住宅購入を考える全ての人にとって「住宅の省エネ化」は避けて通れなくなりそうだ。
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住まいの価値として、立地や利便性に加え、新たに「省エネかどうか」が重視される時代がやって来た。
2024年以降、省エネ基準を満たさない新築住宅は、原則、住宅ローン減税の対象にならない。
さらに、2025年4月からは住宅を含むすべての新築建築物で、省エネ基準の適合を義務付けることが決まっている。中古住宅にも融資条件などで影響が及ぶ可能性があり、住宅購入を考える全ての人にとって「住宅の省エネ化」は避けて通れない道になりそうだ。
9月25日、国土交通省は上記を定めた「改正建築物省エネ法」の一部施行に向け、ガイドラインを公表した。
「省エネ住宅」の基準とは何か? 省エネ基準に適合しない住宅は低コストだが、2025年4月までに“すべり込み”で購入するのはアリかナシか? など、法改正の内容を紐解きながら、激変する住宅事情の中を賢く生き抜く方法を考える。
損害賠償になるケースも、住宅メーカーは対応急げ
2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」には、2025年までに住宅および小規模建築物の省エネ基準の適合義務化が盛り込まれ、この閣議決定によって2022年6月の建築物省エネ法が改正された。
最新の2025年基準とはどのようなものになるのか。ポイントは、以下の3点だ。
①原則全ての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務付けられる
②建築確認手続きの中で省エネ基準への適合性審査を実施する
③2025年4月から施行予定
このうち②の適合性審査の実施が手続き上の大きな変更点となる。実際には建築基準法の改正による建築確認・検査対象の見直しなど、建築主・設計者が行う建築確認の申請手続きが大幅に変更される。
当然のことながら、省エネ基準に適合しない場合、および必要な手続き・書面の整備を怠った場合にも「確認済証」および「検査済証」は発行されないから、着工も居住・使用開始時期も予定より遅れることになる。
また建物の完了検査時にも省エネ基準適合審査が改めて行われることになっており、書面上の適合に加えて実態の適合審査も実施される。そのため審査に不合格になったり、完了検査時に基準値を下回ったりすれば、それだけ引き渡しが遅延することとなり、何らかのトラブルもしくは損害賠償になるケースも十分想定される。
新築住宅を取り扱うハウスメーカー、工務店、不動産会社&販売代理、マンションデベロッパーなどはもちろん、賃貸住宅取扱事業者なども今すぐにでも対応を開始すべきだし、業務工程の確認や関連知識の習得も必要不可欠である。
20年ぶりに引き上げられた断熱性能基準
では、そもそも「省エネ基準」とはどのような基準を満たす必要があるのかを見ていこう。多分に技術的な内容を含んではいるが、これから住宅の購入を考えている人ならば、最低限の基礎知識として知っておかなければならない。
省エネ基準は、①住宅の窓や外壁などの「外皮性能」を評価する基準と、②設備機器等の「一次エネルギー消費量」を評価する基準に分けられていて、それぞれの基準を満たす必要がある。
外皮性能基準には断熱性能を示す「外皮平均熱貫流率(UA値)」と、日射遮蔽性能を示す「冷房期の平均日射熱取得率(ηAC値:イータエーシー値)」の2つがあり、この指標を「外皮の部位の面積の合計」ごとに計算することで、省エネ性能の評価を行う。
年間の平均気温や季節変動値、日射量などが異なるため、地域(北海道から沖縄まで8地域に区分)ごとにUA値の基準値が定められており、その基準値をクリアすることが求められる。一般には、UA値・ηAC値がそれぞれ小さければ小さいほど、冷暖房効率が高く、また外気温の影響を受けにくい=断熱性の高い住宅であると言える。
これまで等級4~等級1(無断熱)に区分されていたが、改正建築物省エネ法の成立によって、新たに等級5~等級7が創設された。つまり約20年ぶりに断熱性能基準が引き上げられたのである。
数値が大きいほど断熱性能が高いとされており、等級4は等級1と比較すると計算上約60%の省エネが実現可能だ。
