも、取材先の中国企業が上海のATOUR HOTELを予約してくれていた。調べたところ、正確にはATOURグループのカジュアルライン「ATOUR LIGHT(軽居酒店)」で、ロビーなど共有スペースは簡素だったが、若者ユーザーを意識してか宅配の受け取りロッカーや、自由に取れるペットボトルの水、駄菓子、アイスコーヒーが用意されていた。
フロントにはアイスコーヒーや駄菓子が用意されている。
浦上早苗撮影
客室のドアを開けると、自動でカーテンが閉まり、テレビがついた。そしてカジュアルラインにもかかわらず、トイレに温水洗浄便座が設置されていた。筆者が中国に住んでいたころ、日系高級ホテルが「客室に温水洗浄便座を設置しました」と広告を出したことがある。それくらい付加価値があり、中国ではほとんど見かけないものだったので、驚いて写真を撮ってしまった。
洗濯機の右側にあった目立たないドアから突然女性が出てきて、手伝いを申し出てくれた。
浦上早苗撮影
このホテルにも無料のランドリーがあった。洗濯機に洗濯物を投入していると、すぐ右側にあるドアから突然中年女性が現れ、「部屋番号を教えてくれれば、乾燥して持っていくから」と申し出てくれた。奥にスペースがあって人の気配を感じたら出てくるのだろうか? 1時間半ほどして部屋まで持ってきてくれた彼女は笑顔で「今度から洗濯してほしいものがあれば電話して」と言った。ここはメイドサービスつきホテルなのか!
清掃の女性もすれ違うと笑顔で挨拶してくれる(日本では普通かもしれないが、中国では信じられない)。それだけでなく、「出かけるならお水持って行って」とペットボトルを手渡そうとする。雨が降っているときはフロントのスタッフが「傘は無料ですよ」と貸してくれた。
朝食会場にあったさまざまな種類の茶葉。
浦上早苗撮影
朝食コーナーにある「バラの花のお茶」を撮影していたら、若い男性スタッフが走ってきて「私たちのサービスで何か不満な点がありましたか?」と聞かれた。前日、ヨーグルトをよそっているときも彼がやってきて、「マンゴーやクルミをトッピングしたらもっと健康にいいですよ」と提案してくれた。親切が過ぎて、多少鬱陶しい、とは言えなかった。
消費者のアップグレードに伴い台頭
深センのATOUR HOTELは1泊500元(約1万円)~。上海は中心部だからか、「カジュアルライン」と言いながら600元(約1万2000円)だった。中国のホテルは部屋単位で宿泊料がかかるため、1人だと割高に感じるが、2人で泊まっても同じ価格だ。
深センのATOUR HOTELでは夜鳴き粥のサービスがあった。
浦上早苗撮影
中国企業の社員が手配してくれたホテルが2回ともATOUR系列だったので、気になって調べてみた。経営する亚朵集団は2013年に創業したホテルチェーン。2010年代前半は、錦江之星(Jinjiang Inn)、如家酒店(Home Inn)、漢庭酒店(Hanting Hotel)など客室の仕様が標準化された宿泊特化型のビジネスホテルチェーンが台頭した。日本でいうなら「東横イン」「スーパーホテル」ポジションで、価格は200元(約4000円)前後。それからしばらくして、中国人の消費の「アップグレード」を背景に2010年代後半に台頭したのが中高価格帯チェーンのATOURだった。
初期は「本と撮影」をテーマにしたコンセプトホテルとしてブランディングを行い、有名人や有名企業とコラボした「テーマ型ホテル」も展開し、SNSを利用する若者を中心にファンを広げていった。
広く注目されるようになったのは2020年以降。同年に始まったコロナ禍でも経営が堅調で黒字を確保したため、メディアに取り上げられることも増えたようだ。
ATOURによると、同年の利用者の70.1%が40歳以下、24.3%が30歳以下だった。施設の9割以上がフランチャイジーという加盟店モデルを採用しており、「若者に人気の競合が少ないホテルチェーン」との評判が、フランチャイジーを呼び込んでいる。その過程で「コンセプトホテル」からレジャーと出張の両方の需要に対応できる「ライフスタイルホテル」にポジショニングを移行したと見られる。
2022年にナスダック上場
ATOURは2022年11月、ナスダックに上場した。2019年から上場の話が再三出ていたが、コロナ禍の市場環境の悪化や、米証券取引委員会(SEC)の中国企業への姿勢が厳しくなったことで、上場は難航し、資金調達も当初の計画より小規模になった。
出所:同社資料をもとに筆者作成。
ただ、ゼロコロナ終了後の成長は顕著で、8月17日に発表された2023年4~6月の売上高は前年同期比112.3%増の10億9300万元(約220億円)、純利益は同4倍以上(312.9%増)の2億4900万元(約50億円)だった。7月のADR(客室1室あたりの販売単価)は500元(約1万円)強、客室稼働率は84%でいずれも過去最高を記録した。
同グループは6ブランドを展開していたが(筆者が宿泊したのは最もスタンダードなATOUR HOTELと、いわゆるスマートホテルのATOUR LIGHT)、今年6月末、Z世代をターゲットにした新ブランド「ATOUR LIGHT3.0(軽居3.0)」も1号店が開業した(7ブランド目となるのか、ATOUR LIGHTの派生版なのかは現時点で不明)。
コロナ禍以降、中国への訪問はビザ取得が必須になっており、旅行のハードルは低くないが、X(旧Twitter)などSNSで検索すると、2022年以降、ATOUR HOTERをお勧めする在中日本人の投稿もぽつぽつ見かける。昔の中国を知っている人ほど驚くと思うので、是非進化を体験してほしい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。