REUTERS/Carlo Allegri
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
メタやアマゾン、そして“コロナ特需”で急成長したZoomまでもが「出社義務化」の方針を打ち出しています。出社を強制すれば優秀な人材を確保しにくくなりそうですが、なぜアメリカのテック企業は出社義務化に走るのでしょうか。日米で「事情はまったく違う」と、入山先生は指摘します。
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Zoom社ですら出社義務化
こんにちは、入山章栄です。
いままでコロナ対策としてリモートワークを推奨してきたアメリカのテック企業が、ここへきて次々と出社を義務付けています。
一時期はオフィス不要論さえ囁かれたのに、なぜこのような揺り戻しが起きているのでしょうか。
BIJ編集部・常盤
最近、Business InsiderのUS版では「出社義務化」のニュースがよく取り上げられています。特にメタやアマゾンなどのテック企業大手では、週に◯日以上という条件付きではあるものの、出社を強制するようになっています。オンライン会議用のツールでおなじみのZoomですら、週に2日以上出社せよとのお達しを出しています。
Zoomのおかげで世界中でリモートワークが可能になったわけですから、その会社が社員に出社せよとは、なんか自己矛盾な感じですよね(笑)。
BIJ編集部・常盤
優秀人材であればあるほどフレキシブルな働き方を許容する企業を好みますから、出社せよなんて言っていると人材に逃げられかねません。それでも各社が出社義務化の方向へシフトしているのはなぜでしょうか?
ちなみにBIJ編集部の荒幡さんは、どうですか? この取材はオンラインで行われていますが、荒幡さんも常盤さんも、いまご自宅からですよね。
BIJ編集部・荒幡
はい、自宅です。入社したばかりの頃は、ほかの社員とコミュニケーションがとれたほうがいいと思って、義務ではないけれど基本的に毎日出社していました。でも最近は慣れてきて自宅勤務が多いですね。
BIJ編集部・常盤
私も在宅が多いですね。寂しくなると同僚に会いに行きますけど。
Business Insider Japanは自由でいいですね。
さて、アメリカの、それもテック企業で、なぜいまになって出社義務化の動きが目立つのか。
僕の理解では、コロナ禍が明けてからのアジア、アメリカ、ヨーロッパの状況を比べてみると、在宅勤務がいまだに一番残っているのは、それでもアメリカのはずです。日本やヨーロッパのほうが、「会社には行くものだ」という伝統的な考え方が残っている。
日本生産性本部が7月に実施した調査を見ても、日本でリモートワークを実施している企業は15.5%しかないんですよね。それだけ日本ではオフィス回帰が促されている。
ヨーロッパも国によって違うけれど、フランスでは「会社に出てきなさい」と言われていると聞いています。
その点、アメリカは平均して最も在宅勤務が残っている。僕の考えでは、もともと個人主義であることや、アメリカの都市部では渋滞がひどく、自動車通勤が大変だという理由が大きいと理解しています。
一カ所に集まると「ピア効果」が生まれる
では、なぜ、リモートワークが残っているアメリカで、アマゾンやZoomが出勤しろと言うのか。僕の考えでは、この最大のポイントは、これらの会社がいわゆる「テック企業」だからですね。
BIJ編集部・常盤
どういうことでしょうか?
