TikTok Shopで動画がバズり、売上が急増した売り手も。だが息長く続くビジネスに育つのだろうか?
Arantza Pena Popo/Insider
2023年夏の初め、TikTokはピクルスのスウェットシャツに熱狂した。
突如として、マクルーアズ(McClure's)、B&Gコーシャーディル(B&G Kosher Dill)、グリロズ(Grillo's)、クラウセン(Claussen)といったピクルスブランドの瓶があしらわれたグレーのクルーネックを着たユーザーの動画で溢れ返ったのだ。
「ピクルスは好きじゃないけど、このシャツは好き」と、あるユーザーは動画でコメントしている。
総再生数が数千万回にのぼる投稿の多くには、視聴者がアプリの新たなEコマースマーケットプレイスであるTikTokショップ(TikTok Shop)でその服を購入できるリンクが張られていた。インフルエンサーたちは、自分の動画が購入につながった場合、販売手数料を得ることができ、これが塩漬けキュウリの服を売り込むインセンティブとなる。
人気商品にはありがちな話だが、多くの売り手がこのピクルスブームで儲けようと殺到した。
ユーザーは16ドル(約2400円、1ドル=150円換算)で、フランク・ブルーマー(Frank Bloomer)という売り手から「Picklesweatshirt Century Clothing Winter Casual Women's Loose Sweatshirt」を購入できる。ワイルドハード・デザインズ(Wild Herd Designs)では、1000枚以上の「Viral Pickle Jars」Tシャツとスウェットシャツを、TikTok上で19.99ドル(約3000円)〜の価格で販売している。
「1日に何枚も売れるので、皆さんのためにどんどん作ろうと寝食を惜しんでやっています」と、夫とともにテキサス州西部の自宅でワイルドハード・デザインズを経営するアシュリー・マルティネスは語る。
売り手にとっては祝福か、はたまた呪いか
ピクルス服の熱狂は、TikTokショップがショッピファイ(Shopify)やアマゾン(Amazon)といった競合のECと一線を画していることを物語っている。TikTokの非ショッピングコンテンツと同じくTikTokショップも、ユーザーがピクルス瓶のスウェットシャツににわかに関心を持ったり、フリーズドライのスキットルズを買い漁ったりと、バイラル動画を中心に構成されている。
これは売り手にとって、祝福にも呪いにもなり得る。
商品がタグ付けされた動画がバズれば、ショップの売り手は15分ほどの名声と収入増は得られるが、それが必ずしも持続的な収入につながるわけではない。また、アメリカではTikTokの発送期限は3日と厳格に決められており、突然注文が殺到すると売り手はこの期限を守るため大急ぎで対応しなければならない。
企業ならば3営業日の処理時間は標準的かもしれないが、TikTokショップのアーリーアダプターの多くは小規模事業主か、副業として自宅で商品を扱っている人たちだ。特に販売量が急増した場合は、厳格な発送要件を遵守する負担は重い。さらに、動画がバズって収入が急増すればワクワクするかもしれないが、この先も安定収入として当てにできるわけではない。
「(あなたの)TikTokショップが絶好調なら、それは異常なことかもしれません。あるいは、それは一時的なもので、翌週には状況が一変しているかも」
そう話すのは、ハーリング・ハンドクラフテッド(Herling Handcrafted)という屋号で帽子を販売しているマイケル・ハーリングだ。
「飛び降りるのは恐ろしい冒険です。それに馴染めるかどうかは自分でも分からないのですが、これまでのことを考えると、家に臨時収入があったのはよかったです」(ハーリング)
午前3時まで一家総出で梱包作業
TikTokでバズって突然注文が殺到すると、売り手にとっては重荷となる可能性がある。
TikTokはアメリカの売り手に対して3日以内に商品を発送するよう期限を設けており、この期限を守れないと、TikTokから注文量の制限や「違反ポイント」が科され、最悪の場合はTikTokショップから除名される。
「自分たちで注文をさばいている人にとって、3営業日での対応というのはかなり強引で負担になります。妻が仕事から帰ってきたら手伝ってくれるので助かっています。それに子どもたちも時々手伝ってくれてありがたいです」(ハーリング)
木工職人が本業のハーリングは、友人の勧めもありTikTok Shopで帽子の販売を始めた。
Michael Herling.
