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シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
大学1年生です。4月から大学に入り、推しがいないことに悩んでいます。というより、違和感、苛立ちを感じているという方が正しいかもしれません。
周囲は皆、韓国アイドルやYouTuber、アニメのキャラなどの推しがいますが、私にはいません。友人たちから「推しがいないなんて人生損してるよ」と言われることもよくありますが、本当にそうか?と思います。
私は中高とバレーをやっていたのですが、大学では留学をしたく、英語で議論をするサークルに入りました。それで付き合う人の属性がかなり変わったと認識しているのですが、これまで周囲も推しを必要とするタイプではなく、仲間と励まし合えばそれでいい、という感じでした。
もちろん、私も漫画なんかは読みますが、あくまでフィクションとして割り切っていたので、「損してる」とまで言われるのは正直心外です。
かといって、そんなことを言えば喧嘩になるのは明らかなので、絶対に言わないのですが……。私のような人間はどこかおかしいのでしょうか?
(IC、10代後半、女性、学生)
「推し」は現代的な社会現象ではない
シマオ:「推し」って最近では若い人だけでなく、上の年代にまで広がってきている言葉ですよね。この間40代の上司が使っていて驚きました。ただ、ICさんは推しがいないことで、友達からいろいろ言われて悩んでいるようです。
佐藤さん:結論から言うと、これといった推しがいなくても、悩む必要などまったくないと思います。
シマオ:まして「自分がおかしいんじゃないか」と悩むなんてとんでもない?
佐藤さん:その通りです。
シマオ:ただ、宇佐美りんさんの『推し、燃ゆ』という小説が2020年の芥川賞作品になって、いまだに売れているらしいんですよ。「推し」の存在がいまの若い人の間で一種の自己証明のようになっている感じも分からなくはないような……。
佐藤さん:たしかにそういう部分はあるかもしれません。でも、お気に入りの人ができて、それを推すというのは、昔からずっとあることでしょう。決して現代的で特異な風潮でも社会現象でもないと思います。
シマオ:なるほど。そもそも「推し」という言葉っていつくらいから言われるようになったのでしょうか?
佐藤さん:正確な区切りは専門家の方に譲るとして、私の認識では今から約20年前にAKB48が出てきて、そのときに自分の「推し」のメンバーが誰それだということで「推しメン」という言葉が出てきたと記憶しています。
シマオ:確かにそういった地下アイドル文化から聞こえてきた言葉かもしれないですね。「ファン」という言葉も昔からありますけど、「私は〇〇のファンです」と「私は〇〇を推しています」だと、ちょっとニュアンスが違う感じがしますよね。
佐藤さん:「推し」の方がもう少し強い感じがします。例えば前田敦子さんを推していた人は、彼女のCDが出ると何枚も購入していたでしょう。中には30枚とか50枚とか、とにかく大量に買う熱狂的な人もいました。
シマオ:ニュースにもなっていたので、覚えています! 握手会のチケットがもらえたりするんですよね。
佐藤さん:もちろんそれもあるでしょうが、何らかの形で経済的な支援をするというニュアンスもあったのが「推し」ということじゃないでしょうか。
シマオ:なるほど、買い支えるという面があるんですね。
佐藤さん:そうです。歌舞伎や大衆演芸の世界などになると「おひねり」と言って、ご祝儀的に直接お金を渡したりします。あとは相撲のタニマチとか、そういう世界も同じでしょう。
シマオ:なるほど。そういう世界は今も昔も形を変えながら存在すると。
佐藤さん:そういうことです。ただ、その「推し」という言葉も最近使われている文脈を見ると経済的な支援というニュアンスが少なくなり、むしろ「ファン」という言葉に近づいてきている気がします。
シマオ:確かに。もっと一般化して軽く使っている人も多い気がしますね。ICさんにしても同じサークルの人たちにしても大学生ですから、恐らくそこまでの経済的な支援は難しいでしょうし。むしろ「熱狂的なファン」くらいの意味に近いわけですね。
佐藤さん:いずれにしても、誰が誰のファンになるのも、推しになるのも各人の勝手です。他人からとやかく言われるものではないし、推しがないからと言って人生を損することなどまったくありませんよ。
推される側に潜むビジネス的側面
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佐藤さん:むしろ私は、「推し活」だって過剰になると危険性があると考えています。それに「推される側」は大抵の場合はビジネスとして活動していますから、その裏には資本主義的な側面だってある。
シマオ:どういうことでしょうか?
