恒大集団の創業者でもある許家印会長が拘束され、経営の不透明感が一層濃くなっている。
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経営危機に揺れる中国不動産大手の中国恒大集団は28日、許家印会長が違法行為に関わった疑いで拘束されたことを正式に認めた。2021年9月に表面化した債務危機から2年、当時懸念されたような破たんの連鎖は起きていないが、危機は遠のくどころか、碧桂園など業界最大手も巻き込むなど拡大している。政府が規制緩和によって不動産市場の回復に躍起になる中、新たな爆弾が仕掛けられた形だ。
傘下の資産管理会社絡みか
9月28日朝、恒大は香港取引所での株式売買を同日から停止すると発表した。子会社の恒大物業と、EVメーカーの中国恒大新能源汽車集団(恒大汽車)も株式売買を停止した。恒大は2020年、2021年の決算を発表して8月28日に約1年5カ月ぶりに売買を再開したばかりだった。
同社が許家印会長について、「法律違反の疑いがあり、強制措置の対象になったとの通知を受けた」と説明したのは夜になってからだ。刑事事件の「強制措置」は逮捕や拘束を意味する。海外メディアが数日前に、許家印会長が当局の監視下にあると報じており、会社が公式に認めた形だ。
罪状の詳細は明らかになっていないが、許家印会長の拘束は、ある程度想定されていた。この1カ月、恒大では幹部の逮捕が相次いでいたからだ。
許家印会長は2023年に入ってほとんど公の場に姿を見せていない。写真は2017年、香港で撮影。
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9月16日、深セン市の警察当局がSNSの公式アカウントで「恒大金融財富管理(深セン)の杜某を犯罪の疑いで刑事強制措置に処した」と発表した。「杜某」は同社の杜亮会長と見られる。恒大財富は恒大集団傘下の資産管理会社で、個人投資家向けに理財商品(高利回りの金融商品)を販売していた。
恒大金融は2015年に設立され(当時は違う社名だった)、インターネット経由でお金の借り手と貸し手を結び付けるP2Pの金融サービスを手掛けていた。P2P金融サービスは配車アプリやシェア自転車、フードデリバリーなどと同様に、モバイル決済の普及によって市場が拡大したサービスで、ピーク時には5000社が参入、恒大金融もその一社だった。
しかしP2Pを介した詐欺が増加するとともに、P2P金融を手がける企業の乱脈経営が問題になり、中国当局が2018年に規制を強化、大半の事業者が業務停止に追い込まれた。恒大財富は社名を変更し理財商品(中国国内で販売されている高利回りの資産運用商品のこと)の販売を続けていたが、個人投資家から調達した資金を別のプロジェクトや親会社である恒大集団が流用し、2021年9月に恒大本体の経営危機が表面化すると、恒大財富の違法経営が改めて問題化すると同時に、すべての理財商品の元本償還が止まった。杜亮会長は恒大の債務危機が露見する前に前倒しで償還を受けており、当時、債権者が抗議に詰めかける騒動にもなった。
恒大財富は理財商品の償還案を投資家に提案したが、投資家の希望とはかけ離れており、投資家らは繰り返し、深セン市の複数の機関に同社を告発してきた。2023年に入ると恒大財富の償還案はまったく履行されなくなった。中国経済メディア財新によると、恒大財富関連の理財商品の未償還金額は少なくとも約400億元(約8000億円、1元=20円換算)に達しており、投資家が金融当局などに告発していた。
元本の未償還は刑事罰には問いにくいので、深センの警察当局は恒大財富が違法な手段で資金を集めた疑いで捜査しているとの見方がもっぱらだ。
妻と偽装離婚疑惑も
恒大財富の幹部が拘束される少し前から、恒大はスキャンダルに揺れていた。8月14日に同社が証券取引所に提出した資料には、許家印会長が長年連れ添った妻が「会社から独立した第三者」と記され、資産を保全するために偽装離婚したとの疑惑が持ち上がった。今回の許家印氏の逮捕でメディアが妻の居所を調べた結果、カナダのパスポートを保有し、7月末に出国していることが明らかになった。
恒大財富の杜亮会長以外に、恒大集団の最高経営責任者(CEO)だった夏海鈞氏と最高財務責任者(CFO)だった潘大栄氏も当局に拘束されたことも財新の報道で明らかになった。2人は恒大集団傘下の不動産管理会社である恒大物業集団から恒大への不適切な資金回流に関わったとして2022年に辞任していた。
売却が決まった恒大傘下の保険会社「恒大人寿」の元会長で、現在は別の保険会社の副会長を務める朱加麟氏も警察に連行された。
許家印会長の次男で、恒大財富の業務に深く関わっていた許騰鶴氏も既に拘束されているという。捜査の手が許家印会長に及ぶのは時間の問題だったようだ。
債権者との協議は再々延期
恒大の債権の支払いを求め、本社に詰めかける投資家(2021年9月撮影)。
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恒大集団の存続の鍵を握る債務再編にも暗雲が立ち込めている。
同社は今年3月、発行済みの債券を新規債券や関連会社の株式に転換することなどを盛り込んだ外貨建て債務の再編案を公表し、8月末に債権者と協議予定だった。しかし直前になって「債権者が会社側の提案を検討する時間を確保するため」との理由で9月25〜26日に延期すると発表した。これを9月22日に「住宅販売が予想を下回る」との理由で再延期し、24日には傘下の恒大地産集団が当局による調査を受けているため「新規に債券を発行する資格がない」と再々延期を発表した。3月に発表済みの再編案の条件も大幅に修正するとしており、経営再建は大幅に後退した。
さらに、9月25日が期限だった人民元建て債40億元(約800億円)の元利金も払えなかった。同債券は3月期限の利払いもできていない。2年前のデフォルト危機の際に、外貨建て債券の利払いを行わずに人民元建て債の利払いを優先していたことを考えると、状況はより悪化していると言える。
この2年繰り返されている「恒大は経営危機を乗り切れるのか」という問い。恒大が破たんに限りなく近い状態にあるのは疑いようがない。ただし同社が倒産してしまうと、ただでさえ元気のない中国経済に大きなダメージを与えるのは必至であるし、何より政府が最も重視している恒大の不動産を購入した消費者への引き渡しが頓挫してしまう。債権者も償還を受けられなくなる。
許家印会長の拘束についても、メディアが報道しただけで当局は発表を控えている。具体的な罪状も明らかになっていない。消費者保護と国内の景気の狭間で、さじ加減を間違えると政府も無傷ではいられない。当局も恒大同様、時間稼ぎを必要としているのだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。