ふるさと納税は2008年にスタートし15年目を迎えた。
総務省ふるさと納税ポータルサイトより
10月からふるさと納税に関するルール変更が実施される。ネットニュースやテレビ報道などを通じて「改悪」「値上げ」といった言葉を連日のように目にする。
地方財政・ふるさと納税に詳しい桃山学院大学経済学部の吉弘憲介教授は、今回のルール変更に対して、効果に乏しいばかりか「より逆進性を強める悪影響をもたらす可能性さえある」と痛烈に批判している。
ルール変更がもたらす「悪影響」とは何か、考えてみたい。
10月からの主なルール変更
1.募集に要する費用について、ワンストップ特例事務や寄附金受領証の発行などの付随費用も含めて寄附金額の5割以下とする(募集適正基準の改正)
2. 加工品のうち熟成肉と精米について、原材料が当該地方団体と同一の都道府県内産であるものに限り、返礼品として認める(地場産品基準の改正)
ルール変更の狙いは寄付金異常集中の是正だが……
吉弘教授は、今回のルール変更の狙いを「寄付金を集める上位自治体の固定化を解消し、異常集中を是正すること」だと指摘する。「総務省は一部の自治体にお金が集中している現在の状態は、当初考えていたような制度内容から逸脱していると問題視」しているというわけだ。
では、経費総額を5割以下にすることが、なぜ寄付先の分散化につながると総務省が考えているのだろうか。
北海道、九州の自治体が多くランクイン。
総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」より編集部作成
トップ10のうち8自治体が2021年と同じで額も増加している。
総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」より編集部作成
あまり知られていないが、私たちがふるさと納税(寄付)を行った金額がそのまま自治体に入るわけではない。総務省はふるさと納税による過剰な競争を抑制する名目で、返礼品のコストを寄付額の3割、返礼品コストを含めたポータルサイトへの事務手数料や送料等を含めた総コストを寄付額の5割に制限している。
「実際、2021年の時点でふるさと納税のコストは寄付額全体の47%にのぼり、ほぼ上限に張り付いています」(吉弘教授)
ただこれまではこの「5割規制」を守らず、自分たちに有利になるようにポータルサイトにお金をかけている自治体があった。
「ポータルサイトへの登録費用に関して、『隠れコスト』のような形で『一般の行政費用です』ということにして、ポータルサイトへの支払いをしていたケースがあります。それはダメです、というのが今回の規制です」
競争にかけるコストが高い自治体ほど有利になるのは当然のことだ。今回のルール変更はこのグレーゾーンにメスを入れた形だ。
総務省は上位自治体から他の自治体に寄付先を振り分けたいと考えているが、今回のルール変更はあまり意味がないだろうと吉弘教授は考えている。「既に寄付金をたくさん集めている自治体ほど、さらに寄付金を集めるためにお金をかけられるという状況は変わりません。 ルールの厳格化は弥縫策(びほうさく)にすぎないと言わざるをえません」。
より富裕層しか楽しめない制度になってしまう?
さらに吉弘教授は今回のルール変更がより「逆進性を強め」、ふるさと納税の「富裕層ほど得をするという側面を強める」恐れがあると指摘する。
簡単に言うと、年収が増えるほど寄付上限額が増えるため、高所得者ほど得をするというわけだ。
ふるさと納税のルール変更や輸送コストの増大により、自治体はなるべく送料を抑える方向に動く。従って、これまでのように肉やフルーツといった配送コストのかかるものは敬遠されるか、返礼品の商品の単価を下げるなどの措置が講じられる可能性が高い。反面、高額だが配送コストのかからないものの出品が増える可能性がある。
例えば、ある自治体では30万円の寄付金に対する返礼品として、10万円の背広の仕立てチケットを採用している。チケットは東京の店舗でも使えるものだが、工場はその自治体にあるというわけだ。チケットは紙なので輸送コストは安く済む。
ふるさと納税ポータルサイトで「スーツ」を検索すると高額な返礼品が並ぶ。
「ふるさとチョイス」より
「金額の小さなものをたくさん送るよりも、金額が大きい返礼品で寄付金を集めたいと思う自治体が増えていくと、これまで人々が楽しんできた返礼品の選択肢が減る可能性があります。
肉やフルーツなど多くの人たちに人気の商品は目減りし、高価な衣服の引換券や旅行券など、時間とお金に余裕のある人が楽しむような返礼品に移り変わっていくかもしれません。
結果、高い寄付金を出せる人たちしか楽しめないものに移行していくのではないでしょうか」
大胆な上限規制を設ける必要
2019年度ふるさと納税自治体収支。首都圏、名古屋、大阪などの大都市圏が赤字に陥っている。
総務省資料、国土交通省資料をもとに吉弘憲介教授作成
ふるさと納税は、そもそも「自治体間の税収格差の是正」を目的として始まった制度だ。
しかし、前述の自治体ランキングを見ても明らかなように、ふるさと納税の中でも一部の自治体に寄付金が集中する状況が固定化している現状がある。
こうした状況に本質的な「対策」はあるのだろうか?
吉弘教授は、ふるさと納税そのものの制度的な欠陥を指摘する。
「ふるさと納税の寄付額と各自治体の財源の豊かさを示す財政力指数には相関がありません。仮にふるさと納税に財源調整能力があるのならば、財源の潤沢さに応じて集める寄付金が下がっていかないといけません。
学会でもふるさと納税に関する研究のほとんどが、『ふるさと納税は財政調整制度としては機能していない』という見解を示しています」
そもそも、ふるさと納税自体に豊かな自治体と貧しい自治体の格差を調整する機能はない——。
この前提に立って、現行制度を維持しながら変更を加えるとすれば、「自治体の寄付総額や個人の控除額に大胆な上限規制を設ける必要がある」と吉弘教授は言う。
「各自治体が集められる寄付金の上限を、財政の規模など何らかの基準で設ける必要があると思います。それくらい大胆なことをしなければ、現在の上位自治体が強いままという固定化された状況は変わらないでしょう」
「改悪」という言葉が一人歩きする一方、ルール変更しても本来狙った効果が限定的になるのだとすれば、一体何のためにルール変更するのか。
何より、本質的な問題である「自治体間の税収格差の是正」を、貴重な税金を浪費せずに済む方法はないのか。
「おトクだから、ふるさと納税を使う」という安易とも言える考えを私たちは見直す時期にきているのかもしれない。