アマゾン(Amazon)のアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)。
Mike Blake/Reuters; Amazon; Alyssa Powell/Insider
過日行われたアマゾン(Amazon)の社内ミーティング——。
ECサイトの検索機能やスマートアシスタント「アレクサ(Alexa)」の音声ショッピング機能を担当するバイスプレジデント、ジョセフ・シロシュ氏は「I love AI(人工知能、大好き)」とプリントされたTシャツ姿で現れた。
プリントはただのデザインではない。
マイクロソフト(Microsoft)のAI部門最高技術責任者(CTO)、不動産仲介コンパス(Compass)のCTOを経て、2022年10月にアマゾンに移籍したシロシュ氏は今、従業員に対して重要なメッセージを発信している。
「アマゾンのeコマース体験は大きく生まれ変わろうとしています」
Insiderはシロシュ氏による社内プレゼンの録音と文字起こしを独自ルートで入手した。
その他の内部文書や関係者への取材と合わせて、消費者のオンラインショッピング体験を変える、アマゾンの抜本的改革の全貌が見えてきた。
シロシュ氏は社内ミーティングでこう語っている。
「私たちには大きな仕事が待ち受けています。(生成AIを活用したオンラインショッピングという)新しい世界へと全てのユーザーを導かねばならないのです」
アマゾンは今、自然な人間との会話に近いやり取りを通じてより詳細に、かつ徹底的にパーソナライズされた商品検索を可能にする生成AIを組み込むことで、ウェブサイトとアプリでのショッピング体験を刷新しようとしている。
「プロジェクト・ナイル(Project Nile)」の社内コードネームで呼ばれるこの計画は、アマゾンの既存の検索エンジンに生成AIレイヤーをかぶせることで、商品比較、詳細情報やレビューのリクエスト、検索コンテキスト(文脈)や商品閲覧・購入履歴に基づくレコメンドを、ユーザーに瞬時に提供するのが狙いのようだ。
この新たな検索機能は9月にリリースされる予定だったが、「延期されました」と関係者の1人は語る。
現在も社内テストが続いており、再延期の可能性を残しつつも「2024年1月にアメリカを皮切りにリリースされる見込みです」と別の関係者は語る。
Insiderが入手したアマゾンの社内文書を読むと、次のような記載を確認できる。
「プロジェクト・ナイルは、リテール(小売り)事業の顧客向けに対話型のショッピング・エージェント(購入に役立つ情報提供や推奨商品を紹介するサービス)を開発する社外秘の取り組みです」
AIを活用した対話型検索は消費者の買い物体験を向上させ、とりわけモバイル端末経由の売上増につながると期待されている。
そのため、アンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)やリテール事業部門トップ(ワールドワイド・アマゾン・ストアCEO)のダグ・ヘリントン氏ら同社の最高幹部がこのプロジェクトを後押ししており、社内でも最優先事項になっているという。
プロジェクト・ナイルの成否は、消費者にも大きな影響を及ぼす。と言うのも、多くの消費者にとって、アマゾン検索はオンラインショッピングのデフォルト的な入り口となっているからだ。
アマゾン出品(出店)者向けの管理分析ツールを開発するジャングル・スカウト(Jungle Scout)の調査によれば、全米の消費者の61%がオンラインショッピングの際、まず最初にアマゾン検索を使う現状がある【図表1】。
【図表1】全米の消費者がオンラインショッピングに際して最初に商品検索するプラットフォーム。6割超がアマゾンと回答。2022年5月の調査結果(複数選択可)。
Chart: Andy Kiersz/Insider Source: Jungle Scout
オンラインショッピングを根本から変える
アマゾンの従業員たちが初めてプロジェクト・ナイルの存在を知ったのは、過日開催された「大規模言語モデルを用いたアマゾン・ショッピングの再発明」と題するタウンホールミーティング(経営陣と従業員の対話の場)だった。
