創業者のジャニー喜多川による性加害問題で、ジャニーズ事務所は9月7日に記者会見を行った。
Kazuki Oishi/Sipa USA via Reuters Connect
日本では、引き続きジャニーズ問題が注目を集め続けている。9月7日の記者会見以降、多くの大企業がジャニーズ所属のタレントとの契約を更新しないという方針を発表したり、放映中のCMなどを中止したりしている。
「今後、ジャニーズ事務所のタレントを起用した広告や新たな販促は展開しない」と最初に表明したのはアサヒグループホールディングス(会見翌日の9月8日)だった。11日に朝日新聞とのインタビューに応じた同社の勝木社長は、「(ジャニーズ事務所との)取引を継続すれば我々が人権侵害に寛容であるということになってしまう」と述べ、この決然とした発言が一つの流れをつくる節目になったという感じがする。
だが私は、会見前から、そしてその後も、一連の事件の被害者の多くが当時子ども・未成年であったという事実が、十分に重要視されていないように思われ、ずっと気になっていた。もっとそのことに衝撃を受け、糾弾すべきではないのだろうか? と。
9月12日、経済同友会の新浪剛史代表幹事が、ジャニーズタレントを広告起用することを「チャイルド・アビューズ(子どもへの虐待)を企業として認めることになる」と語った。「子どもへの虐待」という、それまで使われてこなかった言葉を出したこの発言は「新浪ショック」などと言われているらしいが、私は、ごくごく当然のことを指摘されただけだと思った。
今回の一連の事件は、子ども・未成年に対する未曾有の性虐待であり、それは日本国内だけでなく、国際的に見ても稀に見るスケールの話だ。後でも述べるが、対象が未成年であったということには、大人に対する性虐待・暴力とはまた違うレベルの深刻さがあり、そこは素通りされるべきではない。
次々起きる子どもを狙った性犯罪
この1カ月ちょっとの間、気にするともなくニュースを見ていたら、ジャニーズ問題だけでなく、子どもや未成年を狙った性犯罪のニュースが次々と流れてきた。
各種報道をもとに筆者・編集部作成。
これでもごく一部にすぎない。ざっと見て気がつくのは、加害者が教育関係者(講師や教諭、中には校長、教授もいる)、地検の事務官、巡査など、世の中から信用されている職業の人が多いことだ。親は、学校や塾の先生を信頼して子どもを預けている。その信頼が裏切られ、またこのような事件があちこちでしょっちゅう起きるようになってしまっては困るのだ。
日本社会においては、ただでさえ性暴力の深刻さが軽く扱われている部分がある(まず一つに刑罰が軽く、損害賠償の金額も低すぎる)が、子どもに対する性加害についてはなおさらそうだ。場合によっては、「性的いたずら」などというきわめて気楽な言葉で済まされてしまったりもする。こういった日本の背景と、
- 未成年の男子たちに対するジャニー喜多川の性虐待が、BBCが報道するまで(50年にもわたって)追及されなかったという事実
- 被害者の多くが子どもであったことが明らかになっても、それをさして問題視しないという態度
は、けっして無関係ではないだろう。
未成年に対する性犯罪はなぜ特に悪質とみなされるのか
ボストン大司教のバーナード・ロー枢機卿(当時)が管轄する教区で、神父が30年にわたり延べ130人の子どもに性的虐待を行っていたことが発覚。ロー枢機卿は事件を把握していながら隠蔽を図ったとして厳しい批判を浴び、2002年に辞任した。
REUTERS/Brendan McDermid BM/ME/CMC
ジャニー喜多川の事件の全貌が徐々に明らかになるにつれ、私が「似ているな」と思い出していたのは、2002年にアメリカを揺るがせた、ボストンのカトリック教会での30年にわたる児童性的虐待(そしてそれを見逃していた教区トップの大司教)の話だ。
この事件をスクープしたボストン・グローブの調査報道班は、2003年のピュリッツアー賞(公益報道部門)を受賞した。その顛末を映画化した『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)も高い評価を受け、アカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞している。この事件をきっかけに、アメリカ国内はもちろん世界各地で聖職者による性的虐待が次々に明るみに出ることとなった。
カトリック教会がジャニーズと似ていると思うのは、
- 外の世界から閉じられたヒエラルキー構造
- 長期的に築かれた組織ぐるみの隠ぺい体質
- 加害者はアンタッチャブルな権力者
