撮影:土屋咲花
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
RIZAPグループが手がける低価格ジム「chocoZAP(ちょこざっぷ)」は、サービス開始から1年余りで1000店舗を突破。2026年までに2000店舗を目指すとしています。これほど急激に出店を進めて大丈夫なのでしょうか。同社の瀬戸健社長に直接話を聞いたという入山先生が、その内容も交えつつchocoZAPの成長戦略を考察します。
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「いきなりステーキ」の二の舞にならない?
こんにちは、入山章栄です。
みなさん、定期的に運動していますか? ジムに入会したけれど、通うのが億劫でなかなか続かない、という悩みを持つ人も多いのではないでしょうか。
BIJ編集部・荒幡
そんな人のために、普段着でふらっと行けるようにした低価格のジムが「chocoZAP(ちょこざっぷ)」です。ご存知のようにRIZAPグループが手掛けている初心者用ジムで、すでに全国で900店近くできています(注:2023年9月24日時点で全国1000店舗を展開)。ところが、まだまだ店舗を増やすようで、目標は2026年までに2000店なのだとか。
2000店といえばコンビニの「ミニストップ」と同じくらいの店舗数だと聞いて、ちょっと心配になってしまいました。ジムにコンビニほどニーズがあるとは思えないし、急激に店舗拡大をしすぎて失敗した「いきなりステーキ」の例もあります。chocoZAPはこんなに店舗を増やし続けて大丈夫なのでしょうか?
なるほど、すごくいい質問ですね。実は、僕はライザップの創業社長の瀬戸健さんと交流があって、偶然、3~4カ月前に瀬戸さんと同社の主要幹部の方とランチをご一緒しました。そのときにchocoZAPの戦略についても直接お聞きしたんですよ。
BIJ編集部・荒幡
すごい偶然! どんなお話だったか、ぜひ教えてください。
もちろん話せない部分もありますが、差し支えない範囲で、ライザップグループがchocoZAPをどう考えているかをお話ししましょう。
まず荒幡さんの「出店ペースが速すぎないか」という指摘ですが、僕もリスクはあると思います。しかしやり方によっては大成功する可能性があるとも言えるのです。カギは、ここからchocoZAPがいかに変化できるか、です。
僕はchocoZAPの出店計画も見せてもらいましたが、確かに急角度の右肩上がりの、超攻撃的な計画でした。みなさん、もう忘れているかもしれませんが、chocoZAPの第1号店ができたのは2022年7月のこと。まだできて1年余りです。それなのに、もうこれだけ店舗があって、なおかつ会員数でも、いままで1位だった「エニタイムフィットネス」を抜いて会員数日本一を達成した。すごすぎですよね。
ちなみにいまRIZAPグループでは、日本中でchocoZAPを出店できるスペースを探しているそうです。1日で何件かと契約を結ぶこともあるとか。とてつもないハイペースですよ。
しかしそうなると問題は「人」ですよね。あまりにも出店ペースが速いので、人材育成や組織づくりが追いつかないのではないでしょうか。
そこで、僕が瀬戸さんと幹部の方に「人はどうするのですか?」と尋ねたところ、
「いや、入山先生、chocoZAPの店舗は無人なんです」
と言われました。
BIJ編集部・常盤
そうか、chocoZAPはスタッフを置かないんでしたね。
ここが最大のポイントです。普通のジムであれば、トレーナーや店舗のスタッフの質が重要だから、優秀な人材を育てないと、いくらハコだけ増やしても意味がない。ところがchocoZAPは基本的に施設が無人、すなわち常駐のスタッフがいないので、開業資金と場所さえあれば店を出せるのです。
しかし実際問題として、完全な無人というわけにもいきません。もちろん最新の監視カメラでモニターしているし、何かあったら人が駆けつけるけれど、軽く掃除をしたり、備品を補充したりするスタッフは必要です。でもchocoZAPにはそういうスタッフを置かない。
その代わりどうするかというと、面白いことに、chocoZAPの熱心なユーザーの方がボランティアで片づけをしたり、器材を軽く拭いたり、いろいろな作業を買って出てくれるのだそうです。ここがchocoZAPのユニークなところですね。
ただのジムでは終わらない
しかもこれで終わりではありません。
僕が思うに、chocoZAPの本当の狙いは、昔の「町の寄合所」のような、地域の新しいコミュニティの場所になることのはずなのです。ジムはそのための入り口。定期的に人が集まる場所になったら、そこでたとえば物販をやるとか、イベントを開くとか、可能性はいくらでもありますよね。
実はいま日本には、意外と老若男女が集まる場所がありません。行政のつくったハコモノはあるけれど、お年寄りばかりだったり、中年男性ばかりだったりと利用者が偏っていて、多様な人がリアルに集まれる場所がない。僕が観察したかぎりでは、いま老若男女がリアルで集まる場所は、日本に2種類しかありません。それがパチンコ店とサイゼリヤです。
BIJ編集部・荒幡
確かに(笑)。どちらも客層が幅広いですね。
はい、サイゼリヤはレストラン以外に新しいことはできなさそうだけれど、パチンコ店などはさらに多様な人が集まるコミュニティになりえます。実際、中には、たとえばサウナを始めたパチンコ店もあるんですね。パチンコ店はたいてい駅前の利便性のいい場所にあるので、サウナが近所の人たちの憩いの場となっている。だとすれば、chocoZAPでも同じことができるかもしれません。
しかもchocoZAPは店舗への出入りなどはスマートフォンのアプリで管理していますから、当然、すべての会員とデジタルでつながっている。となると、ゆくゆくは「杉並区の○○店ではお料理教室をやります」とか「荒川区の××店ではバザーをやります」というような情報交換もできるでしょう。
つまり、chocoZAPが成功できるかどうかは、今後、もう一段二段と業態を変容させて、地域に根付いたリアルコミュニティビジネスを伸ばせるかどうかにかかっているといえます。おそらく同社の狙いはそこでしょう。
BIJ編集部・常盤
なるほど。瀬戸社長は、最初からchocoZAPを地域コミュニティの拠点にしようと考えていたのでしょうか?
それはご本人に聞いていないので僕の推測ですが、もしかしたらchocoZAPをやっているうちに、「これってコミュニティをつくれるんじゃないか」とひらめいたのかもしれませんね。
「結果にコミットする」ほうのRIZAP(ライザップ)は会費もそれなりにするし、体づくりに真剣に取り組む人たちが対象だから、ある意味で間口が狭い。その点、chocoZAPは間口を思い切り広げています。その結果、あとから「あっ、コミュニティがつくれる」と気づいたのかもしれませんね。
BIJ編集部・常盤
やってみないと見えてこないものもありますからね。そういえば私の母は、女性専用フィットネスクラブの「カーブス」に長らく通っているのですが、目的の半分以上はお友達に会いにいくことのようです。やはりそういう場所を求めている人は多いんですね。
人間はつながりを求める生き物ですからね。「死よりも孤独を恐れる」のが人間ですから。そこをうまく狙っているビジネスとしては注目に値するのではないでしょうか。『トランスフォーマー』じゃないけれど、ここからいかに変身するかがchocoZAPのポイントですね。
BIJ編集部・常盤
すでに「セルフ脱毛」や「セルフネイル」などの機材も使えるようですし、机があってコワーキングスペースやカフェとして使える店舗もあるようです。もはやただのジムとはいえなくなってきたchocoZAP。これからが楽しみですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。