冒頭触れたように「人工知能ラブ」Tシャツ姿のシロシュ氏は、プロジェクト・ナイルを「超極秘」プロジェクトと紹介した上で、次のように語った。
「AIがオンラインショッピングを根本から変えます。大規模言語モデルの力を使って、買い物客の質問や要望を理解し、回答を提示するのです」
マイクロソフト(Microsoft)の元経営幹部で2022年秋にアマゾンに移籍したジョセフ・シロシュ氏。
Stephen Lam/Getty Images
新たに組み込まれる生成AIレイヤーは、次のような買い物体験を提供する。
検索バーに「コーヒーメーカーを買うならどんなものがいいと思う?」と入力すると、ドリップ式、ポッド式、エスプレッソ式など複数の選択肢が表示され、各種の商品紹介ページをいちいちチェックする手間が省ける。
続いて「ポッド式の中でベストな商品は?」と質問すると、好意的なレビューの数などさまざまな指標に基づいて上位の選択肢が表示される。
買い物客はその後さらに、抽出時間やカップサイズなどの仕様や特徴をもとに商品を比較したり、特定のコーヒーメーカー、例えばキューリグ(Keurig)について詳細を尋ねたりすることもできる。
また、個々の注文履歴や「ほしい物リスト」に基づいて、該当商品のカスタマーレビューの要約やパーソナライズされたおすすめ商品をAIが提案する。
リアル店舗の熟達したスタッフのように
シロシュ氏はこの新たなAI機能を、買い物客一人ひとりの好みを熟知しているリアル店舗の販売スタッフに例えた。
「eコマース以前は、店頭に立つ販売スタッフが検索エンジンの役割を果たしていました。彼ら彼女らは商品について何でも知っていたのです。
来店した客の様子を観察するだけで、何を欲しがっているかを見抜くこともできました。過去に同じような客が来店して、同じような行動をしたからです。一度接客したことがある当人が再来店した場合なら、その好みまで記憶しているかもしれません。
自然なやり取りをしながら、そういったあらゆる種類の情報を総合し、買い物客の適切なサポートをしていたのが店頭の販売スタッフたちでした。
それと同じことをアマゾンの巨大なECサイトで実現できるかどうか。それこそが私たちが達成すべき未来のミッションではないでしょうか」
シロシュ氏によれば、対話型AIレイヤーは現在のところ既存の検索バーに追加実装される。また、新たな検索機能には複数の大規模言語モデルが使われる可能性もあるという。
モバイル端末からの売上増に期待
新しい検索機能は、まずアマゾンのモバイルアプリで展開されるようだ。
モバイル検索はアマゾンのECサイトにおける全検索数の80%近くを占めるにもかかわらず、デスクトップ検索に比べてコンバージョン率(商品の購入に至る割合)が劣るというのがその理由だ。
「素晴らしい(対話検索)体験と専門性の高い回答を提供し、モバイルアプリ経由のコンバージョン率を高めることができれば、当社全体の収益に大きく貢献できる可能性があります」(シロシュ氏)
アマゾンの生成AI分野での積極的な動きは、ここまで紹介したプロジェクト・ナイルだけにとどまらない。
同社は9月20日に開催した新製品発表会では、スマートアシスタント「アレクサ(Alexa)」に生成AIを活用した「アレクサチャット(Alexa Chat)」機能を搭載すると発表。ユーザーのプロファイルを踏まえてアレクサの対応がパーソナライズされるとともに、文脈を理解することで話題を連続的に維持した会話が可能になるという。
他にも、7月14日付の記事で報じたように、クラウド部門のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)に顧客企業による生成AI技術の利用支援に特化した組織を新設。
それ以前にも、「Amazon Titan(アマゾン・タイタン)」を含む複数の基盤モデルを提供し、顧客企業による生成AIベースのアプリ構築を支援するサービス「Bedrock(ベッドロック)」を4月にリリースした。