- 被害者の多くが未成年・子どもである
- 加害者と被害者の間にある絶対的な不均衡(力、経験、権力、財力など)
ということだ。これに似た性質の事件として思い出されるものは他にもいくつかある。数十人ともいわれる未成年の少女を長年にわたり性的虐待し、性的人身売買していた容疑で逮捕された大富豪ジェフリー・エプスタインの事件。米女子体操五輪チームの元医師ラリー・ナサールの事件は、数百人にのぼる選手などへの性的暴行の罪に問われ、40年から175年の禁錮刑が言い渡された。和解金の総額は8億8000万ドル(約1300億円、1ドル=148円換算)にのぼる。
これらの事件に共通しているのは、なんといっても上記の5(加害者と被害者の間にある絶対的な力の不均衡)だ。子どもや未成年をターゲットにした性犯罪が特に悪質とみなされる理由もここにある。
教会のケースでも、医師のケースでも、エプスタインのケースでも、加害者は社会的(エプスタインの場合は経済的にも)に圧倒的に力が強く、その権力を利用して強引に性虐待を行い、被害者を沈黙させていた。
教会の神父、医師など「立派な職業の人」であれば、社会的信用もある。周囲から与えられるその無条件の信用を悪用しているところが特に悪質だ。仮に勇気を出して告発した被害者がいたとしても、「まさか、あの人に限って」となり、被害者のほうが嘘つき扱いされる可能性も大いにある。
なお、上述のラリー・ナサールは2023年7月、服役中の刑務所で、他の受刑者に首を2回、胸部を6回、背中を2回刺された。アメリカでは「子どもへの性犯罪で収監された受刑者は、刑務所内でボコボコにされる」という話をよく聞く。それ自体が本当か嘘かはわからないが、子どもを狙った性犯罪は、あらゆる犯罪の中でも最も卑劣で許しがたく、最低のものであるという認識が、こういう話の根底にあるのではないかと思う。
米国体操連盟の元チーム医師ラリー・ナサール。治療と称し、数百人にのぼる女子体操選手を性的虐待していた(2018年1月撮影)。
REUTERS/Brendan McDermid
性暴力は、被害者の心身に深刻かつ長期的な影響を与えることから「魂の殺人」と言われる。幼少期の被害であればいっそう、その後の人生に与える影響は計り知れない。一生立ち直れない人だっているだろう。
今ジャニー喜多川を告発している元タレントたちの主張の一つに、「子どもへの性犯罪については、時効の撤廃を」というものがある。これは真剣に検討されるべき話ではないかと思う。
今回、何十年も経ってやっと口を開いた被害者が多かったことからもわかるとおり、性犯罪を告発するためにはただでさえ時間がかかる場合が多い。あまりにもトラウマすぎて、その事実から目を背けなくては生きていけない人だっているだろう。特に被害を受けたのが子どもだった場合、告発する勇気が出るまでに何年も、何十年もかかることは十分にありえる。
悲劇を法整備へとつなげる先進諸国
こうした性犯罪に対して、欧米諸国ではどのような対策に取り組んでいるのだろうか。
再犯防止のため、アメリカ、イギリス、フランスなどでは、1990年代から、性犯罪者の情報登録制度が整備されている。登録されたデータをどう管理し利用するかは、国ごとに差異がある。例えばアメリカの場合は、司法省が性犯罪者データベースを一括管理している。一般に公開されているので、名前、住所などを入力すれば、誰でも簡単にリストが引っぱり出せる。
試しにサンフランシスコのダウンタウンの住所を入れてみると、このような地図とリストが表示される。
(出所)"DRU SJODIN NATIONAL SEX OFFENDER PUBLIC WEBSITE"よりキャプチャ。
性犯罪者に対するGPSなどを使った電子監視システムは、アメリカがよく知られているが、フランス、韓国などでも採用されている。
性犯罪の再発防止策の話になると必ず出てくるのが、性犯罪者登録および情報公開について定めたアメリカの「メーガン法」(通称)だ。
1994年、ニュージャージー州で、メーガン・カンカという7歳の少女が強姦・殺害された。容疑者は向かいに住む男で、過去に2度、少女に性的虐待を行っていたことが後に明らかになった。
その過去を知らなかったメーガンの両親は、性犯罪者が自分たちの地域に住んでいることを住民に知らせる法律が必要であると訴え、制定されたのが「メーガン法」だ。性犯罪者の氏名、顔写真、勤務先、車種などが記載されたビラの掲示、近隣住民や学校への告知、性犯罪者のリストをインターネット上で公開するになるなど多岐にわたる。
