1987年に台湾で創業したTSMCは、半導体受託製造の世界最大手だ。
REUTERS/Ann Wang
熊本に半導体工場を新設する台湾の半導体メーカー・TSMCや、日本の企業連合が設立し政府も巨額の支援を表明している新会社「ラピダス」など、半導体が話題になることが増えています。
この流れは日本だけではありません。アメリカでもこの3月に390億ドル(約5兆8000億円、1ドル=149円換算)の補助金の受付を開始するなど、半導体の国内生産能力を高めようと力を注いでいます。もはや世界経済は、半導体産業なくしては成り立たないといっても過言ではありません。
「半導体産業が現代社会にとって非常に重要な産業である」ということに、異論がある人はいないでしょう。
みなさんがこの記事を読むために使っているスマートフォンやパソコンなどの電子デバイスはもちろんのこと、コンビニなどで買い物をするときのキャッシュレス決済、日々利用する交通網の制御など……。最近ではChatGPTをはじめとした生成AIの躍進も、半導体の発展があってこそです。
ではいったい、半導体はなぜそこまで「すごい」のでしょうか。私たちはなぜ、そうまでして半導体を欲しているのでしょうか。
9月の「サイエンス思考」では、NECやソニーを経て、現在・東京工業大学で半導体トランジスタを研究する、若林整(わかばやし・ひとし)教授に、半導体のすごさの秘密や、日本が誘致したTSMCの実力、そして、国内連合であるラピダスの勝ち筋について聞きました。
あれも半導体、これも半導体
東京工業大学の若林整教授。
撮影:三ツ村崇志
日々のニュースを眺めていると、「半導体」というワードを目にしない日はないほど、毎日のように半導体に関する報道がなされています。ただ「半導体」という言葉の使われ方はさまざまです。
例えば、コンピューターの頭脳と言われる「CPU」や、「メモリ」「ストレージ」などの記憶デバイスもDRAMやSSDが用いられていて、半導体と呼ばれます。さらに言えば、電圧などを調整するインバーターのような素子や、電流を一方向にしか流さない「ダイオード」、電圧をかけることで光を放つ「LED」のように分かりやすい物理現象を制御する機能・性質を持つ電子デバイスを半導体と呼ぶこともあります。
スマホで会話したり、PCのディスプレイに何かを映したりするには、まず音や光といった「アナログ情報」を0と1で表現される「デジタル情報」に変換する必要があります。私たちはデジタルに変換された情報を処理し、再びアナログ化したものを情報として受け取っているわけです。
若林教授は、
「その裏側では、デジタル量(0と1)をメモリに読み込んだり、電磁波を出して通信したり……といったさまざまな(デジタル)処理が行われています。一つひとつの処理に必要な(半導体の)機能が異なるのです」
と、さまざまな半導体を組み合わせることで、私たちの日常生活を豊かにするデバイスができていると説明します。一口に半導体といっても、その機能や役割はさまざまなのです。
では、ここ最近世間を騒がせている「半導体」とはいったいどの半導体なのでしょうか。
あらゆる機能を実現する「トランジスタ」
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TSMCやラピダスといった注目企業が開発する半導体は、コンピューターの「頭脳」に相当するものです。このような装置には、「トランジスタ」と呼ばれるデバイスが超高密度に搭載されています。これがICやLSIなどと呼ばれる、いわゆる「集積回路」です。
私たちがスマホなどを使うには、外界から得たアナログな刺激(音声や光、タッチ操作など)を、電気信号に変換して処理しなければなりません。アナログな信号を0と1のデジタル情報にするには「どのような刺激が入ったら1とするのか(逆に0とするのか)」が電気回路によってシステマチックに決まらなければなりません。また、それを出力する(例えばスマホで音声を相手に伝える)にも、入力されたデジタル情報を出力するための電気回路が必要になります。
実は、このあらゆる工程で大活躍するのがトランジスタなのです。
トランジスタは、電気の流れのオン/オフを切り替えたり、増幅したりすることができる電子デバイスです。そのため「出力の電圧が高いと1」で「逆に低いとゼロ」といったように、デジタル情報の基本となる「0」と「1」の状態を作る上で非常に役立ちます。
かつて電子機器に使われていた「真空管」は、トランジスタの登場によって代替されるようになっていった。
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これができれば、あとはその組み合わせによって、足し算をさせる回路を作ったり、逆に引き算をする回路を作ったり……と、さまざまな回路(論理回路)を作ることができます。
もちろん、できることは足し算や引き算だけではありません。特定の情報を保存する「メモリ」のような機能はもちろん、スマホを操作する上で必要な複雑な処理も、元をたどれば同じように電気回路の組み合わせによって実現しています。
「これ(論理回路)は、全部『発明』なんです」(若林教授)
現代の情報社会は、それぞれの機能を実現する複雑な回路の「発明」の積み重ねによってできています。
ただ、複雑な機能を実現しようとすればするほど、トランジスタなどの電子デバイスを大量に組み合わせる必要があります。そこで生み出されたのが、シリコンなどの半導体チップの上に直接トランジスタや電気抵抗、コンデンサなどを構築する集積回路(IC:Integrated Circuits)の技術でした。
電気回路を「集積化」する価値とは?
