Christoph Soeder/dpa via Reuters Connect
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
アメリカの主要500社のCEO報酬の中央値は21億円。年々上昇傾向にあるCEO報酬をめぐっては「もらいすぎ」との批判もよく出ますが、入山先生は「アメリカは高すぎる。日本は逆に安すぎる」と指摘します。このギャップは、現金支給か自社株支給かの違いに加え、日米での経営者の選定基準の違いにもあるようです。
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アメリカは高すぎる、日本は逆に安すぎる
こんにちは、入山章栄です。
みなさんは、自分の勤めている会社の社長の年収がいくらか、知っていますか?
一般の社員からすればうらやましい金額だと思いますが、アメリカの企業のトップはもっと桁違いの報酬を手にしているのです。
BIJ編集部・常盤
日本経済新聞の報道によると、2022年のアメリカの主要500社のCEOの報酬は、中央値がなんと21億円なのだそうです。大企業のマネジメントは激務でしょうし、もらう権利があるのもわかりますが、「これはさすがにもらいすぎでは」と思ってしまいました。そんなに余裕があるなら、従業員の給与をもう少し上げたらどうだろう、と。
人々が納得する金額というのは、一体どのくらいが落ち着きどころなのでしょう。入山先生はいくらくらいが適正だと思いますか?
実は経営学の世界でも、CEOの報酬というのは重要な研究テーマです。僕は経営学ですが、報酬の研究の専門ではないのでそこまで詳しくないけれど、特にアメリカではこのテーマで研究している人が少なくありません。
一方で、僕自身、いまいろいろな会社の取締役を務めていて、取締役や執行役の報酬を決める指名報酬委員会のメンバーでもあります。簡単にいえば、CEOの給料を決める立場でもあるわけです。
というわけで、研究者と実務家の両方の立場からいうと、「アメリカは高すぎる。日本は逆に安すぎる」というのが結論です。
アメリカのCEOの報酬は現金ではなく「自社株」
もう一つ、この問題を考えるうえでのポイントがあります。それはアメリカのトップの報酬は、かなりの部分が現金ではなく自社株で支給されるということです。だから株価が下がれば報酬も一気に下がってしまう。
今回の調査では、1位がグーグル(Google)の親会社「アルファベット(Alphabet)」のCEOであるサンダー・ピチャイの2億2600万ドル(約340億円、1ドル=150円換算)でした。彼はそれだけ株価を上げているので、当然、報酬も増えるということです。
一方、日本の社長の報酬は、いまだにほとんど現金です。まず、そこが最大の違いですね。
指名報酬委員会ではどうやって社長の給料を決めているかというと、通常はまず業界比較をします。世界中の社長の給料を調べているマーサージャパンやデロイトトーマツなどのコンサルティングファームから、そういうデータを買うケースが多い。そして「相場はこれくらいだね」と理解したあと、「じゃあ、これくらいが妥当かな」と検討して決める。日本だとまだ指名報酬委員会が機能していない会社も多いですが、きちんとプロセスを踏むとそのようにやるはずです。
世界的に見ると、日本の社長の給料はものすごく低い。株でなく現金で支給するのも低い理由の一つですが、数字だけで比べると大きな差になります。だから日本の会社のアメリカ人役員などの報酬を決めるとき、とても面倒くさいことになる。
BIJ編集部・常盤
そうか、水準が全然違いますものね。
そう、例えば日本の水準なら大企業の社長や役員でも3000万〜5000万円くらいなのに、アメリカでは2億5000万円くらいですよね、みたいなことが普通に起こるわけです。それなのに日本の水準で決めてしまうと、アメリカ人からすれば、「どうして相場の5分の1なんだ!」となります。
ですから、外国人の役員がいる会社では、「日本人社長より外国人役員のほうが報酬が高い」というような逆転現象がかなり起きています。
過去の業績へのご褒美か、未来に対するコミットメントか
このように日本の社長とアメリカの社長の報酬の差は非常に大きい。僕はここにもう一つの大きな背景を見ます。
