投資家たちは今、「孤独市場(loneliness market)」で新たなビジネスを展開するスタートアップに注目し、資金を投じ始めている。
Arantza Pena Popo/Insider
イスラエルの著名な実業家ベンジャミン・ガオン氏が腎臓がんと診断された後、息子のボアズ・ガオン氏とその家族は父のそばに何年も寄り添って暮らした。
ベニーの愛称で呼ばれるベンジャミンはその後、他のがんも併発した末、2008年に白血病の一種で亡くなった。
父親を別の一流の医師に診てもらうこともできたが、そんなことより息子のボアズ氏が必要だと感じたのは、自分と同じような立場の人たちから社会的サポートを受けられる環境のほうだった。
その経験は、ボアズ氏が自ら事業を立ち上げるきっかけになった。
患者家族のグループに参加し、共感できる人たちとつながり、セラピストなど必要な専門家を見つけるためのサポートを提供するウィズドヘルス(Wisdo Health)がそれだ。
このスタートアップを設立して間もなく、ボアズ氏は大物ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン氏と話す機会があり、彼が自分のビジョンに理解を示してくれたことで、事業の先行きに自信を持つことができた。
アンドリーセン氏は、ボアズ氏に会って数分後に、こんなことを口にしたという。
「なるほど、『孤独市場(loneliness market)』がターゲットというわけですね」
ボアズ氏は「孤独市場」という言葉を聞いたことがなかったが、それこそまさにウィズドヘルスがビジネスを展開しようとしている場所だと直感した。
市場がどこに向かおうとしているのかを見抜く眼力において当代随一の投資家の一人であるアンドリーセン氏が、「孤独」をそれだけで成立する一つの市場と捉えていることを知り、ボアズ氏は心強かった。
2023年1月、ウィズドヘルスはシリーズAラウンドで1100万ドル(約16億4000万円)の資金調達に成功した。
イスラエルの起業家マリウス・ナハト氏をリードインベスターとするこのラウンドには、米バイオテクノロジー企業23アンドミー(23andMe)の創業者アン・ウォジスキ氏も参加した(アンドリーセン・ホロウィッツは参加せず)。
ウィズドヘルスはまだ小さな会社だが、ヘルスケア、ハイテク、金融など幅広い分野にビジネスを拡張できる可能性があり、それが資金調達の成功につながった模様だ。
「孤独」が新たな投資テーマに
米保健福祉省のビベック・マーシー医務総監(公衆衛生局長官)は、5月の公衆衛生勧告書で「孤独は疫病である」と言明した。
孤独・孤立に関連するリスク(うつ病、不安神経症、認知症など)は、近年ますます顕著になっている。パンデミックによる孤立は事態をさらに悪化させた。マーシー氏の勧告で引用された最近の調査では、アメリカの成人の半数が「孤独を経験している」と回答している。
そうした背景もあり、投資家の間でも最近「孤独」が話題になっている。投資テーマとして具体化しつつあるのだ。
投資家たちは、孤独に悩む人々を助け、長期的には企業のコスト削減にまでつながるソリューションを生み出すスタートアップやサービスに資金を提供しようとしている。マーシー氏は上の勧告書で次のようにも述べている。
「アメリカでは孤独によるストレスに起因する従業員の欠勤によって、推定年間1540億ドル(約23兆円)もの企業損失が生じており、高齢者の社会的孤立は年間約67億ドル(約1兆円)のメディケア(高齢者および障害者向け公的医療保険)の過剰支出につながっている」
ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達に成功した孤独市場の主なプレーヤーとしては、冒頭で登場したウィズドヘルスの他に、パイクスヘルス(Pyx Health)やピープルフッド(Peoplehood)、ミーノ(Meeno)、ヒューマンズ・アノニマス(Humans Anonymous)などが挙げられる。
それぞれがどのような事業を展開しているかは後述したい。
VCのハイアー・グラウンド・ラボ(Higher Ground Labs)の創業者であるベッツィー・フーバー氏はInsiderの取材にこう語る。
「この分野はまだ発展途上であり、有望なスタートアップが部分的にソリューションを提供しようとしている段階です」
一方、出会い系アプリのバンブル(Bumble)やネットワーキングアプリのミートアップ(Meetup)といった企業も、孤独のまん延を食い止める役割を担っていると主張しており、どの企業を孤独市場のプレーヤーと呼ぶべきか、まだ線引きできる段階ではない。
サービスとしての「社会関係的健康」
ウィズドヘルスのボアズ氏は、孤独のまん延に対処するためのソリューションの発展は、ある意味で、過去20年の間に人間関係を大きく変化させることになったソーシャルメディアやギグエコノミーの急速な普及に呼応するものではないかと考えているようだ。
「少なくとも私の立場からすると、孤独問題を解決し、過去20年間に人間関係に起こったことを元に戻そうと努力している企業には、ソーシャルメディアを立ち上げた人たちと同じような活力とイノベーションへの意欲が感じられます」
孤独とは、家族や友人に囲まれている人たちでさえ怖じ気づくほどの、ひどく不安で消耗した状態を意味する。その孤独を解消できるサービスを提供する企業があれば、潜在価値は計り知れず、投資家にとってみれば格好の投資対象となる。
