台湾の現副総統で与党・民主進歩党(民進党)の次期総統候補、頼清徳主席。2024年1月の総統選挙までは残り3カ月ほどだ。
Jameson Wu/EyePress
「総統選挙で野党候補の一本化が実現すれば、47%が支持し、与党・民主進歩党(民進党)候補との差は15%に」
2024年1月予定の台湾総統選で、野党第一党の国民党と第三勢力の民衆党の選挙協力が実現すれば、政権交代に現実味が出るとの世論調査結果を、台湾有力紙の聯合報(9月27日付)が発表した。
民進党政権が退場して連立政権が誕生すると両岸関係が改善し、東アジアの緊張が緩和する可能性は高まり、バイデン政権が構築を進めてきた「日米台同盟」にとって危機的状況になる。
投開票まで3カ月、総統選での政権交代の可能性を探る。
民進党候補が独走中
総統選にはこれまで、民進党主席で現副総統の頼清徳氏、国民党公認の侯友宜・新北市長、台湾民衆党主席の柯文哲氏、台湾電機大手・鴻海精密工業創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏の4候補が出馬を表明している。
冒頭に紹介した聯合報の世論調査によると、4候補の支持率は民進党の賴氏が30%とトップ。以下、民衆党の柯主席21%、国民党の侯氏20%、郭氏10%と続く。
一方、世論調査の歴史が長く定評のある台湾テレビ局TVBSの調査でも、賴氏が34%とトップ、続いて柯氏22%、侯氏21%、郭氏9%の順で、聯合報の調査結果と大きな差はない。
これを見る限り、頼氏の独走は固いようにみえる。
国民・民衆党一本化なら政権交代も
しかし、聯合報の調査では、国民・民衆両党が候補者の一本化に成功し、現状4位の郭氏が立候補を取り下げた場合を想定した質問で、統一候補の支持率は47%となり、頼氏の32%に15%もの差をつけて上回るとの結果が出た。
一方のTVBS調査は、総統候補に国民党の侯氏、副総統候補に民衆党の柯氏、郭氏は出馬辞退という想定で質問。
結果として、50%がこの侯氏と柯氏の組み合わせを支持し、民進党の賴氏が台北駐米経済文化代表処(駐米大使に相当)の蕭美琴氏を副総統候補に選ぶケース(組み合わせ)の支持率40%を、10ポイント上回った。
いずれの調査も、野党が候補を一本化し郭氏が立候補を取り下げることで、台湾初の連立政権が誕生し、民進党政権が下野する可能性が出てくることを示した。
注意しなければならないのは、聯合報、TVBSともあくまで「野党候補一本化」という仮定の質問であること。特に(野党第一党の)国民党系紙「聯合報」による調査結果は、政権交代への期待を込めた政治的意図を差し引いて考える必要がある。
野党協力が実現しなければ民進党・頼氏の勝利が確実視され、台湾総統選史上初めて同一政党が3期(1期は4年)連続で政権を担うことになる。
「第三勢力」民衆党の存在感高まる
第三勢力の民衆党は、台北市長を2期務めた柯氏が2019年に創設。支持層は民進・国民の二大政党に飽き足りないZ世代やミレニアルなど青年層が多く、総統選の帰趨(きすう)のカギを握る存在だ。
今回も、TVBSが6月18日に発表した世論調査で、柯氏の支持率は33%となり、民進党の頼氏、国民党の侯氏を抑えてトップに立ち、「第三勢力躍進」を印象付けた。
その後、選挙半年前に当たる8月以降の世論調査では、頼氏に続く二番手に下落したものの、侯氏に対しては常にリードを保っている。
ただし、民衆党が総統選後も台湾政界で影響力を維持するには、国民党との選挙協力という「プランB(次善の策)」を探らざるを得ない。しかし、候補一本化の協議はこれまでのところ表面化していない。
では、柯氏当人は候補一本化をどうみているのか。
柯氏はアメリカ滞在中の10月3日、台湾の報道陣に対し「国民党はこの間ずっと我々との選挙協力を言いつつも、(どちらを総統候補者にするかなど)具体策を示さなかった」と不満を表明した。
正副候補者を決める「公開・公平な方法」として、柯氏は世論調査による決定を主張する。世論調査で支持率が高い候補者が総統候補になるという提案だ。各種世論調査で国民党の侯氏をリードしている自信をうかがわせる。
候補一本化は本当にある?
