アリババの物流子会社「菜鳥」が9月下旬、香港証券取引所にIPOを申請した。
Reuter
中国メガITのアリババグループが9月26日、物流子会社「菜鳥網絡科技(ツァイニャオ)」を分離し、香港市場に上場すると発表した。グループは3月末に事業分割を発表し、各事業の独立とIPOに道を開いたが、市場関係者の予想より数カ月早く、第1号が実現しそうだ。アリババは生鮮スーパー、生成AIを扱うクラウド事業についても早期IPOの方針を掲げており、こちらも年内に動きが見られる可能性がある。
会社分割当初から上場期待
アリババグループは2023年3月末、グループを6事業に分割し、それぞれ独立した経営体制に移行すると発表した。具体的にはグループを持株会社に移行し、6事業グループは独立して成長を目指すとした。稼ぎ頭のECビジネス「Taobao Tmallコマース事業」以外は資金調達や将来的なIPOにも道を開いた。6事業に属さないビジネスも少なくないので、1つの持株会社+6つの事業+いずれにも属さない事業群という意味で、アリババ内ではこの組織改革を「1+6+N」と呼んでいる。
今回IPOを申請した菜鳥は、6事業の一つだ。成長スピードが速く、今後の成長に多額の投資を必要とすることから、生鮮スーパー事業「盒馬(フーマー)鮮生」と並び、事業分割時から比較的早く上場すると目されてきた。アリババも2023年5月、盒馬が半年から1年以内、菜鳥は1年から1年半以内のIPOを計画していると明らかにしていた。
当時、菜鳥の評価額は 200億ドル(約3兆円、1ドル=150円換算)と推定されていた。したがって、菜鳥のIPO申請は市場の想定内だったが、盒馬より早かったことと、「早くて年内」という大方の予想より前倒しされた点は若干のサプライズになった。
「独身の日」混乱で誕生
杭州市にある菜鳥の本社。
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菜鳥はアリババの金融子会社「アント・グループ」と同様、成長するEC事業の課題を解決するために生まれた企業だ。
アリババが2009年に始めたネットセール「独身の日(ダブルイレブン)」は、知名度を上げるにつれ注文が爆発的に増えていった。当初、配送手続きは出店する店舗側に任せられていたが、1日で大量の注文が入って配送需要が一気に発生するため、関係者がさばききれず配送の遅延や荷物の紛失など混乱が深刻化した。ライバルの京東集団(JD.com)は早くから物流に投資し、消費者にも物流網の優劣が重要な差別化ポイントとして認識されるようになった。
アリババは2013年に複数の企業と菜鳥を設立。国内の宅配大手数社と提携し、人工知能(AI)やビッグデータを活用して物流の最適化に取り組むようになった。
菜鳥は国内24時間以内、海外は72時間以内の配送を目標に掲げ、2017年に海外進出を始めた。日本市場には2020年に参入し、東京、大阪などに倉庫を設置している。
2017年から菜鳥のCEOを務める万霖(ワン・リン)氏は、テキサス大学オースティン校で博士号を取得後、米アマゾンで9年間務め、グローバル物流ディレクターという要職を経て2014年に菜鳥にジョインした。入社以来、他の部署を経験したことがなく、幹部の人事異動が頻繁なアリババではレアケースだ。
越境EC成長で国際事業に注力
アリババが香港証券取引所に提出した目論見書によると、菜鳥の売上高は2021年3月期から3年間で527億元(約1兆1000億円、1元=20.5円換算)、669億元(約1兆4000億円)、778億元(約1兆6000億円)と増加している。純損益はそれぞれ20億元(約440億円)、22億9000万元(約480億円)、28億元(約590億円)の赤字だった。
営業利益ベースでは、越境EC事業の伸びを背景に2023年3月期後半に初めて黒字に転換し、利益幅を拡大している。
中国の物流企業は、順豊速運(SFエクスプレス)、京東子会社の京東物流を筆頭に、菜鳥を含め7社が大手にカテゴライズされる。菜鳥は売上高の成長率で京東物流、順豊を下回り、粗利益率(10.47%、2023年3月期)は業界中位に位置する。菜鳥の特徴は、アリババ向けの取引が多いことと、同業他社に比べて国際事業の比率が高い点だ。売上高に占める海外事業の比率は業界トップレベルの順豊が32.85%(2022年)なのに対し、菜鳥は47.4%となっている。
菜鳥は国際事業の比率が同業他社より高い。
目論見書より
EC大国の中国は世界最大の宅配市場でもあり、中国宅配大手は規模が大きく勝手が分かる国内市場にフォーカスしている。ただ、国内市場は競争が激しい。ミドル&ローエンドではインドネシア宅配大手で、2020年に中国に進出した「J&T Express(極兎速逓)」が激しい価格競争とM&Aを仕掛け、他社からシェアを奪っている。ハイエンド宅配では京東物流、順豊が強力なライバルとして立ちはだかる。
アリババの越境ECの駆動輪となってきた菜鳥が国際事業に力を入れるのは競合他社との競争を避ける点でも当然であり、同社はこれまで200を超える国・地域に倉庫、物流センター、宅配ロッカーなどを展開している。2023年はイギリス、スペイン、オランダ、ベルギー、韓国に5営業日で配送できる体制が整った。目論見書によると菜鳥は2023年3月期、1億3300万人の海外在住消費者に15億件の越境EC荷物を配送し、10万を超えるブランド・企業にサービスを提供した。
年内に上場相次ぐか
アリババは現在、菜鳥の株式の69.54%を保有している。上場後も保有比率を過半数以上に維持し、子会社に置く方針だ。菜鳥にとってもアリババは最大の顧客で、売上高の30%が同社との取引によるものだ。ただ、上場以降はアリババに依存しない体制づくりも求められ、菜鳥はアリババ以外の企業やブランドへのサービス提供を広げている。
アリババの企業分割については、生鮮スーパー「盒馬」とクラウドや生成AIを扱うクラウドインテリジェンス事業が分離上場の有力候補となっている。この2社も年内に動きがあれば、香港市場の活性化にもつながりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。