佐藤さん:まず、危険性についてですが、推し活が過剰になる中で、ストーカーのようになってしまう人が確かに存在しています。シマオ君も、アイドルがファンに住所を特定されて付きまとわれる、なんて話を聞いたことがあるでしょう。
シマオ:たしかにありますね。狂信的になって妄想の世界に入ってしまう人がいてもおかしくないのかも……。
佐藤さん:もう一つは自分の収入を超えて援助することで、経済的に破綻してしまう危険性があること。シマオ君は『闇金サイハラさん』というドラマを見たことがありますか?
シマオ:『闇金ウシジマくん』なら知っていますが、サイハラさんは知りませんでした!
佐藤さん:『ウシジマくん』の外伝という形で始まったシリーズなのですが、高橋メアリージュン扮する闇金経営の犀原茜が主人公のドラマです。激怒しながら借金を取り立てる彼女の迫真の演技が話題になりました。
この中で地下アイドルに入れあげた挙句、借金を繰り返して自滅する東大出身のビジネスパーソンが描かれています。まさに推しが高じて身を滅ぼした典型でしょう。
シマオ:何かにのめり込む、好きになるというのはどこかに病的な要素も入り込んでくる可能性があるということでしょうか?
佐藤さん:はい。一種の依存症的で病的なものが潜んでいる場合があります。そうなると厄介ですね。ホストだとかキャバクラの女性に入れ込んで大金をつぎ込み、身を滅ぼしてしまうのも同じ構図ですよ。そして、この裏には資本主義的な仕組みが隠れているのです。
シマオ:と、言いますと……。
佐藤さん:アイドルにしてもホストやキャバクラ嬢にしても、客にいかにお金を出させるかが喫緊かつ重要な目的でしょう。
そこには利益至上主義や拝金主義といった資本主義社会に特徴的な考え方が跋扈しています。
営業戦略にしても宣伝やマーケティングにしても、いかに購買意欲を煽り、お金を出させるかが勝負です。簡単に言えば消費者を依存症にしてしまえばいいわけです。
シマオ:自分では好きで自主的にやっていると思っているけれど、実は資本主義という構造の中で知らないうちに踊らされているだけという……。
佐藤さん:「いまの時代は推しが必要だ」みたいな、おかしな強迫観念のようなものも、結局そういう資本主義的な構図の中から生まれてきている可能性だってあると思いますよ。
シマオ:たしかに。強迫観念のようなものが広がって同調圧力になり、それが一種の流行やブームになっていく……。考えてみるとちょっと怖いですね。
ただ、好きなものがないというのもちょっと寂しいと思うんですよ。
佐藤さん:それはそうですね。自分がいいなと思うアイドルや俳優、関心があるグループなどがいることは自然なことでもあります。それで生活が彩られて楽しくなるのであれば、けっして悪いことではない。
自分の生活が崩れるほどのめり込んで推すのではなく、一定の距離感を持つということが大事なんだと思います。
シマオ:依存症のようにならなければいいということでしょうか?
佐藤さん:そういうことです。私だって推しとまでは行きませんが、好きな女優はいますよ。小芝風花さんなんて、大好きな女優の1人ですね。
シマオ:そうなんですか! けっこう若い方ですよね。
佐藤さん:ええ。彼女が出ているドラマ、たとえば『妖怪シェアハウス』なんてついつい面白くて見てしまいました。
留学したいならしっかりしたスクールに通うべき
佐藤さん:あと、素朴な疑問として、ICさんは留学を目指しているわけですよね。ならばいまのような英語で討論するようなサークルに入っていることがいいのかどうか。
ちゃんとした英語や英会話を習いたいのであれば、お金を出してそれなりのところで学ぶべきだと思います。
シマオ:英会話スクールとか留学予備校みたいなところですよね?
