三菱ケミカル、レゾナックら大手も注目。電子レンジの「お化け」で化学産業の変革目指す、マイクロ波化学の戦略

マイクロ波化学の吉野巌氏

Shutterstock/Andrey_Popov、撮影:小林優多郎

「電子レンジのお化けみたいなものを作っているんです」

冗談めかしてそう語るのは、大阪大学発スタートアップ・マイクロ波化学の吉野巌(よしの・いわお)CEOだ。

マイクロ波化学は、2022年に東京証券取引所グロース市場に上場し、2023年には日本スタートアップ大賞の大学発スタートアップ賞(文部科学大臣賞)を受賞した注目のスタートアップ企業。電子レンジとよく似た仕組みを用いて、化学産業の変革を目指している。

吉野CEOに「マイクロ波」の可能性と、ディープテック企業としての経営の考え方を聞いた。

※取材の様子は、こちらのYouTubeや各種Podcastサービスからご覧いただけます。

大手メーカーも注目の電子レンジの「お化け」

電子レンジ

電子レンジは、水が含まれる物体を温めることができる。

Shutterstock/NavinTar

化学産業の現場では、原料にエネルギーを加えることでさまざまな分子同士の反応を促し、欲しい分子(素材)を合成している。ただ、通常は反応容器の中に必要な材料を加えた上で外部からエネルギー(熱など)を加える必要がある。極端な例かもしれないが、鍋の中に材料を入れて、外から火にかけて全体を加熱するようなものだ。

マイクロ波化学では、ここに同社が開発するプラットフォームを導入することで、化学産業に大きなインパクトを与えようとしている。

すでにプラスチックを分解して再びプラスチックへとリサイクルする「ケミカルリサイクル」や、鉱石からリチウムやニッケルといった特定の元素を取り出す精錬の現場で、その認知を広げつつある。プラスチックのリサイクルでは、三菱ケミカルや三井化学、レゾナックといった大手化学メーカーと共同でプロジェクトを実施。大手化学メーカーからの注目度も高い。

PlaWave

マイクロ波化学が提供するマイクロ波を使ったプラスチックのケミカルリサイクル技術「PlaWave」。

撮影:小林優多郎

その鍵を握っているのが、同社が保有する「マイクロ波」を高度に制御する技術だ。

マイクロ波は、電子レンジでも使用される電磁波の一種。

電子レンジは、マイクロ波で物体の中にある水分子にエネルギーを加え、ものを温める。これに対してマイクロ波化学では、さまざまな波長のマイクロ波を精密に制御することで、水分子に限らずさまざまな物質に「エネルギーを伝えることができる技術」を持っていると吉野さんは話す。

「分かりやすく表現するために『電子レンジのお化け』と言っています。ただ、電子レンジと違うのは、どこにどういう風に電磁波(マイクロ波)を伝えるのかをしっかり計算してデザインできるところにあります」(吉野さん)

プラスチックやタンパク質、医薬品の材料など、物質によってエネルギーの伝達(加熱)に適したマイクロ波の波長が異なることはもちろん、温度変化によってその吸収しやすさも変化する。

「料理で言えばレシピみたいなものなんですが、どのタイミングで何を入れてどこで加熱するのか。そこを制御できるということが、私たちのコアにあるテクノロジーの一つです」(吉野さん)

マイクロ波を使う3つのメリット

マイクロ波化学の吉野巌CEO

マイクロ波化学の吉野巌CEO。

撮影:小林優多郎

吉野さんは、マイクロ波を使ってエネルギーを伝えるメリットを、

「省エネ、高効率、コンパクトな環境対応型のプロセスを作ることができる。プロセスイノベーションです」

と指摘する。

まず、マイクロ波を発生させるエネルギー源を再生可能エネルギーにして電化できれば、化石燃料の消費による環境負荷を抑えることができる。二酸化炭素の排出量の多い化学産業のカーボンニュートラル化は喫緊の課題だ。この点で魅力を感じた引き合いは多いという。