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次に一次エネルギー消費量基準だが、一次エネルギー消費量とは、住宅で使われている設備機器のエネルギーを熱量に換算したもので、冷暖房に加えて、換気、給湯、照明などを含めた合計、つまり住宅内で消費されるエネルギーの総量のことだ。
太陽光パネルなどによる再生可能エネルギーは消費すれば熱量に加えるが、同時に生産もしているので、その場合は消費分から生産分を差し引いて計算に加えることになる。
このように省エネ基準とは、建築物の断熱性能(の高さ)と平均日射熱取得率(=どれだけ夏の日射熱を遮断できるか)、および一次エネルギー消費量(が削減できるか)で決まっており、それぞれに目安となる等級が設定されているという理解が可能だ。
なお、実際の計算は現在様々なサービスやアプリケーションが開発されており、大抵の場合、基本的な数値を入力するだけで自動計算してくれるように設計されているから、計算方法ではなく考え方やプロセスを理解しておくべきだろう。
グローバル基準との乖離が浮き彫りに
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今回の法改正が定義する省エネ基準に適合している住宅とは、「断熱等性能等級4以上かつ、一次エネルギー消費量等級4以上の住宅」だ。
つまり、今まで最高等級であった断熱等性能等級4は省エネ基準適合の最低条件に変わり、換言すれば、これまで設定されていた断熱性能はそれほど高い水準ではなかったということになる。
世界的な省エネ基準との乖離が大きかったことの証左とも言えるが、これを機に特に断熱性能については、基準を世界水準にまで高めることが求められているということになる。
また、長期優良住宅に認定されるには、「断熱等性能等級5かつ一次エネルギー消費量等級6」が必要になる(他にも劣化対策や耐震性などの認定要件がある)。加えて、エネルギー消費を実質ゼロにするネット・ゼロ・エネルギーハウス(ZEH住宅)も同様に、「断熱等性能等級5かつ一次エネルギー消費量等級6」の省エネ性能が求められている。
現状では単に省エネ基準に適合している住宅というだけでなく、断熱性能も一次エネルギー消費量もそれを上回る住宅の普及が推進されていることから、急速に日本の住宅の省エネ性能は向上し始めているという見方もできる。
ただし国交省によると、全国の住宅総戸数約に占める省エネ基準適合住宅の数は、2019年時点で新築住宅約の80%程度(うちZEH仕様は約25%)に留まっている。日本の戸建・共同含む全住戸を現行の省エネ基準に適合させるために改修・建替などを現在のペースで実施しようとすれば、筆者の試算では90年以上の年月が必要となる計算だ。
つまり、日本の省エネ基準適合住宅の普及については、まだまだ端緒についたばかりと言わざるを得ない。
パッと見て省エネ分かるラベル表示も事実上の義務に
こうした省エネ基準の適合義務化に先駆けて、2024年4月から「建築物の省エネ性能表示制度」もスタートする。その名の通り、事業者は新築建築物の販売・賃貸を広告する際、省エネ性能のラベルを表示することを求めるもので、従わない場合は国土交通省から勧告などが為されるので、事実上の義務と考えたほうが良いだろう。
ラベルには自己評価と検査機関による第三者評価があり、各々これまで記してきた「エネルギー消費性能」および「断熱性能」が星や数値で示される。この仕組みがスタートすると、ユーザーは否応なく住宅性能の善し悪しを比較検討の材料とし始めることになるから、対策は今から待ったなしと言える。
なお、中古住宅についてはラベル表示しなくても勧告の対象とはならないものの、ラベル表示をすることで競合物件との差別化が図られることになるので、中古住宅についても普及していく可能性が極めて高い。
つまり国は、ユーザーに何が(どれが)優れた住宅なのかをわかりやすく表示することによって、より省エネ性能の高い住宅にユーザーの目が向くことを目的としており、以ってカーボン・ニュートラルに向けての住宅・不動産分野での推進力としたい意向は明らかだ。
省エネ化が遅れた背景に、住宅業界の反対の声
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日本における住宅の省エネ化は、第2次オイルショックを契機として、通称省エネ法が公布された1979年に遡る。その後、東日本大震災を経て2013年に省エネ基準が、2015年に建築物省エネ法が制定された。
