印刷会社である大日本印刷(DNP)だが、実は電子部品の製造でもよく知られている。
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PCやTVといったディスプレイに、スマートフォンをはじめとしたタッチパネルなど、現代に欠かせない製品たち——。
これらを作る上で欠かせないのが、「透明」で「電気を通す(導電性がある)」素材でできた「透明導電膜」だ。
透明導電膜の材料としては、ディスプレイ用として「ITO(酸化インジウムスズ)」がよく知られている。ただ、膜状にした場合の柔軟性の低さなどが課題だとされていた。
柔らかく折り曲げられるようなフレキシブルデバイスや、3次元的に複雑な構造をした装置など、電子デバイスの用途は広がっている。そこで、より柔軟な利用ができる透明導電膜の材料として期待されているのが、直径がナノメートル(10億分の1メートル)サイズの繊維状になった「銀」でできた「銀ナノワイヤ」だ。
10月3日、印刷大手の大日本印刷(DNP)と大阪大学発ベンチャーのマイクロ波化学が、非常に高い透明性を持ち、さらに導電性も高い、直径11ナノメートルの「銀ナノワイヤ」でできた透明導電フィルムを開発したことを発表した。
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実は電子部品メーカーのDNP、将来見越して新素材開発
印刷会社として知られるDNPだが、実は利益の多くはエレクトロニクス分野で稼ぎ出している。
画像:大日本印刷 5分でわかるDNPより引用
DNPといえば大手の印刷会社としてのイメージが強いかもしれないが、実はその印刷技術などを生かしてさまざまな電子部品を開発する、“電子部品メーカー”としても知られている。
2023年3月期の決算資料(上図)を見ると、1兆3732億円という巨大な売上高の約15%、全セグメントの利益のうち約57%に上る467億円をディスプレイ用の部品や半導体製造に必要な材料を販売する「エレクトロニクス部門」が稼ぎ出しているのだ。光学フィルムやリチウムイオン電池のバッテリーパウチに至っては、世界トップシェアを誇る。
DNPオプトエレクトロニクス事業部開発本部の中川博喜本部長は、銀ナノワイヤを共同開発した背景について、
「我々は非ディスプレイの領域で新しいことをやっていく必要があると思っています。その活動の一環という位置づけです」
と、将来的な新たな事業領域を開拓する意図があると話す。
銀ナノワイヤの使途としてまず考えているが「モビリティ分野」での活用だ。
自動車開発の現場では、自動運転の実現に向けて周辺環境を認識するためのLiDARなどのセンサーを搭載した自動車の開発が進んでいる。LiDARは光(電磁波)の一種である赤外線を利用して、空間を認識するセンサーだ。ただ、寒冷地では車に搭載したセンサーが雪に覆われたり、水滴がついたりすることで、検知精度が低下してしまう問題があった。
そこに「透明なヒーター」を導入しようという流れがあるという。
赤外線に対して「透明」な導電材料をヒーターとして組み込むことで、センサーの検知精度に影響を与えずに、雪などが付着した際にヒーターとして利用しようというのだ。
「電子レンジの原理」でナノサイズの太さの“銀の針”を生成
画像:会見資料
一般的に、「透明導電膜」の材料として、今回DNPらが開発した銀ナノワイヤー以外にも、ITOやカーボンナノチューブを用いたものなどいくつかタイプがある。
ただ、DNPオプトエレクトロニクス事業部の橋本裕介さんは
「それぞれいい特徴があって使い分けされているのですが、細かく見るとITOだと膜材質が硬くて少しヒビが入りやすいなど、それぞれ一長一短です。それに対して、銀ナノワイヤはナノサイズで繊維状であることから、導電性と透明性に加えて曲げ(加工し)やすいところが、一つの強みです」
と指摘する。実際、この特徴に期待して銀ナノワイヤを開発している企業はいくつかある。
その中で今回、大日本印刷とマイクロ波化学は、マイクロ波化学の技術を生かして、従来製法と比べて細い、直径11ナノメートルという銀ナノワイヤを製造。これをDNPがインク化し、透明導電フィルムにした。
マイクロ波化学が製造した直径11ナノメートルの銀ナノワイヤ(写真右)。
画像:マイクロ波化学
銀ナノワイヤを使った透明導電フィルムの性能は、銀ナノワイヤの細さと長さに大きく影響する。マイクロ波化学の塚原保徳CSO(最高科学責任者:Chief Scientific Officer)は、
「各社、細くて長いものを目指して開発を続けています。公開されている情報で判断すると、(DNPとマイクロ波化学が)今開発しているものには競争力がある」
と自信を語った。
実際、マイクロ波化学が比較のために作成した少し太い直径17ナノメートルの銀ナノワイヤを使った透明導電フィルムと比べると、直径11ナノメートルの銀ナノワイヤを使った方が透明度が数%向上。透明フィルム化した際に白っぽく見える要因である「拡散反射率」も低下していた。なお、詳細なデータは非開示ではあるが、実際にLiDARに搭載してヒーターとして検証した事例では、検出精度も向上していたという。
塚原CSOは、マイクロ波を素材開発に生かすメリットについて
「省エネ、高効率、コンパクト。そして、今回のような新素材の開発ができることにあります」
と語る。一般的な素材の合成プロセスと比較して、二酸化炭素排出量の削減も可能となる。
マイクロ波化学は、電子レンジがマイクロ波を使ってものを温める原理を応用して、さまざまな物質にエネルギーを伝える(温める)技術を持つベンチャーだ。マイクロ波を高度に制御する技術を持ち、特定の物質を狙ってエネルギーを伝えることができる。
塚原CSOによると、マイクロ波を活用した銀ナノワイヤの製造プロセスでは、従来法と比べて反応時間が約10分の1に。さらに細さも均一かつ、コントロールも可能だという。
「電子レンジの中に針を入れるとスパークしますよね。電磁波は先端に集まりやすいんです。直径11ナノメートルの銀ナノワイヤーは細くて長いものが求められているのですが、細く長くしようとするとその過程で太ってしまうのが従来のプロセスの欠点でした。
マイクロ波を使い、(エネルギーが集まる)先端でしか成長しないように制御することができるのではないかという仮説がありました。これを実際に試したんです」(塚原CSO)
今後、DNPでは2023年12月を目処にサンプル提供を開始し、2024年12月までに量産化を進めていく方針だ。すでにDNPの光学フィルム製造ラインがある岡山県岡山市か広島県三原市のどちらかで製造していくことになるという。
なお、量産時の価格については未定。現状ではまだ十分に検討できていないとしている。