加えて、従来の方法では(鍋を火にかけるように)物体全体にエネルギーを加えなければならなかったのに対して、マイクロ波を制御することで、物体内の特定の物体内の狙った領域(分子など)に必要な分だけエネルギーを伝えることが可能だという。最低限のエネルギー消費で効率的に必要な反応を起こすことができれば、当然化学反応も効率的に起こすことができる。

エネルギーを効率的に伝えることができれば、当然、必要な反応を短時間で完了することにもつながる。同じ量の化学製品を生産するために必要な設備もコンパクトにできるわけだ。この副次的効果として、反応の途中で余計な物質が生成されるリスクを抑えることで、「従来の方法だったらなかなか作れなかった品質のもの」を作ることも可能だと吉野さんは話す。

従来からある技術でイノベーションを

マイクロ波化学の大阪事業所にあるプラント

マイクロ波化学の大阪事業所にあるプラント。

画像:マイクロ波化学

電子レンジが存在するように、マイクロ波を用いて物体を加熱する技術自体はさほど新しい技術というわけではない。実際、マイクロ波を使って特定の物質を分解することに強みをもった企業や、カップラーメンに入っている乾燥した食材を作るための乾燥装置を作っているような企業など、似たような技術を持つ企業は複数存在している。

吉野さんは、マイクロ波化学が既存のマイクロ波の技術を活用している企業との違いについて、

「我々が何をしようとしているかというと、特定の物質ではなく(技術を)プラットフォームにして強化することで、医薬品から燃料まで(さまざまな物質に)チャレンジしようとしています」

と話す。

ビジネスモデルもマイクロ波の照射装置を販売したり、自社工場で特定の素材を生産して販売したりするようなものではない。

マイクロ波化学の事業のポイントは大きく分けて二つ。

一つは、広くマイクロ波の導入を検討する企業に声をかけて、研究レベルでの実証から、大きなプラントにするエンジニアリング、そして製造・生産に至る全工程について、ワンストップで伴走するということ。加えて、マイクロ波化学では、このソリューション提供時に、研究開発やプラント設計など、各段階毎に収益を上げられるモデルで事業を進めている点がポイントだ。

「やっぱり工場を作ってモノを売るメーカーになるんじゃなくて、『方法』を売っていこうと思ったんです。モノ作りは研究をはじめて2年後にいきなり工場が立ち上がる……というものではないですよね。下手をすると10年やそれ以上かかることもある。ただ、工場を作って生産できるまで収益が上がらないと、赤字が続いてしまますから」(吉野さん)

ディープテック企業といえば、VCなどから集めた多額の資金を費やして技術力を高め、それをもとに生み出したプロダクトを販売するようなイメージを持たれがちだ。しかしマイクロ波化学のモデルでは、マイクロ波を用いた研究開発そのもので収益を上げることで、経営を比較的安定した状態で自社の技術力を強化することを実現できているという。

実際、2022年に東証グロース市場に上場を果たしたマイクロ波化学だが、2023年3月期決算資料を見ると、売上高12億1500万円、営業利益5900万円。純利益も7500万円と黒字での経営を実現している。

ただ、吉野さんとしては、事業の現状は「まだまだ」だ。実際、京浜工業地帯のような大規模工業地帯の中で、マイクロ波を使ったプラントはほとんど存在していない。

「マイクロ波という技術が普遍的で珍しくなくなるような、化学工業の当たり前の技術になることを一つの目標にしたい」(吉野さん)

そのためには、エネルギーの伝達方法でしかないマイクロ波をいろんな場面に使えることを示していく必要がある。

「中間原料を製造する化学産業では、マイクロ波を使った電化でカーボンニュートラルを実現すると同時に、水素やアンモニアのようなエネルギー(燃料)を提供することができると思いますし、ケミカルリサイクルやバイオマス材料にマイクロ波を活用するととで、素材に貢献することもできる。100年の転換期を迎えているという自動車産業にも入っていける。いろんな分野に我々がコミットして、中長期的に成長していくことができると思っています」(吉野さん)


※この記事は、Business Insider Japanのビデオポッドキャスト番組「DeepTech研究所」の内容を一部編集したものです。全編をご覧になりたい方は、各種ポッドキャストサービスか以下のYouTubeをご利用くださ


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