その後、他州でも類似の立法が進み、1996年に成立した「連邦メーガン法」で、全州に性犯罪者の登録情報の公表制度の整備が義務付けられることとなった。さらに2016年には、未成年者に対して性犯罪を働いた者のパスポートに固有の識別子を付与することを義務づける「国際メーガン法」が制定された。
「メーガン法」と並んでもう一つ有名なアメリカの法が、「ジェシカ法」だ。2005年2月、フロリダ州で9歳のジェシカ・ランスフォードが、性犯罪などで20回以上も逮捕歴がある男に誘拐され、強姦・殺害されるという事件が起きた。
ジェシカの追悼式でスピーチをする父親のマーク・ランスフォード氏(左)。2005年2月24日の深夜、自宅で就寝中に犯人に誘拐されたジェシカは、レイプされた後に生き埋めにされて殺害された(2005年3月撮影)。
REUTERS/Ted McLaren/POOL JMS
これをきっかけにフロリダ州で成立したのが「ジェシカ法」で、12歳未満の子どもに対して性犯罪を犯した人物に対しては、強制終身刑の懲役(最低で懲役25年の刑)や、生涯にわたってGPS装置による監視などを課せるようになった。大多数の州が州法に制定しているものの、連邦法にはなっておらず、州によって内容は異なる(例えばテキサス州では、再犯を繰り返した者には死刑も求めうるとしている)。
性犯罪の前科を持つ者についての情報登録・公開について定めたのが「メーガン法」、未成年者に対する性犯罪者に対してとりわけ厳しい処罰を与えることを可能にしたのが「ジェシカ法」ということだ。
目下、日本でも話題になっているが、イギリスには子どもと接する職場で働く人に性犯罪歴がないことを確認する「DBS(Disclosure and Barring Service:犯罪証明管理および発行システム)」と呼ばれる制度がある。
子どもに関わる職種(18歳未満の子どもに1日2時間以上接するサービス)で働くことを希望する人には、DBSから発行される「無犯罪証明書」を雇用主に提出することが求められる。これには、ボランティアも含まれる。性犯罪歴がある人を雇えば、それも犯罪になるので、雇用者は犯罪歴照会を行うことが義務化されている。
このDBSは、イギリスだけでなく、ドイツ、フランス、オーストラリア、ニュージランド、スウェーデン、フィンランドなどにも同様の制度がある。
ようやく動き出した日本
性犯罪から子どもを守るための法整備に向けて、日本政府もようやく動き始めている。
REUTERS/Issei Kato/Pool
日本では、雇用時に被用者の犯罪歴などを確認する仕組みはないのが現状だ。「日本版DBS」は、岸田首相がこども家庭庁の目玉政策に掲げてきたものだが、9月23日、政府は、当初予定していた秋の臨時国会への法案提出を見送る方向であると報じられた。与党から、義務化の対象職種が限定されるなど内容が不十分であるとの批判があったため、再検討するという。
例えば、こども家庭庁の有識者会議が9月5日に示した報告書案では、学習塾は確認の義務化が見送られた。でもよく考えてみると、学習塾以外でも、子どもが集まる習いごと教室、スポーツのコーチなどは含めなくてよいのか? 小児科医は? ベビーシッターは? ボーイスカウトやサマーキャンプのスタッフは?(それこそ、ジャニーズ事務所のような、青少年を扱うタレント・エージェントは?)など、考えだすとグレーゾーンはいろいろある。
それに、雇用される側ではなく、例えば性犯罪歴のある人が自ら塾を経営するなどという場合には、チェックする術がないことになってしまうのか? また、刑法犯で前科がつかなくとも、痴漢、盗撮その他、条例違反や不起訴処分、自主退職などに終わった性犯罪行為の場合はどうなのか? という問題もある。
また、日本でも、データベースの登録システムがこの4月から始まった。少なくとも過去40年間に性暴力などで有罪判決や懲戒処分を受け、免許が失効や取り上げとなった人の氏名や生年月日、免許状の番号、失効の年月日、その理由などをデータベースに登録するという仕組みだ。わいせつ行為で免許を失効するなどした元教員への復職制限は、令和4年(2022年)4月施行の「教員による児童生徒性暴力防止法」に基づき、4月1日から実施が始まった。
諸外国の整備ぶりと比べると、「日本もやっと本格的に動き出した」という感じだが、これらの施策について、加害者の人権、特に職業選択の自由の観点から懸念を示す声や、「人間の更生の可能性を否定し、社会復帰の道を塞ぐもの」という批判もある。
職業選択の自由については、子どもに関わる仕事にさえ就かなければいいだけの話なので、ほかに世の中いくらでも仕事はあるし、私は大した人権侵害ではないと思う。それより、子どもたちの安全を守ることのほうがはるかに重要だ。
