Walid Berrazeg / SOPA Images/Sip via Reuters Connect
エヌビディア(Nvidia)は2023年、世界屈指の時価総額を誇る企業となった。“AIゴールドラッシュ”により同社の強力なGPUチップに対して空前の需要が喚起されたことから、Nvidiaの時価総額は一時、1兆ドル(約150兆円、1ドル=150円換算)の節目に到達した。
グーグル(Google)やメタ(Meta)といった大手テック企業や、オープンAI(OpenAI)やアンスロピック(Anthropic)など多額の資金を調達しているAIスタートアップ企業がGPUの獲得競争を繰り広げる一方で、エヌビディアは次の大きな市場のひとつとして、広告業界にも注目している。
2023年5月、エヌビディアのEMEA(ヨーロッパ、中東およびアフリカ)地域でのメディア、エンターテインメント、放送業界におけるパートナーシップ開発の責任者であったジェイミー・アランは、グローバルエージェンシーと広告のビジネス開発担当ディレクターという新設ポジションに就任した。
「テクノロジーやAI、あるいはアクセラレーテッド・コンピューティングの何かしらの形態によって、特定の業界や業界の一部が著しい成長曲線を描いていると判断した場合、私たちはその分野にリソースを割り当て、注力することにしています」(アラン)
グローバルエージェンシーと広告のビジネス開発担当ディレクターに就任したジェイミー・アラン。
Nvidia
特定の広告アカウントに取り組む場合、アランは通常、4人前後のスタッフからなるバーチャルチームを立ち上げ、エヌビディアのソフトウェアやハードウェアを使ってサービスを構築するか、パートナーが開発したテクノロジーとマッチングさせる。
例えば、マイクロソフト(Microsoft)のBing広告は、パーソナライズされた広告の配信を高速化するためにエヌビディアのソフトウェアを採用した。これにより、同サービスは一定時間内に処理できる情報量を7倍に増やすことができ、1月時点ではコストも削減できたとアランは話す。
「広告主がどこで、どのような方法でこれらの技術を利用しようと、私たちはアクセラレーテッド・コンピューティングで業界を前進させるためにサポートしたいと思っています」(アラン)
大企業から小規模企業まで
WPPの生成AI機能にはエヌビディアの技術が使われている。
Nvidia
エヌビディアにとって広告業界は、あらゆる業界の主だった企業を事実上すべて含む顧客基盤にアクセスできる市場と映っている。
例えば、広告大手のWPPは、3Dアプリケーションを構築するためにエヌビディアと協業していたが、2023年5月にそのパートナーシップを拡張し、生成AI機能を追加した。これによりWPPは、中国の自動車メーカー、デンザ(DENZA)の3Dカーコンフィギュレーターを構築し、デジタル化された環境を背景に、生成AIを用いて何千もの個別のコンテンツを生成できるようになった。
Nvidia
「私たちが行っている、3Dと生成AIを組み合わせたコンテンツは、ありふれたマシンや一般に利用可能なクラウドインフラでは実現できません」
WPPのCTO(最高技術責任者)、ステファン・プレトリウスはそのように述べ、コンフィギュレーターは自動車メーカーが需要を創造し、注文を殺到させるのにも役立つと付け加える。プレトリウスはエヌビディアのテクノロジーについて、「最先端かつ大規模なインフラであり、深く長期的なパートナーシップなしにはアクセスできない」と言う。
小規模な広告会社もまた、エヌビディアとの関係を強化している。
アドテク企業タブーラ(Taboola)のCEO、アダム・シンゴルダは、「エヌビディアとの協力関係が加速しているのは間違いない」と話す。
タブーラはエヌビディアのGPUを使って自然言語処理を高速化し、記事を分析して関連性の高いコンテンツをユーザーに提供している。最近では、エヌビディアとオープンAIの技術を使って、広告主が同社のプラットフォーム内で画像を作成できるようにした。
ほかにも、S4キャピタル(S4 Capital)のメディアモンクス(Media.Monks)は2023年9月、エヌビディアの技術を活用し、生放送からカスタムハイライトを識別・作成し、さまざまな視聴者に提供するAIソフトウェアを発表した。
メディアモンクスのAI放送ソリューションは、エヌビディア、AWS、アドビの技術を使用している。
Media.Monks
フアンCEOがカンヌライオンズに登場
専門家によると、よりパーソナライズされた、より目を引く広告を提供するというAIの特徴を活用するために、GPUサプライチェーンへの直接アクセスを強化しようとする広告代理店が増えているという。
また、広告会社の中には、GPU不足に直面した際に供給待ちの行列の最後尾にならないよう、数カ月前からGPUのキャパシティをレンタルする手段を講じているところもある。
広告会社では「コンピューティングパワーが課題として提起され始めている」と、調査会社フォレスター(Forrester)のバイスプレジデント兼主席アナリスト、ジェイ・パティソールは語る。
「世界の広告主トップ10を見ると、何百万、何十億というインプレッションがあり、それぞれがクラウド、チップ、その他を問わず、コンピューティングパワーから何らかのアセットやプロダクトを要求しています」(パティソール)
確かに現在、多くの広告代理店やアドテク企業は、アマゾン(Amazon)のAWSやオラクル(Oracle)といったクラウドサービスプロバイダーを通じてコンピューティングパワーをレンタルしているだけで、エヌビディアのようなチップメーカーと密接な関係を築こうとはしていない。現時点では、AIの市場シェアをめぐってしのぎを削るクラウドコンピューティング企業に価格面での優位性がある。
アランは、エヌビディアは広告業界の動向にさらに関与し、AIの採用について企業に助言し、サポートするつもりだと話す。例えば、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは2023年の夏、広告業界の一大イベントであるカンヌライオンズ広告祭に登壇して講演し、同社は2024年に再び戻ってくる予定だと述べた。
アランは、2024年にはより多くの広告会社が、AIや大規模言語モデルを使った試験的プロジェクトの制作から、日々のサービスにこれらのテクノロジーを組み込む流れにシフトすると予測している。
「小売業であれ自動車産業であれ、製薬会社であれ、クライアントはAIに期待しています。彼らはその能力を目の当たりにしており、その可能性を承知しているのです」(アラン)