理由はいくつかあります。まず一つめは、テック企業にはプログラマーというか、エンジニアが多いでしょう。エンジニアというのは、家では仕事がしにくいのです。というか、会社がそれをうまく管理できない。僕はエンジニアではないけれど、たまにプログラミングを書くので言わせてもらうと、あれはものすごく集中力が必要なんです。あの集中力を家で保てるかといえば、保てない。家では、なんだかんだいってサボってしまう。
でも彼ら彼女らを一カ所に集めると、お互いが同じ空間にいるので、「あいつも頑張っているから、おれも頑張ろう」と思って切磋琢磨の状態になる「ピア効果」が働くんです。これはエンジニアに限らず、どんな職種でも重要かもしれませんが、特にエンジニアには非常に重要だったりします。だから会社からしたら、在宅よりも出社させたいのです。
第二のポイントは、企業側から見ると、リモートワークは労務管理が面倒くさいからです。特にエンジニアの人たちは、昼夜を問わず変則的に自分のペースで仕事をしますから。在宅勤務だと、夜中の方が生産性が高いので、昼間は寝ているなんていうエンジニアも多いわけです。でもこれって、深夜手当とか、残業とかどうするんだっていう話なわけですよ。そもそも本当に何時間働いているのかもよくわからない。
そう考えると、特にエンジニアなどはある程度一定の場所に集めて、それもきちんと朝に来て夕方に帰ってもらう方が、企業側にとっては労務管理がはるかに楽なのです。さらにいえば、そこでちゃんとチームビルディングをして、しっかり組織として結果を出してもらったほうがいい。でもテック企業でエンジニアだけ出社を義務づけるのは不公平なので、「全社員が出社しなさい」ということになるのではないでしょうか。
シリコンバレーのテック企業は、超成長しているスタートアップ企業でもあります。まあ、アマゾンはもうスタートアップとは言わないかもしれないけれど、でもまだまだ成長志向でしょう。こういう会社では、社員のエンゲージメントとか、トップのビジョンとか、熱気が重要です。「一人ひとりが家でのんびり仕事しましょう」では勝てないんですよ。
BIJ編集部・常盤
でもそうすると、束縛されることを嫌う優秀な人材は、やはり逃げていきませんか?
そうでもないんですよ。
実はアメリカではいま景気が微妙なので、転職のチャンスがあまりないんです。これも大きな背景の一つかもしれませんね。
アメリカは2022年から物価の上がりすぎを調整するために金利を上げ続けているので、特に今年の年初はマーケットが悪かった。なので、いまアメリカには息も絶え絶えなスタートアップやベンチャーキャピタルが多い。そのせいで、簡単に転職できなくなっているんです。
少し前の景気がいいときなら、「出社しろという会社なんか辞めてやる!」と言って転職できたけれども、いまは優秀人材でもそれは簡単にできない。それを会社は見越して出社を義務づけているともいえます。
以上のような理由で、出社義務化の動きが目立つのではないでしょうか。
「なんとなく」出社に戻す日本企業
BIJ編集部・常盤
日本企業も最近では出社が増えていますが、シリコンバレーの事情とは違いそうですね。
まったく違うと思います。アメリカはマーケットのダイナミズムとか、いかに人をつなぎとめるかとか、いかにチームパフォーマンスを上げるかという観点から、戦略的に出社させたほうがいいと判断している印象です。一方で、おそらく日本企業の場合はそこまで考えていないのでは。「なんとなく」そうしているだけではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
「世の流れがそうだから」とか。
BIJ編集部・荒幡
ありそう(笑)。私の友達は、ちょうどコロナ禍の真っ最中に就職することになり、リモートワークができる会社だと思って入社したのに、入ってみたらすぐに毎日出社することになった子が何人かいます。
BIJ編集部・常盤
本来であればちゃんと戦略性をもって、リモートワークと出社をフレキシブルに使い分けていくのが大事なのだと思いますが。
僕が教えている早稲田大学のビジネススクールでは、オンライン授業に対応するのも早かったけれど、いま、授業は逆に対面を推奨しています。それは「同じ空間に先生と学生がいることで得られるものがある」という考え方に基づいているから。でもその一方で、教授会はほぼ全部オンラインです。
BIJ編集部・常盤
お互いにもう知り合っている仲だから、オンラインで十分なわけですね。
そうですね。そして、実は今度大きな戦略を考えるミーティングがありますが、それは意図的に対面でやりますね。
BIJ編集部・常盤
うまく使い分けているんですね。日本の企業も「なんとなく」ではなく、せっかく経験したリモートワークのメリットを生かしつつ、戦略に基づいて出社か在宅かを決めたほうがいいですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。