それに、子どもに性的に惹かれてしまう人たちにとっては、むしろ子どもに近寄る機会がないほうが、犯罪を犯す可能性も低くなってよいのではないだろうか。なぜなら、子どもを狙った性犯罪は、再犯率、常習性が高いというデータがあるからだ。小児わいせつの再犯率はおよそ10%(平成27年「犯罪白書」より)。10人に1人が再び性犯罪に及ぶと考えると、決して少なくはない。
また、いわゆる「再犯率」とは異なるが、「小児わいせつ型」の性犯罪で有罪が確定した者のうち、それ以前に2回以上の性犯罪前科を有している者について見ると、前科も同じく「小児わいせつ型」であった者の割合が84.6%となっている。この割合は、他のタイプの犯罪と比べて高い(痴漢の場合は、もっと高くて100%だが)。つまり、「小児わいせつ型」性犯罪者の大半には、子どもばかり繰り返し狙う(大人は狙わない)傾向があるということだ。
カジュアルに消費されるペド・ロリ的表現
物議を醸している沿岸バスの萌え絵。騒動後、キャラクターの身長・体重・3サイズは「非公開」になった(2023年9月27日現在)。
沿岸バスのホームページよりキャプチャ。
この数日間、SNS上で、北海道羽幌町のバスの「萌え絵」問題が炎上している。公共交通機関であるバス会社が、公式ウェブサイトで、女児のキャラクター(上がセーラー服、下はスクール水着という設定)について、「ふとももが眩しい中学生」「つるぺた」「ふとももむっちり」などと、性的目線で捉えた表現をしていた(現在は該当箇所を一部「非公開」に変更)。バスの車体にも、萌え絵がデカデカと描かれている(しかも2013年からやっているらしい)。
批判する側は、「子どもへの目線が犯罪的過ぎる」「公共のバスにエロ設定の子どもの絵を描けるのはどういう意識なのか」などと指摘しており、かたや擁護側は「何がおかしいんですか?」「かわいいバスですよ。これを性的と捉えるあなたの感覚がおかしい」などと主張している。
この手の炎上は、日本でしばしば起きる。
2021年11月には、大阪の梅田ロフトで開催されたイラストレーターrurudo氏の個展について、児童ポルノ的なイラストが入口から丸見えのところに展示されているという指摘が起き、ネット上で炎上、最終的にはロフト側が謝罪した。
同じく2021年11月、観光庁の後援も受けているご当地キャラ「温泉むすめ」が大炎上した。温泉むすめ(高校生という設定)のキャラクタ―描写に、「いつもスカートめくりをしちゃういたずらなむすめ」「サラシを巻いて胸のボリュームを隠している」「肉感もありセクシー」などといった性的要素の含まれる不適切な表現が多数あったということで問題視された。公式サイト上からはスポンサー企業の名前が削除され、批判を受けたキャラクターのプロフィールが修正された。
近年では、なぜか自衛官募集のポスターにも「萌え絵」が頻繁に使われており、これについても問題視(それ以前に「なぜ、自衛官募集のために萌え絵を使う必要があるのか?」という疑問)する声がしばしば上がる。
これらに共通して言えるのは、あまりにカジュアルに少女のイメージを性的に扱い、しかもそれを「別におかしくないこと」とする感覚、それが市民権を持ち、堂々と主張されているということだ。なにしろ観光庁や自衛隊が平気でやっているのだから。
セーラー服姿の少女が、童顔に似つかわしくない巨乳で、パンツが見えそうなミニスカートをはいているような絵は、日本以外の多くの国では「児童ポルノ」「猥褻物」とみなされる。ロフトの謝罪文では、「ご不快な思いを持たれたお客様も少なくなく、深く反省しております」という、最近「あるある」な表現が使われていたが、問題は「快・不快」を超えて、「常識・非常識」という次元の話だと思う。
こういう炎上案件のたびに不思議に思うのは、このような「ペドフィリア(小児性愛)」「ロリコン」と受け取られるであろう表現を不特定多数の目につくところで大々的に展示したり、自社のウェブサイトに載せたりすることをOKと判断した人たちが(おそらくある程度上層部に)いるということだ。
彼らは、今どきの世の中でそれがどう受け止められるか予想できなかったのだろうか(中には炎上商法もあるだろうが)。本気で「問題なし」と思ったのだろうか。それとも最初から、それほど大したことだとは思っていなかったので、真剣に考えすらしなかったということなのだろうか。
こういう社会の文脈や人々の感覚と、例えば日本の通勤電車における痴漢が日常化しており、日々多くの女児や女学生たちが(成人女性はもちろんだが)犠牲になっていることは、通底するものがあると思う。