黒いプラスチックでパッケージされた中に、膨大な電気回路が内包されている。
撮影:三ツ村崇志
「私たちが使っているPCはどんどん高性能になっています。ただ、だからといってPCのサイズは大きくなってはいないですよね。これは単位面積当たりの機能(集積率)が高まっているからです」(若林教授)
今ではさらに集積化が進み、「大規模集積回路(LSI)」や「超大規模集積回路(VLSI)」と呼ばれるものも登場しています。
電気回路を「小さく集積していくこと」のメリットはいくつかあります。
例えば、同じ機能をより狭い領域に組み込むことが可能なら、空いた分だけデバイスをコンパクトにしたり、そこに追加の機能(電気回路)を構築してさらに複雑な処理をしたりすることも可能です。
また、若林教授は
「小さければ小さいほど動作も早く、消費エネルギーも小さくなります。ですので、私たちはLSIやメモリなどの微細化を追求してきたのです」
と指摘します。
半導体の開発現場では、経験的に約2年ごとに集積回路のトランジスタ数が2倍になるという発展が続いてきました。これがいわゆる「ムーアの法則」です。
2年ごとに同じ面積の集積回路のトランジスタ数が2倍になるということは、半導体チップ一辺あたりの長さは2年で「1/√2」倍、つまり約0.7倍になるということです。実際、半導体産業の現場ではこの目標値に沿って、技術開発が進められてきました。
こうした技術開発競争の中で頭角を現し、今や世界を席巻する存在になったのが台湾のTSMCです。
集積化の先にある「限界」…ラピダスの勝ち筋は?
日本では北海道に工場を新設し、次世代半導体の量産を目指すラピダスに期待が集まっている。
REUTERS/Issei Kato
では、TSMCはいったい何がすごいのでしょうか。そして、日本連合であるラピダスはそこにどう対抗していくべきなのでしょうか。
TSMCは、世界中のさまざまな企業からLSIの微細加工を受託し生産してきました。アップルのチップを作っているのもTSMCにほかなりません。TSMCは、このように世界中の企業からのさまざまな要求に応えるために技術を積み重ねた結果、世界最高水準の半導体を製造できる(集積化の)技術を獲得するに至りました。
日本連合であるラピダスは、TSMCに迫るべく最先端の「2nm世代※」の半導体を製造することを目指すと公表しています。
※かつては半導体の回路の幅を表す言葉として「nm(ナノメートル)」という表現がなされていました。現在は実際の値と乖離してきたため、半導体の「世代」としての意味合いが強くなっています(数字が小さいほど新しい世代)。
10nm未満の最先端半導体の製造では、台湾が圧倒的な存在感を誇っていることがよく分かる。
画像:経済産業省 半導体・デジタル産業戦略 資料より
ただ、集積化競争には限界も見えつつあります。
回路のサイズはすでにナノサイズ(ナノは10億分の1メートル)にまで小さくなっています。ここまで小さくなってしまうと、さらに小さくすることは技術的にかなり難しくなります。
ナノメートルサイズの世界では、本来は電気が流れないはずの領域を超えて電気が“染み出す”「トンネル効果」という現象が起こることが量子力学の原理で知られています。さらに半導体を微細化したとしても、この影響でうまく制御できなくなるといいます。
「単なる二次元的な微細化において、物理サイズが5nmを切る領域で限界となることは受け入れざるを得ません。これは今後20年の間には起こるので、それを補完する技術の開発が必要となります」(若林教授)
現在、回路を立体的に構築する「GAA」と呼ばれる技術も期待されてはいるものの、それでも物理限界が近いことに変わりはありません。
LSIは微細化されたものほど性能が高くなるため、微細化技術を追い求めること自体は推奨されるものです。ただ、若林教授は、集積化競争にある程度限界が見えている以上、世界の産業現場で存在感を発揮するためには、単に集積化技術を追い求める以外の戦略も考えなければならないのではないかと指摘します。
その一つの解決策となるのが、複数のチップを組み合わせて一つのチップとして、ときに三次元にパッケージングして高機能を実現する「チップレット」という考え方だと若林教授は話します。
「今は、みなさんが求める機能が本当に増えてきています。その機能を実現するためには、単一のチップだけではできなくなりつつあるんです。アップルのチップの中にも、実際複数のチップが使われています」(若林教授)
TSMCも、すべてを自分たちだけで作ることはできません。それはラピダスが仮に世界最高水準の技術を持ったとしても同じことです。
「最先端の半導体を作れなければ即業界から退場してしまうのではなく、キラリと光る機能を実現できれば、チップレットというエコシステムの中で生きていくことができるはずです。今、世界ではさまざまな機能を持つチップレットを供給する企業が求められていて、成長余力もある。そこは参入障壁も低い。そのエコシステムの中の1つに、ラピダスがなり得る状態なのだと思っています」(若林教授)
今、世界中で半導体を巡る動きが加速しています。これは半導体産業の力学が大きく変わる予兆に過ぎないのかもしれません。