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この服、お気に入りだったけどもう着ないかも……。そんな時、どうしていますか?
- 回収ボックスに入れる
- 友人や家族にあげる
- フリマアプリで売る
- ゴミとして捨てる
いろいろな選択肢がある中で、「自分が手放した服がどんなところに行きつくのか、ぜひ思いを巡らせてみてほしい」と語るのは、サステナブルファッションに関する教育やコンサルティングを行う一般社団法人unisteps共同代表の鎌田安里紗さん。
アパレル販売員を経て、ファッション産業のあり方に疑問を持った鎌田さんは、種から綿を育てて服をつくる「服のたね」、生産現場を訪ねるスタディツアーなどを企画する傍ら、ファッション産業の透明性を高めることを目的とするグローバルキャンペーン「ファッションレボリューションジャパン」のプロデューサーも務めています。
2023年の夏には、世界中から古着を輸入する巨大マーケットやアフリカ最大級のゴミの集積地があるケニアを訪問。そこで感じたこと、そして私たちが消費者としてできることを聞きました。
「いらない服」はどこへ行く?
unisteps共同代表の鎌田安里紗さん。
撮影:伊藤圭
──今夏ケニアを訪れたそうですが、目的は?
「手放された服」の行方を見ることです。アフリカや南米など、グローバルサウスといわれる国々には世界中から大量の古着が輸出され、大きなマーケットになっています。
一方、そうした古着がゴミとして投棄され、山のように積み上げられた光景がさまざまなメディアで発信されていて、とても気になっていました。現場では何が起きているのか、現地の人はどう思っているのか。自分の目で見て話を聞いて、確かめたいと思いました。
ケニアの首都ナイロビは標高1700メートルにあり、一年を通して気温は15度~25度ほど。鎌田さんが訪れた7〜8月はケニアの「冬」にあたる。
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中身が分からず「ギャンブルみたい」
——どんな場所を訪れたのですか。
ケニア最大級の古着市場・ギコンバと、アフリカ最大級のゴミ集積地・ダンドラを訪れました。ナイロビ近くのモンバサという港町には、ヨーロッパ、アメリカ、中国などから大量の古着が届きます。この服の塊は「ミトゥンバ」と呼ばれ、古着市場のギコンバで取り引きされています。
ミトゥンバは1個50キログラムほどで2~3万円。売れそうな服が入っているかは中を開けてみるまで分からないので、「ギャンブルみたいな感じ」と言っていたのが印象的でした。
ミトゥンバの中身でそのままでは売れないものは、直して売ったり、雑巾やモップにしたり、捨てたりするという。
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──そこで売れない服はどうなるのでしょうか。
切ったり縫ったり、色を塗ったりしてお直ししていました。ただ、そこから出たハギレは地面にそのまま捨てられて、川には大量のハギレが流れ込んでいました。
街を流れる川。服のハギレが雪崩のようになっている。
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──衝撃的な写真ですね。
あるレポートによると、ケニアに輸出される古着の3枚に1枚はポリエステル混、つまりプラスチックが含まれています。
世界中でこれだけプラスチック汚染への懸念が高まっていて、ケニア国内でもプラスチック袋の製造・販売・使用が禁止されているのに、なんとも言えない気持ちになりました。
これはケニアに閉じた問題ではありません。海を通して世界はつながっていますし、服の形をしたプラスチックをどう扱い、管理していくのか。日本含め各国が真剣に考えなければいけないと感じました。
何をもって「いらない」服なのか?
撮影:伊藤圭
──ケニアでは、古着の販売で生計を立てている人は多いのでしょうか。
正確なデータはとれていないようなのですが、古着を売って生活している人は200万人に上るそうです。話を聞くと「ゴミのような服しか入ってこないよ」という人もいますが、「この仕事がなくなったら明日からどうやって生きていけばいいんだ」と切迫した状況の人が多いのも事実です。
古着を輸出する側の人たちも「ゴミではなく売れる服を送っている」と思っているのでしょうし、何をもって「いらない服」なのか、判断基準がとても難しいなと感じました。
比較的良い状態のものが揃うマーケットには、日本でも馴染みのあるZARAやH&M、SHEINなどの古着も。デニムは1500シリング(日本円で1シリングや約1円)ほどで売られているという。
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古着が安すぎて、国産の服が売れない
──現地の縫製工場も訪問されたそうですが、印象に残っていることは?