バッドアディクション・ブティック(Bad Addiction Boutique)を立ち上げたジェシカ・スローンの場合、同社が販売する「Pickle Jar Sweatshirt」(44ドル〔約6600円〕)を購入しようと何千人ものユーザー(これまでに4万2000人以上)が決済したところで、注文量を維持しつつTikTokの要件を満たすことはできなくなってしまった。
スローンと夫は、まず子どもたちと義理の両親に注文の梱包を手伝ってもらった。しかし、午前3時まで夜通し働くこと数日、最終的に地元の印刷・発送業者に作業を委託することにした。スローンは3日以内の発送ルールについて次のように話す。
「注文に関するTikTokのポリシーとルールは厳格なので、他の人の手を借りなければいけませんでした。我が家のように小さな家族だけでこの要件を満たすのは、文字通り物理的に不可能でした」
フィードバックはウェルカム
TikTokが迅速な発送を奨励しているのは、プラットフォーム全体で一貫した購入体験を作り出すことを目指す、他のECマーケットプレイスが設定したポリシーを反映してのことだ。
例えばエッツィ(Etsy)は、確実な注文処理や発送など、特定の基準を満たしているショップオーナーを「スターセラー」に指定している。またアマゾンでは、配送を迅速に行っている売り手なら自分の商品にプライム配送バッジをつけることができる。
だが、エッツィもアマゾンも、TikTok動画のように定期的にコンテンツがバズるプラットフォームは提供していない。
グルメマシュマロを販売するXOマシュマロ(XO Marshmallow)の共同創業者であるリンジー・シャンクスは、動画がバズって売上が急増した場合にも会社が持ちこたえられるよう、自前のショップ注文制限を設けることについてTikTokと話し合ったと語る。
「1日に1000件近い注文がありました。これ自体はすばらしいことなのですが、1日に一定量しか生産できないと、注文は滞ってしまいます」(シャンクス)
シャンクスによれば、ショッピファイでは注文が殺到した場合、ペナルティなしで処理時間を多少延ばすこともできるのだという。TikTokには現在、そのようなオプションはない。
「(TikTokは)小規模事業者にはそぐわないポリシーもいくつかありますが、こちらがフィードバックすれば、いつもざっくばらんに、とても関心を持って耳を傾けてくれます」(シャンクス)
TikTokの広報担当者によると、同社ではTikTokショップで商品を見つけて購入する顧客にポジティブな体験を提供することを目標に、注文をタイムリーに処理・配送できるようにポリシーを定めているという。
TikTokは、TikTokショップAPI、ショップアプリストア、Fulfilled by TikTokサービスなど、さまざまなツールやインテグレーションを提供して、売り手が注文や発送を管理するのを支援している。このほかにも、定期的にウェビナーやTikTokのチームとのQ&Aセッションも開催しているという。
在庫という課題
TikTokショップでバズると、次にどの商品が熱狂的に売れ始めるかを予測することが難しくなる。そして売り手は、需要に見合う十分な在庫を確保しなければならない。
Eコマースロジスティクス会社レイディアル(Radial)のCEO、ローラ・リッチーによると、ブランド大手はAIなどのツールを用いて価格や過去の売上を分析し、将来を予測することができる。だが個人の売り手は、そうしたリソースがなければ予測は難しいだろう。
TikTok側も、新規の売り手が混乱するのを避けるべく、いくつかの措置を講じている。新規の売り手には地域によって30〜60日の試用期間を設けており、1日の注文量を制限している。パフォーマンス、注文完了、期間の基準を満たした売り手は試用期間から卒業となり、そこからは売上が急増することもある。
TikTokショップやエッツィなどでジュエリーを販売している大学生のジュリア・コートは、8月に商品のネックレスを宣伝した動画がバズって注文が急増し、大変な思いをしたという。
「最初に動画がバズったときは、幸いまだ大学には入っていなくて、家にいたんです。自分で作って梱包していたから、来た注文は全部受けようとして、1日に13時間とか14時間とか、めちゃくちゃ働きました。それに、一度にこれほど注文が殺到したことなんてもちろんなかったから、最初の頃はすごく遅かったんです」(コート)
アメリカのTikTokショップ上がこれほど盛り上がっているのは、TikTokがEコマースを推進するためにあれやこれやのインセンティブを設けていることも一因かもしれない。TikTokは売り手に送料割引をはじめとする補助金を提供しているほか、アフィリエイトプログラムに参加するインフルエンサーに現金ボーナスを支払うことで、価格競争力を高めている。TikTokが利益率を改善するためにクーポンなどのプロモーションを縮小すれば、いずれ売れ行きも落ち着いていくかもかもしれない。
「TikTokショップで人生が一変」
TikTokはイギリスで2年間、TikTokショップのテストを行っており、その経過はアメリカが次に向かう先の手がかりとなるかもしれない。
Insiderが取材したある情報筋によれば、イギリスでは当初、幸先のいい滑り出しとはいい難い状況で、ようやく本格的に導入されるようになったのはここ数カ月のことだという。
Insiderの取材に応じたイギリスの売り手もアメリカでの状況と同様、問題が起きればTikTokの従業員から直接サポートを受けられたと話すが、それがいつまで続くかを疑問視する人もいた。
TikTokショップのパートナーエージェンシーであるアンソーシャブル(Unsociable)のマーケティング責任者であるベン・ミューアは次のように語る。
「これほど多くの売り手に対してこれだけハンズオンで支援しながら、向こう5年間成長する持続可能なビジネスを築くなんて不可能です」
イギリスの売り手にとって、バズを追求することはTikTokショップならではの体験のようだ。継続的な投稿は継続的なビジネスの保証にはならないと、キャンディを販売する「It's Like Candy」をTikTokショップで1年以上運営してきたヒラ・タリクは言う。
「動画を投稿するとそこからワッと注文が入ることもあれば、何の反応もないこともあります。上がったり下がったりですね」(タリク)
TikTokはイギリスで、突然の売上急増に売り手が対処しやすくする機能を導入してきた。アメリカでは発送期限は3日だが、イギリスでは発送期限は4日だ。倉庫業務と配送を提供するTikTokの物流ソリューション「Fulfilled by TikTok」を通じて注文を発送することもでき、イギリスでは一部の売り手にとって、商品が思いがけずバズった時の助けになっている。
TikTokは最近、同様のフルフィルメントサービスをアメリカで発表しており、売り手が予測不可能な注文量にうまく対処する一助になるだろう。
TikTokショップで「バッドアディクション・ブティック」を経営するジェシカ・スローン。瓶詰めピクルス柄のトレーナーが何万枚も売れたという。
Bad Addiction Boutique.
TikTokショップにはマイナス面もあるが、TikTokショップから突如として何千ドルもの売上を得ることになるアメリカの多くの売り手にとって、深夜に注文の梱包に追われることにもそれなりに価値があると言えそうだ。
前出のバッドアディクション・ブティックのスローンは言う。
「私たちも、私たちのビジネスも、人生が一変しました。TikTokショップはジェットコースターのようなもの。今はまさに最高の景色の上り坂の途上にいます。車輪が外れるまで、ジェットコースターに乗り続けるつもりです」