それは、日本人の社長がアメリカの社長と同じくらい厳しい環境で仕事をしているかというと、必ずしもそうとは限らないことです。アメリカの経営者の方が任期中でもクビになるリスクは高く、それが報酬を上げている背景の一つです。逆に言えば、日本の経営者の環境はぬるい。
アメリカでもどこでも、代表取締役社長の仕事は基本的に1年単位です。ただ、それがより顕著なのがアメリカでしょう。結果を出さなければ年に1度の株主総会で株主から選ばれないので、即クビになる。そのリスクがあるから、高い給料をもらえるのです。これを「リスクプレミアム」といいます。
ピチャイだって、いまは300億円もらっているかもしれないけれど、グーグルが来年あたり、AI競争で劣勢に立たされて業績がガクンと落ちたら、クビになりかねないわけです。
でも日本ではあまり社長がクビにならない。だからリスクプレミアムは相当低い。となると、やっぱりせいぜい数千万円が妥当なところになるでしょう。
ただし、いまは日本もアメリカのようになりつつある移行期です。日本でもアメリカのような経営スタイルの会社が出てきていて、一番わかりやすいのがソニーグループです。ソニー前CEOの平井一夫さんは、2018年に27億円もらっています。でもその少なくない部分が株ですし、あれだけソニーを変革した平井さんの功績を考えたら、27億円も不当に高いとはいえないでしょう。
ソニーは亡くなられた出井伸之さんがトップだったころから、いわゆる古い日本の会社の体質から脱して、世界に通用するガバナンスで経営者選定などをやっていこうと経営改革をしたわけですね。それでEVA経営(Economic Value Added:経済的付加価値を指標とする経営)や、執行役員制度などを改革した。
それには賛否あったけれど、やはりそれがいま花開いて、グローバルスタイルの経営体が実現したわけです。だからあれだけの改革をした平井さんが27億円の報酬をもらうのは僕は当然だと思います。
ただし、多くの会社はソニーのように振り切れていないので、いろいろなトラブルやコンフリクトが起きまくっているのが実情ですね。
BIJ編集部・常盤
お話をうかがっていると、会社のトップの報酬には「もの言う株主」の存在が大きく影響するんだなと感じました。つまり、日本では「これくらいの業績を上げなければ1年でクビだぞ」となりにくいのは、そこで株主から強い声が上がらないからですよね。
おっしゃる通りです。僕は日本の経営者とかリーダーの選定には、相当課題があると思っています。伝統的な日本の社長や経営者の報酬の選定基準は、「過去の業績へのご褒美」です。でも本来あるべき基準は、未来に対するコミットメントですよ。「この人なら、将来これだけのことをやれると思うから、これだけの給料を払う」という話でしょう。大谷翔平選手の年俸も、過去のご褒美ではなく、「今シーズンこれだけ打てますよね」という期待を反映しているものでしょう。
でも日本は長いあいだ終身雇用で、しかも雇用の流動化がなかったし、現場が優秀だったから、はっきり言って「誰が社長をやってもいい時代」が長かった。そういう時代なら、社長職はご褒美でもよかった。
でもこれからは日本のビジネスをもっと魅力的にするためにも、トップの選定や報酬の決め方をグローバルの基準に合わせるべきだと思いますね。
BIJ編集部・常盤
日本のトップの報酬は現金が多いということでしたが、これも株式に切り替わっていきそうですか?
絶対にそうなります。いま政府は「人的資本改革」を進めていますが、次は間違いなく「報酬改革」ですよ。具体的には、もっと株を持たせようという政策です。
BIJ編集部・常盤
自分の報酬が株式に連動していれば、それだけ企業の価値を上げようとがんばりますものね。
そうですね。ただし株を持つことの悪い面もあって、たとえば株価のことしか考えなくなるとあまりよくない。株価はただの結果なので、経営の本質そのものではありません。とはいえ株式会社である以上、株主に報いるのはいちばん大きな貢献の一つですから。
BIJ編集部・常盤
そういう目で見ていくと、日本のトップの報酬も、今後はいろいろ変化がありそうですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。