撮影:鈴木愛子
前回は、転職時の年収交渉についてお話ししました。転職を図る際、「せっかくなら年収を上げたい。それが無理でも現状は維持したい」と思うのは当然のことです。
しかし、年収ダウンとなっても転職に踏み切ったほうがいいケースもあります。
そこで今回は、「年収ダウン」の捉え方、年収ダウンを受け入れてでも転職すべきかどうかを見極めるポイントについてご紹介します。
「希望年収額で入社」は自分自身を苦しめることも
希望年収が通ればモチベーションも上がる。ただし、「会社の期待に応えなくては」というプレッシャーとも無縁ではいられない。
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まずは、転職時に自分の希望通りの年収アップを果たしたAさんの事例をお話ししましょう。
Aさんは面接時、前職での実績をアピール。「自分が入社すれば、こんな成果を挙げて業績アップに貢献できる」と強く訴えました。
企業側としては採用予算をオーバーする額でしたが、期待を込めてAさんの要求を受け入れました。
ところが、Aさんは想定した成果を挙げられないまま時間が過ぎていきました。経営陣からの「高い給与を払っているのに」という視線にプレッシャーを感じ、焦るあまり空回りしてばかり。いたたまれなくなって会社を去ることになったのです。
実はAさんのように、高年収で迎えられたものの、「報酬に見合う活躍」という期待を背負うことでプレッシャーとなり、自身を追い詰めてしまう人は少なくありません。
もしAさんが、企業側の予算に合わせ、前職より年収額を下げて入社していたとしたらどうでしょう。
企業側には「年収を下げて入ってくれた」という申し訳なさや感謝の念がありますから、早急な成果を求めず、やや長い目で見てくれる可能性があります。Aさんはプレッシャーを感じることなく、伸び伸びと働いて本来の力を発揮していたかもしれません。
このように「入社後のハードルを上げない」という点では、年収ダウンを受け入れるのも得策と言えます。
それに最初から高い給与額で入社すると、企業が期待する以上の成果を挙げないかぎり、それ以上の給与アップは難しいことも心得ておいてください。
企業側も、まだ実力のほどがつかめない人に対しては高額の給与を支払うことをためらいます。
まずは抑えめの金額からスタートし、成果を挙げたら引き上げてもらう約束で入社したほうが、企業側にとっても自分にとっても気が楽というもの。
「これだけの成果を挙げれば、この金額にアップ」といった約束を取り付けたうえで、年収ダウンを受け入れるのもひとつの考え方だと思います。
入社前には「人事評価制度」の確認を
ここからは、「年収ダウンとなっても転職する価値があるかどうか」を判断するポイントについてお話ししましょう。
まず、目を向けるべきは「生涯年収」です。転職する際、一時的に年収が下がったとしても、入社後に上げていき、最終的な生涯年収が現職にとどまり続けるよりも多くなるのであれば、そのほうがいいと思いませんか?
では、転職後に年収が上がっていくかどうかを見極めるにはどうすればいいか。注目したいポイントは「人事評価制度」「事業の成長性」「身につくスキル」の3つです。
年収を下げてでも転職すべきだろうか? 3つのポイントで判断しよう。
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前回も触れたとおり、人事評価の指標、そして評価がどのように報酬に反映されるかは企業によって大きく異なります。
ベンチャー企業などでは、1年に1回と言わず、2〜4回評価のタイミングがあったり、基本的に社長の判断で昇給・昇格が実施されるケースもあります。成長中の企業では、入社からわずか1〜2年で年収が数百万円上がることも珍しくありません。
実際、私が転職のお手伝いをした経営企画職のBさんの場合、前職では年収1000万円でしたが、ベンチャー企業への転職時、「800万円」のオファーを受け入れて入社。成果を挙げて、入社1年後には年収1100万円にアップしました。
その一方、一見すると給与水準が高く見えても、昇給ペースが非常に遅い会社もありますので、注意が必要です。
人事評価制度や給与体系は、まず企業の採用ページで確認しましょう。「◯歳/入社◯年/年収◯◯万円」など、実際の入社者の年収例が記載されていれば、参考になります。
また、面接で「年収◯◯万円を目指すとしたら、どんな成果を挙げれば叶いますか」といった質問をしてみるのも手です。向上心を感じられる質問なので、決してマイナスの印象を与えることはないと思います。
なお、人事評価制度に基づく昇給のほか、業績好調なら「決算賞与」、IPOを果たせば「ストックオプション」として、まとまった金額を手にできることもあります。
「今後の事業の成長性」も将来のトータル年収に影響しますので、その会社のビジネスモデルや技術力の優位性にも注目しましょう。
「稼ぐ力」を身につけられる転職かどうか
年収ダウンしても転職する価値があるかどうかを判断するもう一つのポイントが「身につくスキル」です。
年収ダウンとなっても、転職先企業で身につけたスキルを活かして、その後の転職で年収アップを図れるか。あるいは、スキルを活かすことで「ビジネス寿命」が延び、長く収入を得続けられるか、ということです。
代表例として挙げられるのは、スタートアップ企業への転職。まだ売上が上がっていない状況では中途入社者に十分な報酬を提供できないため、入社する人は年収ダウンとなるケースがほとんどです。
「年収の額だけでなく、転職先で得られる経験やスキルの価値も合わせて考えることが大切です」と森本さんは言う。
撮影:鈴木愛子
しかし、スタートアップ企業でのビジネスモデル開発、マーケット開拓、ゼロからの仕組みづくり・組織づくりの経験を通じて身につけたスキルは、転職市場で高い価値を持ちます。
また、そこでの修羅場体験や「生みの苦しみ」といった経験により胆力もつくでしょうから、マインドセットの面でも大きな価値となります。
仮にそのスタートアップ企業が成長を遂げられなかったとしても、別のステージでそれらを活かせる可能性があります。
実際、現在ベンチャー企業でCxOなどのポジションで活躍している方々には、過去に年収ダウンしながらもスタートアップに飛び込んだ経験を持つ方が多くいらっしゃいます。
このように、転職に際しては、「希望年収を出してくれる会社か」だけを見るのではなく、「入社後に年収を上げていける可能性があるか」に目を向けてみてください。
年収ダウン転職を決意するなら、家族との相談も重要
さて、将来の可能性を見越して「年収ダウン転職」を決意したとしても、家族の同意を得られなければ頓挫してしまいます。
何年後かには前職年収に戻る、あるいは上回る見込みがあること、長い目で見てプラスになることを説明したうえで、協力を得られるようにしましょう。
配偶者がいる方であれば、以下の点を事前に相談しておくことをお勧めします。
- 最低限、いくらの年収が必要なのかを算出しておく(住宅ローンや教育費など)
- 不足する分があれば、どうカバーするかについて合意を得ておく(いずれかの支出を減らす、配偶者が収入を増やす、など)
お金は「目的」ではなく、理想のライフスタイルを実現する手段だと思います。その時々の優先順位を見極め、バランスをとってくださいね。
※この記事は2020年6月29日初出です。
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森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。