「ミガキイチゴ」を生産するGRAの岩佐大輝CEOにインタビューした。
写真:横山耕太郎撮影、GRA提供
超高級イチゴブランド「ミガキイチゴ」(※)の栽培やブランディングを手掛けてきたアグリテックのスタートアップ・GRAが9月29日、大手農薬メーカー・クミアイ化学工業の企業買収(M&A)によって、子会社になったことを発表した。
GRAは東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県山元町を拠点にビジネスを広げてきたアグリテック企業として注目を集めていた。
GRAの株式はクミアイ化学工業が65%を保有し、GRAの岩佐大輝CEO(46)ら役員・社員が35%を保有する。取得額は未公表。
クミアイ化学工業は今回のM&Aについて「若く活力にあふれた企業が新たに加わることで、事業面で様々なシナジーを発揮すると期待している」とコメントを発表した。
クミアイ化学工業は2022年9月にも、わさび栽培を手掛けるアグリテック企業、アグリ・コア(福島県相馬市)を子会社化している。
GRAの岩佐大輝CEOに、子会社化という出口戦略を選んだ背景を聞く。
被災地にUターン。テクノロジー駆使しイチゴ栽培
東日本大震災後、地元の山元町でのボランティア活動に参加した岩佐氏。
提供:GRA
GRAは東日本大震災直後の2011年7月に創業。本社を置く山元町はもともとイチゴの産地として知られていたが、震災による津波でイチゴのハウスは95%が失われた。
山元町出身の岩佐氏は大学在学中だった2002年、システム開発企業を東京で起業したが、東日本大震災後にUターン。祖父がイチゴ農家だったこともあり、ゼロからイチゴ栽培に挑戦した。
GRAのイチゴ栽培の特徴は、これまで農家の経験に頼っていたノウハウを、データ化して共有すること。
ハウス内の温度管理のための暖房調整や、窓の開け閉めを自動化。温度や湿度、二酸化炭素濃度、地中の水分や栄養、日照量などを数値化して管理する。
「ミガキイチゴ」を使った商品などを販売するカフェ。
提供:GRA
2016年からは「ミガキイチゴ」を活用したスイーツ開発事業や、関東などで12店舗を開発するカフェ事業も開始。
加えて新たなイチゴ農家の育成プロジェクトも立ち上げ、これまでに卒業生が独立し、宮城をはじめ埼玉、神奈川、愛知、静岡などで「ミガキイチゴ」を栽培している。
深刻化する後継者不足「このままでは間に合わない」
提供:GRA
「産地間で競争しているのはもう古いんです。地域を超えて農業を発展させていく仕組みを今すぐ広めていかないと、日本の農業はもう間に合わない。大きな資本と組むことで、スピードを上げたい」
株式上場をせず、クミアイ化学工業へのM&Aの道を選択した理由について、岩佐氏はそう説明する。
当時は「被災地のスタートアップ」として注目されたGRAだが、「農業法人としても予想以上にうまくいっていた」と岩佐さんはいう。
イチゴの効率的な生産と農家育成による生産網の拡大、同時にイチゴを使った新商品の開発にをすすめることでGRAグループでの成長サイクルを確立。毎年の売り上げは前年比30%で成長してきたという。
2015年にはINCJ、NEC、JA三井リースから5億2000万円の資金調達。2020年にもINCJ、NECキャピタルソリューションから3億3000万円を調達し、シリーズBでの時価総額は36億5000万円になった。
「ただ調達を受けた以上、イグジット(出口戦略)は当然考えており、IPOとM&Aを両睨みで検討していた」
そんな状況で大企業の傘下入りを決める一因となったのが、深刻化する「農家の後継者不足」だった。
「僕のまわりでもどんどん廃業する農家が増えている。農業はこれまで、驚くほどナレッジを共有するという事がなく、一つ一つの農家が個々で戦ってきた。
ただ後継者不足が深刻化しており、みんなで知恵を共有して、アップデートしていかないと持続可能な農業はできない業況になっている」
その突破口となるのが、「ミガキイチゴ」で培ってきたノウハウだと岩佐氏は言う。
「イチゴ栽培は1サイクルで20カ月かかる。一つの農家で10年間、季節に合わせてイチゴを植える場合、10回しか試せない。もし複数の農家でデータを共有してPDCAを回せたら、一気に生産性をあげられる。国内外でこの仕組みを広めていきたい」
海外展開、大手の販売網に期
インドでのイチゴ栽培の実証実験。
提供:GRA
クミアイ化学工業は1949年創業で、2022年10月期の売上高は1453億円。連結の従業員数は1832人を誇り、世界各地に営業拠点を持つ大企業だ。
海外展開も進めるGRAにとっても、クミアイ化学工業のノウハウや営業網への期待は大きい。
GRAでは現在、インドやヨルダン、マレーシア、カナダなど、日本とは全く気候が違う土地でも、現地でイチゴ生産の実証実験を進めている。
今回のM&Aでこれまでの出資企業は株式を譲渡することになったが、岩佐氏は「既存株主の利益も確保することができた。起業家としては出口にたどり着けたことは純粋にうれしい」と振り返る。
「起業家としては今回のM&Aがゴールだと全く思っていません。まだ株も多く持っているので。イチゴ改革から始まった会社ですが、イチゴ以外にもこのノウハウは展開できる。これからは国内外農業改革にも挑戦していきたい」