大きな縫製工場の経営者の方に話を伺ったのですが、「以前はアパレルをやっていたけれど価格競争に到底勝てないから、制服をつくって何とか生き残ってきた」と言っていました。
ケニアでは安い古着がたくさん売っているので、その影響が国内産業に色濃く出ているのだそうです。自分でブランドを立ち上げた若手のデザイナーたちも「売るのが本当に大変」と苦労している様子でした。
貧富の差はあれど、ナイロビの物価は東京とあまり変わらず、ショッピングモールなどでランチをしたら1500〜2000円ほど。
そうした環境でものづくりをすれば、それなりのコストがかかりますが、隣で100円や200円の古着が売っているとなると、デザイナーたちの苦労が分かりますよね。
ケニアのデザイナーや専門学校で学ぶ学生と。「とにかくエネルギーにあふれていました」(鎌田さん)
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ケニアには、紡績、織り、染め、縫製、かご編みなど、さまざまなものづくりの技術があります。
国内産業を守るために、政府はこれまでも古着の輸入規制や関税の引き上げを検討してきていますが、輸出国や国内の古着事業者からの反発もあり、状況は変わっていません。
もちろん古着を活かすことも大事だけれど、若いデザイナーやものづくりをする人たちのクリエイションの芽をつぶしてしまうことにならなければいいなと切に思います。
「ここで生まれ育ってきたから、何とも思わない」
ゴミ集積地、ダンドラにて。
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──アフリカ最大級のゴミ集積地として知られる、ダンドラにも足を運んだと。行ってみていかがでしたか。
遠くまで見渡しても端が見えないくらい、大量のゴミで埋め尽くされていました。
ケニアでは、医療廃棄物などの一部のゴミを除いて焼却処理は行わず、ナイロビ市内のゴミは全てここダンドラに埋め立てられます。
生ゴミ、ペットボトル、服、靴、ウイッグ、化粧品、金属、タイヤなどいろいろなものが落ちていました。金属やペットボトルを集めて得ることで生計を立てている人もいますし、服や靴を拾って直して売ることもあると聞きました。
ただ一つひとつをよく見ると、自分が毎日捨てているものと何も変わらないんですよね。日本には高度なゴミ回収・処理システムがあるから気が付かないだけで、私たちも日々大量のゴミを出して生活しています。
可視化されることによって、これからの生産と消費のあり方を考えさせられました。
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──現地の人たちは、この状況をどう受け止めているのでしょうか。
焼却処理をしないというのは今の政府の方針ですし、街の人々が特別そこに反発している様子はありません。
このゴミ山をどう思うかと日本からのクルーが質問していましたが、ゴミ山の周辺で暮らしている人も「どうもこうもここで生まれ育っているから別に」という感じです。
ただ、敷地内のあらゆる所で自然発火が起こっていて、元々ある生ゴミのにおいに何かが燃えるにおいが重なって、強烈なにおいが充満していました。
ここで飼われている豚などの家畜は化学物質による汚染が報告されていますし、近隣住民の健康への影響は懸念点です。
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服の消費のペースを見直そう
──日本では、いらない服を回収ボックスに入れることが定着しつつありますが、どう見ていますか。
ゴミ箱に捨てるよりは絶対に回収ボックスに入れてほしいです。「服は回収ボックスへ」は是非とも定着してほしいアクションですし、これからますます広がる必要があります。
ただし、回収ボックスは全てを解決してくれる魔法の箱ではありません。どんどん買ってどんどん回収すれば良いという勘違いは生まれないようにしたいと思います。
皆さんが今着ている服のタグを見てみてほしいのですが、複数の素材が混ざっているという方が多いと思います。
「綿100%」「ポリエステル100%」のように単一素材でつくられた服はリサイクルして服に生まれ変わらせることができるのですが、現在の技術では、2つ以上の素材が混ざっていると分離させることができず、服から服へのリサイクル率はわずか1%未満となっています。
つまり、回収ボックスに入れられた服のほとんどは服としてリサイクルすることができないのです。
撮影:伊藤圭
──リサイクルされない服はどうなるのでしょうか。
そもそも、リサイクルは最終手段。まずは古着としてリユースすることが優先です。
服として活用できないものは、工場の機械などを清掃する布として使う、粉砕して自動車の防音材に使用するといった用途があります。そうした使い道のある服は環境省の調査によると14%程度です。
──鎌田さんご自身が服との向き合い方で意識していることはありますか?
