習近平氏、台湾平和統一の「青写真」を初公表。福建省と台湾金門・馬祖島を連結する「共同生活圏」構想

福建省 厦門市

台湾海峡の向こうに台湾本島を望む中国・福建省の厦門(アモイ)市。台湾が実効支配する金門島はすぐ東に位置する。

Sean Pavone/Alamy

中国政府は、同国福建省の都市とその対岸に位置する台湾・金門島および馬祖島を交通インフラで結び、ライフライン(電気・水道)も共有の「共通生活圏」を形成する「融合・発展モデル地区」計画を発表した。

就学・就職を希望する台湾人を、大陸中国人と同等に扱う優遇措置を与えると約束。数カ月後に迫った台湾総統選挙(2024年1月13日)を意識し、かつての激戦の地を「平和統一のショーウィンドウ」化し、本気度をアピールする狙いだ。

北京・台北間に新幹線も

この計画は、中国共産党中央委員会と国務院(政府)が9月12日、「両岸は親しい家族」の理念を実践し、「平和統一のプロセスを推進」するための「福建省による海峡両岸融合発展の新たな道の模索と同モデル地区建設の支援について」と題した文書で明らかにした

この文書の内容を概観しておく。

まず、厦門市(アモイ、福建省南部の都市)、福州市(福建省の州都)、台湾本島、金門島、馬祖島を一体化するため、橋や鉄道・道路など交通インフラの整備をうたった。

金門島と厦門は最短で2キロと近く、橋を建設して道路と鉄道で結ぶ。過去には馬英九元総統(国民党)も同様の案を提唱している。

また、福建省と台湾本島の間は、台湾海峡(東西の幅150〜200キロ)を地下トンネルで結び、北京と台北を新幹線で連結する計画も想定する。

中国国務院が2021年2月に発表した「国家総合立体交通ネットワーク計画」の完成予想図には、福建省と台湾北部を結ぶルートが明示されている。

中国では2年前、北京と台北を結ぶ新幹線が開通する夢を歌ったYouTube動画が拡散され、視聴者を集めたことがあった。

経済・社会基盤を一体化

一方、台湾人を大陸中国人と同等に扱う措置について、文書は次のように書く。

  1. 台湾学生の福建省での学習研究促進
  2. 台湾人の福建省での就業促進。台湾教師の採用を増やすほか、台湾の医師、看護師、弁護士、介護福祉士など公的資格者の就業範囲を拡大
  3. 台湾人が台湾住民居住証を受領することを奨励。台湾同胞が福建省で住宅など不動産を購入することを奨励
  4. 台湾人の福建省における就業、医療機関への受診、住宅、高齢者向けサービス、社会救済などについて、制度保障を充実させ、大陸の社会保障システムに組み入れる

要するに、福建省に住む台湾人には大陸中国人と同等のサービスを提供し、台湾と中国の経済・社会基盤を一体化・融合するのが目的だ。

成功すれば福建省以外にも文書の適用範囲を広げ、平和統一の基盤にすることを目論む。

初めて平和統一の「青写真」が示された

台湾統一は、鄧小平が提唱した1979年の「平和統一方針」以来、中国の歴代政権にとって、近代化建設、平和的国際環境の実現と並ぶ、中国人民の「三大任務」の一つと位置付けられている。

習近平国家主席は2019年1月、5項目に及ぶ独自の台湾政策(習五点)を発表。2049年の「建国100年」に向けて、台湾の平和統一を「世界一流の社会主義強国実現」「中華民族の復興」という最優先目標の達成に関わる課題と位置付けた。

中国は台湾統一のスケジュール(時間表)を公表していない。しかし、上記の習五点に沿うなら、論理的には、中国の発展目標が実現する2049年までに実現しなければならないことになる。まだ四半世紀以上の時間が残されており、習氏は決して急いでいるわけではない。

一方、アメリカのデービッドソン元インド太平洋軍司令官は2021年3月、2027年までに中国が武力による台湾統一に動くという、いわゆる「27年侵攻説」を提起して以来、日本の大手メディアは中国が台湾を武力統一する可能性を報じ、煽ってきた。

習五点では、2049年までに達成する平和統一の道筋として「両岸の融合発展」(第4項目)が提起されていたが、今回の文書で初めて「青写真」とも言うべき詳細が明らかにされた。

米中対立の激化とともに、中国軍は台湾海峡での軍事演習や戦闘機接近の頻度を高めてきたが、年明けに台湾総統選挙が迫る中、ここで平和統一の具体的な道筋を示すことによって、台湾市民にあらためて武力統一の意図がないことをアピールする必要に迫られたと筆者はみている。