私たちは、いわば「サービスとしての社会関係的健康(医務総監のマーシー氏が、健康的な社会生活を送るために人々が育まなければならないものを表現した言葉)」の時代の始まりにいる。
最前線のスタートアップ群
2017年、ライリー・サラビア氏は双極性障害(躁うつ病)と診断され、圧倒的な孤独感を味わっていることを両親に打ち明けた。
それが彼女の両親、シンディ・ジョーダン氏とアン・ジョーダン氏の心を動かし、二人は自分たちが経営していたヘルステック企業を売却、アリゾナ州でパイクスヘルス(Pyx Health)を起業した。
シンディ・ジョーダン氏は2022年に出版したエッセー集に次のように書いている。
「結局、依存症がライリーの人生を奪ったのです。他の多くの人たちと同じように、ライリーの依存症は慢性的な孤独との闘いに深く根ざしていました」
医療保険プランを提供する民間企業は、パイクスヘルスのアプリを含むプラットフォームとアルゴリズム(診療履歴や一人暮らしなど生活関連データをマトリックス化したもの)を利用することで、孤独に陥るリスクが高い保険契約者を特定できる。
また、パイクスヘルスは孤独に対するケアを提案し、付き添いなどのサポートや医療制度を利用する際の相談にも応じている。
この夏、ヘルスケア分野に特化したプライベートエクイティ、TTキャピタルパートナーズ(TT Capital Partners)は7月中旬、パイクスヘルスの株式の過半数を取得したと発表した。
TTキャピタルパートナーズのドーン・オーウェンズ最高経営責任者(CEO)は、孤独のまん延を緩和したり解消したりするソリューションを提供する企業は、何となく役立ちそうだと思われるだけではビジネスとして成立しないと語る。
「実績とパフォーマンス、そして投資に対するリターンが証明されなければなりません」
要するに、いかに社会的意義の大きいサービスであっても、投資する側は他の(別分野の)スタートアップに適用するのと同じ基準で評価や判断を行うということだ。
グループやコミュニティの重要性
フィットネスバイクを使ったエクササイズスタジオで一世を風靡したソウルサイクル(SoulCycle)の共同創業者ジュリー・ライスとエリザベス・カトラーの両氏は、同社を高級フィットネスジムのエクイノックス(Equinox)に売却した後、孤独市場の開拓に取り組んできた。
彼女たちがニューヨークで起業したピープルフッド(Peoplehood)は、コミュニティの形成を通じて孤独を解消しようとしている。
最大20人までの参加者を対象に、対面式とオンライン式のグループ対話の場を運営。一種のグループ・セラピーで、司会進行役が参加者同士の対話を促し、人と人とのつながりを深めることを目的としている。
ピープルフッドは、法人向けのサービスも提供を始めた。従業員同士がお互いを知り、より良いコラボレーションを行い、最終的に生産性向上を実現させるというサービスだ。
ライス氏はピープルフッドの具体的な資金調達額について明言を避けたが、同社はスニーカーのオールバーズ(Allbirds)やアパレルのエバーレーン(Everlane)などに出資してきたVCのマーベロン(Maveron)から投資を受けている。
孤独がまん延する要因の一つは、自分を気遣ってくれる身近な人と遠く離れて暮らしている人々が多いことだ。
リブニアフレンズ(LiveNearFriends)の創業者フィル・レビン氏は、友人や家族がより身近で暮らせるような支援に取り組んでいる。彼は以前、車の通らない、歩行者優先の住環境を整備するコミュニティビジネス(カルデサック[Culdesac])の立ち上げをサポートしていたが、2023年に自ら今の会社を起こした。
リブニアフレンズは友人や家族と近所同士で住みたい人をサポートするアプリを提供。近所に空き家や空室が出たときに通知が送られる仕組み。最近は、当初の支援者であるレビン氏の友人や家族以外からの資金調達に動き出している。
これまでのところ、友人や家族を近くに呼び寄せたい子育て世帯や、大学時代の友人つながりを失いたくない新卒者などが、同社のアプリに高い関心を示しているという。
AIは孤独を解消できるか
孤独市場の企業の中には、人工知能(AI)をビジネスモデルに組み込んでいるところもある。
出会い系アプリのティンダー(Tinder)でCEOを務めたレナート・ナイボーグ氏が9月に設立したばかりのミーノ(Meeno)は、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)など複数の有力VCから390万ドル(約5億8500万円)のシード資金を調達した。
ナイボーグ氏は最近のブログ投稿でこう書いている。
「孤独の危機は、私がこれまで取り組んできたどんなテーマより大規模で、緊急性が高い問題です」
パリ在住の投資家、ヒューゴ・アムゼルレム氏は、対話型AI「ChatGPT」を開発したOpenAIから出資を受けたフランス企業アヴァ(Ava)に資金を拠出した。同社はデジタルアバター(分身)を開発しており、アバター同士が友人になったり、デートしたりするサービスを目指している。
「AIコンパニオンは、シングルプレーヤーモードで友人のように人間と対話するだけでなく、人と人を仲立ちしたり、人間同士の交流を促したりできると考えています」(アムゼルレム氏)