一方、最大野党の国民党はどうか。
侯氏は10月7日、国民・民衆の双方がまず「政治理念で一致できるかを話し合い、その上で一本化の方法を協議したい」と述べ、対面の会談をすぐに開始すべきとの考えを初めて語った。
また、前節で紹介した世論調査(における支持率の高さ)による正副総統候補の決定については、「重要な参考(意見)だが、唯一の方法にすべきではない」と慎重な姿勢を見せた。
実際に協力実現となれば、「世界最古参の近代政党」を自認する国民党の侯氏が総統候補になり、柯氏は副総統候補になる可能性がある。同時に、政権交代後の連立政権では、柯氏が行政院長(首相に相当)などの要職に就き、影響力を維持する選択肢も出てくる。
過去の政権交代に見る「振り子現象」
住民の直接投票で台湾総統が選ばれるようになったのは、1996年の選挙からだ。総統の任期は4年、最大2期8年まで。これまで(1996年以降)の選挙結果は以下のようになっている。
1996年:李登輝(国民)
2000年:陳水扁(民進)
2004年:陳水扁(民進)
2008年:馬英九(国民)
2012年:馬英九(国民)
2016年:蔡英文(民進)
2020年:蔡英文(民進)
2000年以降、国民党と民進党が2期8年ずつ政権を担ってきたのが一目瞭然だ。台湾ではこれを「鐘擺效應(振り子現象)」と呼ぶ。これを、二大政党による政権交代を通じて政治のバランスを維持しようとする、台湾有権者の「巧みな選択」の結果だと指摘する向きもある。
振り子現象がまだ生きているとすれば、次回は国民党政権になるはずだ。しかし、国民党は長期低落傾向に歯止めがかからず、有力なリーダーにも欠く。候補を一本化して選挙協力する以外に勝利のシナリオはない。
なお、野党時代の国民党には候補者を一本化した前例がある。
2004年の総統選で、国民党の連戦・元副総統と第二野党の親民党の宋楚瑜主席による「連宋コンビ」がそれだ。
この選挙では投票日前日、民進党の陳水扁候補が台南市内を街宣車で遊説中に銃弾を受け負傷。連宋コンビ有利とみられていた選挙は一転し、僅差(得票率で50.1%対49.9%)で陳候補が辛勝し、政権交代は実現しなかった。
有権者の不満の高まり
今回の選挙では、民進党政権への有権者の視線は厳しく、頼氏の人気も決して万全ではない。
民進党系の台湾民意基金会が9月25日に発表した調査では、蔡政権の重要政策に対し48.2%が「反対」と答え、「賛成」の38.4%を上回った。民進党支持者ですら政権に強い不満を抱いていることが分かる。
理由はさまざまだが、最近では、鳥インフルエンザ発生の影響で供給不足の鶏卵をブラジルから輸入した際、賞味期限切れの表示が偽装されていたことが発覚。農業部長(農水相に相当)が辞任する騒ぎに発展しており、それも政権への不信の理由の一つになっている。
さらに、総統選と同時に実施される立法委員(国会議員)の民進党候補者のセクハラ疑惑が表面化し、立候補予定者が出馬を断念したケースもあった。
副総統であり総裁候補者でもある頼氏の対応に対し、調査では民進党支持者の3割強が「不満」と答えており、野党にとっては政権交代の絶好のチャンスだ。
総統選は11月下旬に立候補登録が締め切られる。野党は候補一本化の協議をそれまでにまとめる必要がある。
その見通しについて、台湾のあるジャーナリストは「郭氏の出馬表明によって危機感を抱いた侯陣営と柯陣営の間で、一本化への勢いが増した」とし、国民党の侯氏の支持率が民衆党の柯氏を上回れば、コンビ実現の可能性が高まるとみる。
民衆党について、別のベテランジャーナリストは「組織としての体をなしていない。みんな勝手に解釈してそれぞれ好き勝手なことを言っている。まともに話ができるのはわずか」と厳しい。
それでも、両党の候補一本化が実現すれば、郭氏は出馬を取り消すとの見方では二人とも一致する。そして、一本化した場合でも、実際の選挙戦では「接戦になる」とベテランジャーナリストは予測する。
見直し迫られる日本の安全保障政策
選挙の争点は、最悪状態に陥っている中国との関係改善にある。
国民党の侯氏は「台湾独立と一国二制度に反対」を強調し、中国と台湾有権者の双方に配慮する。「両岸は親しい家族」をスローガンとする民衆党の柯氏との間に、大きな矛盾はない。
中国側も、習近平国家主席が2023年の新年のあいさつで、「両岸は親しい家族。両岸同胞は幸福のためにともに歩もう」と、政権交代を視野に「和平攻勢」に出ており、平和統一の「青写真」も提起した(詳しい経緯は下にリンクを貼った過去記事をご覧いただきたい)。
政権交代となれば、国民党と民衆党の連立政権下で両岸関係が改善に向かい、東アジアの緊張は大幅に緩和する可能性がある。
そうなれば、「台湾有事」を煽り、日米の軍事一体化と南西諸島のミサイル要塞化を進めてきた安倍政権以来の日本の安保政策は、見直しを迫られるだろう。
いったん振り上げた拳(こぶし)を下ろすのは簡単ではない。対中敵視政策によって傷ついた日中関係の根本的立て直しに向け首脳相互訪問の道を探るのが、日本にとっては遠回りに見えても着実な道だ。