佐藤さん:そうです。実際に留学で役立つ英語を学ぶには、それなりの勉強をしなければなりません。
ちなみに外国語を学ぶときに一番大事なのは、リーディングです。単語や文法が頭に入っていて、文章をしっかり読めるかどうか? リスニングやライティング、スピーキングの能力が、読む力を超えて伸びることはありません。
シマオ:勉強法としては、しっかりとテキストや洋書を読んで理解できるかどうか、ということなんでしょうか。
佐藤さん:その通りです。ですから、ちゃんとした指導のもとで、読む量や語彙力を増やしていく必要があります。その点、今のサークルではむしろ余計な人間関係に煩わされて、マイナスの影響になっているとしか思えません。
シマオ:サークルで友達を作ったり、交友関係を広げたりしたのかもしれませんが……。
佐藤さん:そういう関係を求めるなら、ICさんの場合はゼミで作ればいいと思います。それでも全然遅くないし、むしろいい関係が築けるのではないでしょうか? 少なくとも、やたらと自分自身の趣味嗜好や生活に関して干渉してくる相手からは、逃れた方がいいと思います。
彼女たちは「ナイルパーチ」かもしれない
シマオ:たしかに、「推しがいないなんて人生を損している」なんて、けっこう土足でこちらに入り込んできている感じもしますね。
佐藤さん: ICさんにプレッシャーをかけてくる友人たちがどんな人かは断定できませんが、少なくともICさんは悩んでいて、こうして相談してきている。不安を与えてマウントを取ってくるような人からは「逃げる」のが一番です。
シマオ:そういう人たちと付き合っていくと、どうなっていくのでしょうか?
佐藤さん:ちょうどいい本があります。柚木麻子さんが書かれた『ナイルパーチの女子会』という本です。ドラマ化もされていて、配信で見ることができます。
シマオ:あ、聞いたことがあります! ブログで知り合った2人の女性が、だんだんおかしな関係になっていく話ですよね!
佐藤さん:はい。主人公の女性があるとき面白いブログを見つけて、その作者の女性と仲良くなるのですが、その結びつきがやがて共依存のようになっていく。互いを必要としつつ互いに優位に立ちたいということで、関係性がどんどん歪んでいく話です。
シマオ:ちょっと怖い話ですが、互いにマウントを取り合いながらも依存しているというのは、けっこう巷によくある関係性かも……?
佐藤さん: そういう関係性を突き詰めたとしても、決して幸せな関係にはなれないでしょう。ICさんのサークルも英語で討論するサークルとのことですが、相手を否定して自分が上に立つというディベートの形が、そのまま人間関係の形に反映されているような集まりなのかもしれませんね。
だとしたら、いっそそこから離れることも考える。ICさんが目指す留学に向けて、もっと良い環境を選択した方がいいと思います。
シマオ:たしかに英会話でディベートするサークルというのも、意識高い系の学生が集まっている感じがしますね。前にもお話しがあった、新自由主義的な競争意識が根底にあるという……。
佐藤さん:そういうことです。あとは香山リカさんの著作で『逃げたっていいじゃない』という本もおすすめです。
逃げると言うとなんだか卑怯で敗者のようなイメージがありますが、決してそうではない。実は「上手に逃げる」ことが現代の世知辛い競争社会では必要なんだという本です。ICさんの参考になるんじゃないでしょうか。
シマオ: ICさん、いかがだったでしょうか? 留学することが大きな目標だとしたら、いまのサークルに所属するよりももっと良い選択肢があるかもしれません。ぜひ一考してみてください!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!