服は、物理的な寿命がくる前に情緒的な寿命がきてしまう。つまり、どうしても飽きてしまうものだと思います。
私自身も、まだ着られるけどもう着ない、という服が定期的に出てきます。
そのときに、誰かに喜んで受け取ってもらってもらえるか、という視点を持って服を所有するようにしています。友達にあげるでもフリマアプリで売るでも、回収ボックスに入れるでも、次の人に受け継ぐ方法は色々とありますが、ボロボロの服は誰も嬉しくないですよね。
着ていれば傷んでしまうものですが、できるだけ綺麗に保てるようにケアの技術を磨きたいものです。
リユースやリペアで1着の寿命をできるだけ長く伸ばす、そして最後にリサイクル、が理想の形ですが、それを実現するには生産や消費のペースから考えていく必要があります。
つくる側も買う側にも、できることがある
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──服をつくる側の企業にはどんな努力が必要だと思いますか。
「自分が買ったものが環境破壊や労働搾取につながっていたら嫌だ」と思う人は多いと思いますが、その判断材料となる情報開示がされないままでは、消費者は本当に欲しいものを買うことはできないと思っています。
デザインや価格は一目見て分かっても、その服が生産時に環境や人権にどんな影響を与えているのか、多くのブランドでは知りたくても知れない状況に私たちはいます。
では企業が悪意を持って隠しているのかというとそうではなく、販売元の企業も把握することが難しいのが実情だと思います。
──そもそもファッション産業はどのような仕組みで回っているのでしょうか。
ファッション産業には、原材料から製品化、販売、廃棄に至るまでいくつもの複雑な工程があり、複数の企業や人が関わっているため、1枚の服が消費者の手元に届くまでのサプライチェーンすべてを明らかにすることは容易ではありません。
ブランド側がすべてを把握していなくても、各工程でそれぞれが役割を果たしていれば産業全体が回る仕組みになっています。
役割分担をして効率的にものづくりが進められるよう組み上げられた素晴らしい仕組みですが、一方で販売元が生産背景をきちんと把握しないまま商品が売れてしまうという事態が起こっているのです。
それでは誰も責任の持ちようがないし、消費者もうっすらとした不安を抱えたまま買い物をし続けることになります。
──現状をすぐに変えるのは難しいと思いますが、解決策はないのでしょうか。
オーストラリア発のアプリ『Good on You』は「人権」「環境」「動物」という3つの視点でファッションブランドを5段階で評価するツールで、プロのリサーチャーが企業の開示情報を徹底的に読み込みスコアリングしていて、信頼性が高いです。
設立者のゴードンさんは「価格と同じくらい、その商品が社会に与える影響を簡単に知ることができないと自分の価値観に合った買い物はできない」と言い続けていて、まさにそうだなと感じます。
実は今、日本版のローンチに向けて調整を進めているのですが、こうしたツールを活用することで、より納得感を持って買い物できる人が増えたらいいなと思います。
また、お客さんが企業へ届ける声の強さは絶大です。好きなブランドさんの生産背景で知りたいことがあれば、ぜひ聞いてみてほしいです。
そうして生活者一人ひとりが、ファッション産業の透明性を求める声を発することが、企業や行政の仕組みを変化させていくことにつながっていくと思います。
また、企業が透明性を確保することは大事ですが、同時にそれが簡単ではないことを生活者が知っておく必要もあります。
撮影:伊藤圭
──ケニアへの訪問で感じたことを、今後の活動にどうつなげていきますか。
コロナ禍でしばらく実施できていなかった、縫製工場や生地工場など、ものづくりの現場を訪れるスタディツアーを再開したいと思っています。
SNSやトークイベントでの情報発信だけでなく、「服のたね」やスタディーツアーなどの体験型の企画を続けているのは、そこで得た新たな発見や違和感をじっくり味わって、自分なりの納得感をどう生み出していくかを考えて欲しいという思いがあるからです。
人にはそれぞれの価値観があって、正義も多元的なものです。
私が感じたことを伝えるだけではなく、それぞれの人が感じて、自分の感覚で物事を選んでいく必要があると思います。
どうすればサステナブルなファッション産業を実現できるのか。思いを共有して、一緒に考え続けていけたら嬉しいです。
1992年徳島県生まれ。「多様性のある健康的なファッション産業に」をビジョンに掲げる一般社団法人unistepsの共同代表を務め、衣服の生産から廃棄の過程で、自然環境や社会への影響に目を向けることを促す企画を幅広く展開。種から綿を育てて服をつくる「服のたね」など。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍。影響を受けた一冊は『ためらいの倫理学―戦争・性・物語』(内田樹)。服や靴を直しながら長く使うことが好き。