また、直接的な生成AI導入プロジェクトとは異なるが、OpenAIの「ChatGPT」より会話が自然でクリエイティビティが高いと評価を受ける最大のライバル「Claude(クロード)」の開発元アンスロピック(Anthropic)に、最大40億ドル(約5900億円)を出資すると発表(9月25日付)したのは記憶に新しいところだ。
さらに、こうした動きに対応する人事として、ジャシーCEOはこの夏、シニアバイスプレジデント兼アレクサ担当ヘッドサイエンティストのロヒット・プラサド氏を自らの直属とし、アマゾン社内で「最も野心的な」大規模言語モデルの開発に向けて「中心的な役割を果たす新設チーム」の責任者に据えた。
アマゾンのリテール事業部門にとって、プロジェクト・ナイルは間違いなく最も重要なプロジェクトの一つだ。シロシュ氏は「プロジェクト・ナイルは『絶対的な最優先事項』であり、人員の増強を急いでいます」と自ら率いるチームに伝えている。
AIのトレーニングにChatGPTや人間を活用
プロジェクト・ナイルのコンセプトは、アマゾンが2023年初頭にまとめた内部文書「生成AI ChatGPTの影響と機会分析(Generative AI−ChatGPT Impact and Opportunity Analysis)」に盛り込まれた数多くのアイデアの一つだった。
内情に詳しい関係者によると、プロジェクト・ナイルは、膨大な商品ラインナップから得られる独自のデータに加え、ユーザーの(検索やクリックなど)サイト内での行動や、ショッピングカートへの保存・購入履歴、カスタマーレビューの情報などを学習データに利用できることから、アマゾンは競争力のあるAIモデルを開発できると考えている模様だ。
また、アマゾンは検索結果の品質を向上させるため、AIによる出力(回答)をチェックする人間のトレーナーを起用しようとしている。AIトレーナーは回答の質を評価するとともに、ChatGPTやマイクロソフトのビング(Bing)、グーグルのバード(Bard)のような競合AIの回答との比較も行う。
ある関係者によれば、「テキストでの検索だけでなく、音声による検索も可能とするため、アレクサとの連携も検討しています」という。
社内で最も懸念されているのは「検索結果の正確さです」だと、この関係者は語る。
ChatGPTをはじめ対話型AIは、「幻覚(ハルシネーション)」と呼ばれる事実に基づかない誤った情報を生成することがある。
アマゾンはコンテンツ修正ツールや人間のレビュアーを起用したり、(法的な規制が多い)ヘルスケア製品のように細心の注意を要する製品群に関する微妙な質問への回答を拒否したりすることで、この問題を軽減したいと考えている。
さらに同じ関係者は、アマゾンがサードパーティの協力を求める選択肢も視野に入れていると付け加えた。
「よりデリケートな質問に対する回答を提供するためにChatGPTの活用を検討していますし、ユーチャット(YouChat)のような他の対話型AIサービスと提携する可能性もあります」
検索エンジンの欠点とセキュリティ上の制限
前出のタウンホールミーティングで、シロシュ氏はアマゾンの検索エンジンの欠点に言及した。現行の検索エンジンは、ユーザーの過去の検索データを活用してコンテキスト(文脈すなわち検索の意図)を理解し、それを検索結果に反映させることができないという。
競争が激化している以上、アマゾンは迅速に行動する必要があるが、個人情報保護に関するセキュリティとコンプライアンスの問題がそれを難しくしている、とシロシュ氏は語る。
「(対話型AIを事業の柱とする)OpenAIと違って、残念ながら当社は(膨大な個人情報を抱えているため)データセキュリティ上の理由から行動を制限されることになるでしょう。
競合他社に比べて、(仮に個人情報関連のセキュリティ問題に抵触すると)私たちが失うものはあまりにも大きいのです」
それでもシロシュ氏は、アマゾン検索とショッピング体験を劇的に変える生成AIの役割に確信を持っている。
「生成AIはニューノーマル(新しい常識)です。(当社に限らず)ソフトウェアの世界では何もかもが根本的な変化を遂げることになるでしょう」