日本では商店街を歩いていてもこうした萌え絵に遭遇することがめずらしくない(調布市内の餃子店、2023年9月28日撮影)。
編集部撮影
痴漢以外にも、いろいろある。子どもへの性的虐待・性暴力を「性的いたずら」と矮小化する姿勢。子どもの性の商品化、特に女子中高生、時には女子小学生までをも性的に搾取するビジネス。18歳以上の女性に女子高生や中学生のように見える恰好をさせ、客に性的サービスをさせる商売が合法的に成り立っているという事実。風俗求人の「バニラ」のバスが白昼堂々と街を走っているという異常さ。売春・買春を「援助交際」という言葉でごまかし、軽く扱おうとしているところ。
このように子ども・未成年への性的搾取を社会全体として平然と黙認してきたことの延長線上に、今のペド、ロリ的な表現の氾濫があるのではないかと思う。
「ペド的な表現を見た人が本当にペドフィリア的な性犯罪を犯すと言えるのか? 相関関係はあるのか?」と突っ込んでくる人がいるかもしれない。その研究はなされるべきだと思う(暴力的な映像の消費と銃乱射事件の関係がしばしば話題になるように)。
だが、仮に科学的相関関係が証明されていないとしても、人間の潜在意識は、日常的に目にするもので形作られていくものだ。女児や未成年女子のイメージを性的に消費することが当たり前に行われる環境で、それを日常的に浴びるように見続けていれば、それに従った無意識が形成されるのが自然だと思う。
2015年、訪日した国連特別報告者は、子どもの性搾取に対する日本社会の状況に苦言を呈している。2019年発表の「国連子どもの権利委員会」による日本政府への勧告においても、「子どもの権利条約選択議定書(OPSC)」に基づく「子ども、または主に子どものように見えるよう描かれた者が明白な性的行為を行っている画像及び描写、または、性目的で子どもの体の性的部位の描写を製造、流通、頒布、提供、販売、アクセス、閲覧及び所持することを犯罪化すること」等の対策の実現・実施を強く求め、日本では子どもへの暴力、性的虐待、搾取が高い水準にあるという懸念を表明している。
ペドでもロリでも、そういう嗜好を持つ人が一定数社会に存在すること自体は仕方ない。ただ、このような表現については、ポルノ的要素があることを自覚して、あくまでもプライベートに「個人の趣味」の範囲にとどめてもらいたい。
また、展示や広告の場合は、きっちりとゾーニングを行って境界線を引き、見たくない人たちや子どもの目にはつかないようにするべきだ。「見る自由」を主張する人たちには、見たくない人たちの「見ない自由」というものも同じだけ尊重してもらいたい。ポルノ的要素があると受け取られるようなアニメ、イラスト等については、公の場(観光キャンペーン、自治体プロモーション、求人など)には使わない、あくまで個人のスペースで楽しむ、子どもは性的対象にしない、ということだけやってくれれば、とりあえずそれでいい。
それに対してすら「この程度のものはエロ表現とは言えない」「批判されるようものではない」「表現の自由」「誰も傷つかない」などと必死に反論しようとする人たちがいるが、それは今の時代においては、もはやナンセンスだ。
「SDGs」(持続可能な開発目標)において、人権は、環境・健康などと並ぶ最重要事項の一つだ。16番目の目標「平和と公正をすべての人に」という中には、「子どもに対する虐待、搾取、人身売買、あらゆる形の暴力や拷問をなくす」と、特定的に明記されている。
「マンガ・アニメは二次元の表現なのだから、被害者はいない。誰も傷つかない」という主張は間違っている。二次元のコンテンツであっても、子どもを性的対象として扱うものが大手を振って流通すれば、「子どもを自分の欲望のために使ってもよい」という性搾取の価値観を社会や人々の意識にじわじわと蔓延させることにつながる。
それは、究極的には、子どもたちが安全に安心して生活し、健康に育つ権利を侵害するものだ。少なくとも、今日の国際社会ではそう理解されている。
今回のジャニーズ問題で、多くの経営者が「国際社会の常識では通用しない」という言い回しを使っている。こういう言葉を使い始めているのは、それ自体、注目に値する変化だと思う。究極的には、国際社会という言葉を引き合いに出すまでもなく、もっとシンプルに、「日本社会の常識では通用しない」というふうになってほしい。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。株式会社サイボウズ社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny