ミラノで開かれたエアショーでのアクロバット飛行の様子(2019年撮影)。
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筆者は以前「なぜ円安はユーロに対しても続くのか。その賞味期限はいつまでか」というコラムを書いたが、その際、日本円がユーロに対して大きく買い戻される場合のリスクとして、「ヨーロッパが本格的な金融不安に陥るケース」を挙げた。
そして、特にイタリアの動向を注視すべきだと述べたが、そのイタリアの問題がヨーロッパの金融市場を揺るがし始めている。
急騰するイタリアの長期金利が意味するもの
9月末、イタリアの財政問題への懸念がヨーロッパの金融市場を駆け巡った。
9月28日の債券相場で、イタリアの長期金利(10年国債流通利回り)が急騰し、終値で年4.92%と年初来の高水準を付けたからだ。
その結果、ヨーロッパで最も信用力が高いドイツの長期金利との差も、一時2%近くまで拡大することになったのである(図表1)。
【図表1】イタリアとドイツの長期金利。日次の終値ベースを集計。
出典:各国中銀
イタリアの金利が急騰した理由は、イタリア政府の2024年予算案の内容が投資家に嫌気されたことにある。ジョルジャ・メローニ首相が率いる右派連立政権は、2024年の予算案において、同年の財政赤字見込みを、名目GDP(国内総生産)の4.3%と、従来の見込み(同3.7%)から0.6%ポイント引き上げたのである(図表2)。
7月5日、ポーランドのワルシャワでの共同会見に立つ、イタリアのジョルジャ・メローニ首相。
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欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は、EU加盟各国に対して、コロナショックによって悪化した財政の改善を急ぐように求めている。主要国はおおむね、その要請に応じて財政赤字をEUが求める目標水準(対名目GDP比3%以内)に縮小させるように努めているが、イタリアのメローニ政権は公然と反旗を翻したわけだ。
【図表2】イタリアの財政赤字見込み
出典:欧州委員会、イタリア政府
予算の拡張は財政の悪化を意識させるため、おのずと長期金利を押し上げる。加えてイタリアの場合、イタリアの財政を支えるEU(欧州委員会)やECB(欧州中央銀行)との関係の悪化が意識されるため、予算が拡張するとなると、長期金利に対して他国よりも強い上昇圧力がかかる。そのため、9月末の金利に急騰したわけだ。
イタリアの財政が「EUのアキレス腱」という現実
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イタリアの財政問題は、EUのアキレス腱であり続けている。
イタリアの人口規模は約6000万人、経済規模でもEUで3番目となる大国だ。そのイタリアは、EUの中でもギリシャに次いで大きな公的債務を抱えている(図表3)。イタリアの財政が破たんすればヨーロッパのみならず、世界中に金融不安が波及することになる。
振り返れば、コロナショック直後の2020年2月にもイタリアの長期金利が急騰し、「イタリア発のグローバルな金融不安」が生じることへの警戒感が強まった。この時は、ECBが超法規的な措置として、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)と名付けられた資産購入策の下で、イタリア国債を重点的に購入することとし、イタリアの金利安定化に腐心した。
【図表3】EU27カ国の公的債務残高(2022年)。
出典:ユーロスタット
その後も現在に至るまで、ECBは他国よりも優先して、イタリアの国債を購入し続けている。イタリアの財政は、ECBによるサポートを受けて投資家の信認を保っている状態にあり、ゆえに、長期金利も現状の水準にとどまっている。その結果、イタリア政府の利払費(既発債に対する金利の支払い)も、まだ抑制されている(図表4)。
当然、EUとECBは、サポートの対価としてイタリアにルールに則った財政運営を要請している。にもかかわらず、メローニ政権が拡張型の予算を志向し、財政赤字を膨らませるということは、EUとECBとの間の約束を反故にするものだ。そうなれば、当然、EUとECBはイタリアに対するサポートを見直さざるを得なくなる —— と投資家は考える。
それにイタリアの財政が悪化すれば、イタリアの銀行経営も悪化する。イタリアの銀行は多くのイタリア国債を保有している。そのため、長期金利が急騰すれば、銀行が持つ国債に多額の評価損が生じることから、銀行の経営が圧迫される。財政問題が金融不安につながるリスクを持つことも、イタリアの長期金利の上昇につながっているのだ。
【図表4】イタリア政府の利払費。利払費は4四半期後方移動累積、長期金利は4四半期後方移動平均。
出典:イタリア財務省、イタリア統計局、ECB
メローニ政権による瀬戸際政策
イタリアのメローニ首相と握手と交わすヨーロッパ委員会のフォン・デア・ライエン委員長。
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ではなぜ、イタリアは財政を拡張しようとしているのだろうか。最大の理由は、メローニ政権が大衆迎合主義(ポピュリズム)に立脚していることにある。
2022年10月に成立したメローニ現政権は右派政党による連立政権だが、うち2党は大衆迎合主義に立脚した極右政党であり、本質的に財政の拡張を好んでいる。先々代のジュゼッペ・コンテ政権も大衆迎合主義に立脚した政権だったが、世界でも珍しく極右政党と極左政党が連立政権を組んだことで知られる。
コンテ政権が退陣を余儀なくされたのは、EUやECBから妥協を引き出せず、有権者の支持を失ったからだ。
メローニ政権としては、その二の轍を踏むことはできない。有権者の支持を維持するためには、EUやECBに対して強気の姿勢を示す必要がある。とはいえEUやECBに歯向かえば、イタリアの財政が維持できないことはメローニ政権も理解している。一方で、EUやECBとしても、イタリアで金融不安が発生することは、ヨーロッパ全体の金融の安定に鑑みた場合、望ましくない展開となる。
つまり、メローニ政権の立ち振る舞いは、いわゆる「瀬戸際政策」である。
イタリアが自らEUとECBとの緊張感を高めることで、EUやECBから一歩でも譲歩を引き出そうとしているわけだ。とはいえ、これはメローニ政権に特有のことではなく、大衆迎合主義に立脚したイタリアの歴代の政党が用いる常套手段でもあり、いわば「伝統芸」である。
イタリアの財政危機は、間違いなくアメリカの金融市場を混乱させる
EUやECBが超法規的にイタリアの財政をサポートし続けている最大の理由は、イタリアが本格的な財政危機に陥れば、間違いなく世界経済を混乱させる要因になるためだ。これは見方を変えると、イタリアの財政危機は、「EUとECBの危機対応策の是非が市場で評価される、格好の機会」になるということである。
2010年代に南欧諸国が財政危機に陥った際、EUとECBによる支援は常に後手に回っていた。その教訓が生かされるなら、イタリアの財政問題が深刻化した場合、EUとECBは大胆な政策対応を取るはずだ。しかし、そこでもEUとECBが対応に手間取るようなことになれば、まずヨーロッパ中に金融不安が広がることになる。
この流れを受けて、利上げが先行しているアメリカの金融市場も必ず不安定化する。そうすれば、世界の金融市場も風邪をひくことになる。
イタリア財政を巡る懸念は、こうした強い危険性を持っているからこそ、EUとECBはイタリアの対応に苦慮している。そして世界中の投資家が、イタリアの財政問題に対して常に関心を寄せているのである。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です