アルコール依存症者の自助グループから着想
音声だけで匿名の対話ができるコミュニティを運営しているのが、ヒューマンズ・アノニマス(Humans Anonymous)だ。
ルッキング・グラス・キャピタル(Looking Glass Capital)やゼネラル・カタリスト(General Catalyst)、バックエンド・キャピタル(Backend Capital)などから310万ドル(約4億6500万円)のプレシード資金を調達済み。
創業者兼CEOのネイト・テッパー氏は、アルコール依存症者の自助グループ「アルコホリクス・アノニマス(Alcoholics Anonymous)」の集会に参加した後、ヒューマンズ・アノニマスを立ち上げた。
彼はその集会で最もインパクトのあったセッション、すなわち自分の経験を同じ立場の人々と匿名で共有する場を、アプリ上で再現することにした。
ボイスチャットアプリでオンライン上のコミュニティにログインすると、匿名のまま人々と音声で対話できる。テッパー氏によれば、最も人気のあるコミュニティは、「孤独や不安を感じている人々のためのコミュニティです」という。
ヒューマンズ・アノニマスの会員は20万人ほどで、そのほとんどが10代から20代前半の若者たち。ユーザーの獲得には主に短尺動画アプリのティックトック(TikTok)を活用している。
ヒューマンズ・アノニマスに出資したルッキング・グラス・キャピタルCEOのアダム・ベズビニック氏は、次のように述べる。
「この投資は、孤独を含むメンタルヘルスをテーマにしたものでした。精神的な不安を抱えている人たちは、医療従事者に相談するよりも、共通の出来事やキャリア、ライフステージを経験している人たちの方が話しやすいだろうし、深いレベルで共感できるだろうと考えたのです」
孤独市場に対する投資家の関心や起業家の熱意には、懐疑的な見方もある。「テクノロジーは果たして、孤独のような複雑な問題に対するソリューションになり得るのか」という疑問だ。
フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)を内部告発したフランシス・ハウゲン氏がメディアにリークした文書によると、2018年時点の内部調査では、同社ユーザーの約36%が調査直前の1カ月間に孤独を感じたことがあると報告されている。
さらにブルームバーグは2022年、「メタの研究者たちは同社のソーシャルネットワークが孤独を和らげるどころか、悪化させている可能性があることを認めた。同社は孤独の問題に取り組みたいと考えているが、その方法が分かっていない」と報じた。
宗教団体や何らかの信仰に基づくグループ、労働組合、地域のクラブなど、長年にわたって人々を結びつけてきた(リアル)コミュニティでは、参加者が過去数十年にわたって減少し続けており、オンラインコミュニティの台頭と相まって、孤独がまん延する要因の一つとなっていることが、研究によって明らかにされている。
そうした現実が、ピープルフッドへの出資へと自分たちを駆り立てたのだと、前出のハイヤー・グラウンド・ラボのフーバー氏は言う。
「私たちの社会を孤独のまん延という混乱に陥れた原因の一つは、オンラインコミュニティが構築されてきたことです。それはいまや孤立を生む有害な存在です。
私たちはもう一度、コミュニティにイノベーションを起こさなくてはなりません。営利事業としてであっても、それは可能だと思います」
SNSは孤独の原因であり、解決策でもある
アーリーステージのスタートアップに投資するVC、インスパイアード・キャピタル(Inspired Capital)の創業者でマネージングパートナーのアレクサ・フォン・トーベル氏は、家族とその子どもたちをメンタルヘルスケアでつなぐホップスコッチ(Hopscotch)への投資をはじめ、人とのつながりや孤独・孤立問題をテーマにした一連の投資を行ってきた。
インスパイアード・キャピタルは2020年、孤独・孤立対策を投資の重点項目とする論文を発表している。
「誰かの悩み苦しみをテーマとするビジネスに投資する場合、投資先の企業のミッションに加え、収益とサクセスモデルの整合性が取れていて、なおかつそれが顧客にとってのサクセスと重なり合うものかどうかをよく見極めなければなりません。
顧客にとっての成功と会社の成功に整合性がなければ成長が望めないのは、他の分野の企業も同じ。その意味で、孤独・孤立対策をテーマとする企業への投資も、他の投資と何ら変わるところはないのです」(フォン・トーベル氏)
企業のコミュニティ構築を支援するコンサルタントで、自身で創業したコミュニティ関連ビジネスんぼスタートアップを売却した経験を持ち、なおかつ作家としても活動するデイビッド・スピンクス氏は、孤独感の解消に乗り出す企業の輝かしい将来を確信している。
本記事の取材過程で出会った専門家や起業家たちと同様、どの企業やサービスが状況を改善したり問題を解決するようになるのかはまだ分からないと前置きした上で、スピンクス氏はこう語った。
「プラスチックごみを生み出しているまさにそのペットボトル業界が、プラスチック再生の仕組みを生み出し、リサイクルボトルを販売しているのと同じ論理で、ソーシャルメディアは足元では孤独・孤立問題の源泉になっていますが、そのうち解決策も提供するようになるのかもしれません」