ニューヨークの旧ルーズベルト・ホテルの外に座り込む移民希望者たち。
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9月7日、ニューヨークのエリック・アダムス市長が、移民の流入について「この問題がニューヨークを破壊する」と宣言した時、背筋に冷たいものが走った。歴史的な紆余曲折はありながらも、移民が支える街として発展してきたニューヨークがついに転換を迫られるところまで来たのか、と。
アダムス市長は、2022年10月の時点ですでに非常事態宣言を出していた。それからの約1年の間に、ニューヨークには推定10万人以上の移民が到着したと言われる。流入者の受け入れセンターが置かれるミッドタウンの旧ルーズベルト・ホテルの周辺には、行くところのない移民たちが列を作り、路上で暮らしている。
止まらぬ移民流入に揺れる「移民の街」
移民希望者が急増した理由は複数ある。ニューヨークはそもそも移民フレンドリーな場所だというイメージがある。だがそれに加え、2022年、テキサス州のグレッグ・アボット知事が、経済的困難、政情不安、そして気温の上昇などを理由に中南米から北上し、国境を越える移民希望者をバスに乗せて、ニューヨークをはじめとするリベラルな都市に送るという措置をとった。もちろん、ウクライナの侵攻によって、同国やロシア周辺国家からの流入者が増えたこともある。
ニューヨークでは、1981年の裁判によって確立された「シェルターの権利」によって、市は滞在場所を求める人に寝る場所を提供しなければならないことになっている。しかし、コロナ禍に入って路上生活者が増えたことで、ただでさえシェルターは恒常的に満員状態で、路上に人が溢れている。市はホテルや運動場などに一時的なシェルターを設置するなどして対応しているが、移民の流入の速度に追いついていない現状がある。
2024年の大統領選挙をにらみ、移民の問題は、大きな争点だ。大統領候補者から州・自治体の議員候補まで、もともと移民の流入に対して反対する共和党は、急増する移民・難民希望者をめぐるバイデン政権の対応に批判的だ。
移民や難民たちの就労許可を訴える集会でスピーチをするエリック・アダムス市長。
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けれどクライシスを目の前に、移民の流入を止めるためにより厳しい移民対策を求めているのは共和党だけではない。
2020年に就任したアダムス市長は、ニューヨーク市警(NYPD)出身で、民主党だが、過去には共和党に所属していたこともあり、争点によっては保守寄りであることで知られている。
冒頭の発言は、移民支援団体やプログレッシブ層からは批判を受けたが、バイデン政権や連邦政府、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事による無策を批判し、双方からの支援を求めた市長の嘆願には、アンドリュー・クオモ前ニューヨーク州知事や、ビル・クリントン元大統領などから支持の声も上がった。
移民難民の流入は、民主党支持者たちをも分断している。リベラルな価値観を持つ民主党支持者であっても、自分の暮らす地域にシェルターができることには抵抗を示す人は少なくないし、実際、一部の地域ではすでにシェルター設立の反対集会が起きている。
2022年の中間選挙の際に、保守が強い地域で共和党候補に奪われた議席を奪還したいニューヨーク周辺の民主党関係者にとっては頭の痛い問題であることは間違いない。
気候危機で状況悪化は必至
ピザ店には求人募集の張り紙が。パンデミックを機に深刻化した労働者不足はいまだに解消していない。
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一方で、パンデミックによって起きた労働力不足の問題は各地でまだ尾を引いている。アメリカ商工会議所が9月に発表したレポートによれば、8月の求人数は880万件で、630万人の失業者の数を大きく上回っており、製造業や小売、金融セクターからサービス業まで、幅広い業界で、20%以上の人員が足りない状態だった。
移民難民の希望者が雇用市場に流入すれば万事解決と考えたいところなのだが、現状、外国籍の保有者にビザや就労の許可を出せるのは国土安全保障省の管轄下にある移民局だけで、そのプロセスには数年単位の時間がかかる。
ニューヨークのアダムス市長からの強い要請を受けて、バイデン政権は、政情・経済不安によって特に就労希望者の多いベネズエラ出身者に47万の就労許可証を発行することを決定した。だが流入者の多い州からは、州政府が労働許可証を出せる仕組みの構築を求める声も出ている。
意外なのは、こうした声が出ているのは、民主党知事からだけではないことだ。GDP成長率で全米トップ10に入るユタ州のスペンサー・コックス知事は、雇用に対して労働力が足りない他州の知事と連携して、州ベースでの労働許可発行を可能にする法改正を求めている。
これまで連邦が単独で取り扱ってきた移民難民の受け入れを、州レベルでできるようにするためには議会の承認が必要だが、労働力不足と移民法改革を同時に、かつスピーディに進めることができるのか。
大雨に見舞われた米ニューヨーク市で洪水が発生、各所で冠水や浸水の被害が出た(2023年9月29日)。
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9月29日にはニューヨークに記録的な豪雨が降り、街のところどころで洪水・浸水が起きた。この様子は大きく報道され、市のインフラの不備を露呈した。
あのような事態が起きた時、真っ先に危機に晒されるのは路上生活者である。今後、気候危機がますます加速すれば、南半球からの移民を希望するいわゆる「気候難民」は増える一方だろう。一時滞在の許可と労働許可の間のタイムラグを早急に縮めないかぎり、ニューヨークのような大都市の危機的状況が短期間のうちに緩和されるとは考えにくい。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。