若き日の習近平氏が過ごした土地柄

文書が興味深いのは、台湾が実効支配する金門島と中国の厦門市、同じく台湾の馬祖島と中国の福州市を「同一都市生活圏」にすることを提唱している点だ。

具体的には、金門島との「通電、通気、通橋(電気・ガスの供給、橋の開通)」を加速し、厦門の新空港を中台で共用できるとする。

金門島と馬祖島は、蒋介石率いる国民党政府が共産党との内戦に敗れ、1949年に台湾に退却した後も、対立と激戦の最前線になってきた。特に金門島は、1958年の「第二次台湾海峡危機」と呼ばれる紛争の際に、中国から激しい砲撃を浴びた。

しかし、筆者が今回の計画を「興味深い」としたのは、そうした激戦の最前線だった島を平和と融合の地へとドラスティックに転換するからではない。過去の経緯を踏まえた、次のような視点からだ。

金門島と馬祖島は、民主進歩党(民進党)の陳水扁政権が2001年、台湾ビジネス関係者と島民の利便のため、金門・厦門と馬祖・福州間の船舶直接往来(小三通)を認め、中台間で最も融合・発展が進む地域になった。

その後、福建省政府が2004年に提案した、同地域を台湾統一の戦略基地と位置付ける「海峡西岸経済区(略称、海西区)」設立構想が、今回発表された「融合・発展モデル地区」のひな型となった。

海西区は、浙江・広東・江西省と台湾を含む広大な地域に1億人の人口を想定、台湾の資本と人材を吸収し、台湾を含めた新経済・生活圏を作り上げ、統一に資することを目的にしていた。

習氏は1985年から2002年まで17年間もの長期にわたって厦門市副市長、福州市党委書記、福建省長など、福建省の要職を歴任。この間、福建省に進出する台湾ビジネス関係者との交流を通じ、台湾統一政策を学んだとされる。

そうした経緯もあり、海西区構想に習氏が深く関わってきたのは間違いない。

先に挙げた金門・厦門と馬祖・福州間の船舶直接往来「小三通」は開通以来、コロナ前の2019年6月までに利用者は2000万人に達した。筆者も2010年夏に厦門から金門までのルートを利用した

厦門大学台湾研究院によると、2010年段階で厦門に投資している台湾企業は2800社、常駐台湾人は6万人だった。金門島の台湾人が購入した厦門の不動産は8000件に上ると、同研究院の責任者は当時話していた。今はもっと多いだろう。

開発の遅れた金門島より廈門のほうが生活しやすい。普段は廈門に住み、何かあれば船で1時間かけて金門に戻る島民も多いと聞いた。

金門島と大陸中国の良好な関係

もう一つ、筆者が注目するのは、金門島と馬祖島の特殊事情だ。

両島は大陸との早くからの交流を通じ、台湾の他地域と比べ、島民の大陸感情が格段にいい。

金門島の行政区画は「中華民国福建省金門県」で、馬祖諸島は「中華民国福建省連江県」だ。中華民国憲法は「一つの中国」を前提に組み立てられており、台湾の中に今も福建省が存在するのだ。

金門・連江両県では、中国と敵対する民進党や蔡英文政権の人気は極めて低い。立法院(国会)や自治体の選挙では、国民党が圧倒的に強い。地政学と地経学の両面から見て、金門・馬祖両島を中台融合・発展のモデル地区にするのは合理的と言える。

では、台湾側は中国が発表したこの計画をどう見ているのだろうか。

台湾専門家の中には、今回の計画が「台湾の地方から中央を包囲する戦略に基づく統一戦線工作として、台湾総統選まで(影響が)継続する」と予測する者もいる。台湾のシンクタンク・国防安全研究院の鐘志東氏だ。

英BBC中国語版(9月15日付)の取材に対し、同氏は「計画が最終的に成功すれば、台湾中央政府に非常に困難な問題をもたらすだけでなく、国際世論にも政治的影響を与えるだろう」と懸念している。

計画の成否の鍵を握るのは、台湾民衆の反応だ。よく知られているように、台湾で統一を望む民意は数%に過ぎず、圧倒的に多いのが現状維持だ。

2019年の香港大規模デモに対する中国政府の強硬姿勢は、中国が台湾統一で適用する「一国二制度」への信頼を失墜させた。

これまで見てきたように「融合・発展モデル地区」計画の内容は、経済的利益を中心とするハード面ばかりで、台湾人の多くが不安視する統一後の「一国二制度」を保証するソフト面には全く触れていない。

習氏は2023年初頭に発表した「新年のあいさつ」以来、台湾民衆に向けた「和平攻勢」を進めてきた。年明けの総統選までに、ソフト面で台湾民衆の信頼を勝ち取ろうとする追加的な提案が発表された場合、前出の鐘志東氏の懸念が的中し、台湾中央政府にとって困難な状況がやって来るかもしれない。

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