スタートから45年の月日が経過しているにもかかわらず、住宅の省エネ化が遅々として進まず、建築の省エネ基準が今回の改正に至るまで、長い時間をかけて段階的に引き上げられてきたのはなぜか。
背景には、2050年のカーボン・ニュートラル実現という高い目標、言わば「理想」に対して、住宅建築および改築コストの上昇・発生という「現実」問題が拮抗し続けてきたことがある。
住宅業界からは、パブリック・コメントとして常に「これまで日本の景気を支え続けてきた住宅産業を縮小させても実現させるべきことなのか?」「コストアップによって新築住宅が売れなくなることで国内経済に大きな損失を与えても良いのか?」「中古住宅流通のハードルとなりはしないか?」などの反対意見が相次ぎ、これら“抵抗勢力”との鬩(せめ)ぎあいがあったのだ。
一方で、市場関係者の尽力によって、ここ数年は急速にその普及スピードが速まっていることも事実だ。年々温暖化が進んで夏期には国内でも最高気温40度を記録することが常態化しており、台風や大雨など自然災害も激甚化の一途をたどっている。
これ以上の温暖化や自然災害の激甚化を防ぐには、現状では温室効果ガスの排出を可能な限り抑制し、再生可能エネルギーを効率良く活用し続けるしか方法がない。住宅市場においては懸命に省エネ基準適合住宅“以上”の住宅を供給し、また既存住宅では現行の省エネ基準に適合させるべく改修および建替を推進しなければならない。
省エネ基準“以下”の住宅は“買い”か?中古への影響も
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考えを将来に向けて進めると、今後、住宅市場において“商品”としての住宅の価値を維持するためには、立地条件や利便性などとともに、住宅の省エネ基準適合状況が徐々にその存在意義を高めていくことが確実視される。
2025年4月までのわずかな期間に、主にコスト面などの問題から、あえて省エネ基準に適合していない住宅を安価に購入しても、数年後から10年後以降の流通市場においては、その“商品価値”は省エネ基準に適合している住宅よりも明らかに劣後するだろう。
今から新たに住宅を購入しようと考えるのならば、少なくとも2025年4月以降に適用される省エネ基準に最低限適合している必要があるし、できるならば(将来の基準の引き上げも想定して)さらに基準の高いZEH住宅や長期優良住宅、低炭素住宅などの購入および建築を検討するべきだろう。
さらには2025年4月以降、中古住宅への融資条件に、築年数などとともに省エネ基準に適合しているか否かという条項が今後加えられる可能性もあり(もしくは省エネ基準適合の中古住宅について金利優遇対応するなどの措置も考えられる)、中古住宅の流通市場においても、今後省エネ基準に適合しているか否かが住宅の“商品価値”を左右する要因の一つとなり得る。その点をあらかじめ考慮し、省エネ改修後に売却する、もしくは省エネ基準に適合している住宅を購入するなどの現実的な対応が求められる。
2025年4月を待たずして、その1年前から省エネ性能表示制度を開始することからも、事業者もユーザーも、今から省エネ基準とは何か、基準をクリアすることによって得られる経済的・物理的メリットは何か、と言ったことを具体的に知識として身に着けておく必要がある。
2025年4月の全新築建築物に対する省エネ基準の適合義務化は、単に住宅性能を引き上げるだけでなく、そう遠くない将来には市場における“商品”としての住宅の価値や見方も大きく変えてしまう可能性がある。
それを具体的にイメージし、住宅における省エネ基準の策定がなぜ必要なのか、また省エネ基準に適合していることがなぜ重要なのかということを、住宅を供給する企業も消費者も、今後はより強く意識しなければならない。省エネ基準が住宅の“商品価値”を決める時代は間もなくやって来るのだから。
中山登志朗:LIFULL / LIFULL HOME'S総合研究所・副所長兼チーフアナリスト。出版社を経て、 1998年より不動産調査会社にて不動産マーケット分析、知見提供業務を担当。不動産市況分析の専門家としてテレビ、新聞、雑誌、ウェブサイトなどメディアへのコメント提供、寄稿、出演多数。2014年9月より現職。