リーガルオンテクノロジーズは法解釈をめぐり約1年におよぶロビイングを実施した。写真は同社でロビイングを担当した春日氏。
横山耕太郎撮影(左)/今村拓馬撮影(右)
政府や行政にルールの変更などを働きかけるロビイング(ロビー活動)。
従来の法律や規制の枠を超えてビジネスを展開するスタートアップにとっては、ロビイングの成否は企業の存続にも関わることもある。
最近では2023年7月、電動キックボードのスタートアップらが政府に対してロビイングを展開した。ロビイングも一因となり、運転免許がなくても電動キックボードが運転できるように道路交通法が改正され、一気に利用者の幅を広げることになった。
AIを活用した契約書チェックサービス「LegalForce(リーガルフォース)」を手掛けるLegalOn Technologies(リーガルオンテクノロジーズ、2022年12月に社名変更)も、2022年6月から1年以上にわたり、「サービスが法律に違反するのかどうか」をめぐりロビイングを続けてきた。
ロビイングによる“知られざる攻防”はどう展開されたのか? リーガルオンテクノロジーズと、同社のロビイングを支援したコンサル企業を取材した。
法務省が示した「違法の可能性」
「グレーゾーン解消制度」には様々な案件申請が行われている。
撮影:横山耕太郎
「リーガルフォース」は2019年にリリースされた。AIを活用することで、契約書に潜む一般的なリスクを洗い出したり、内容の修正をサポートしたりすることで業務の効率化を図れるこのサービスは、2023年8月現在、3000社が導入している。
リーガルテックを牽引するベンチャーだが、急成長するサービスに待ったをかけたのが、経済産業省の「グレーゾーン解消制度」だった。
この制度は現状の規制の解釈や適用の有無を確認し、スタートアップなど新規参入を促すことを目的とした制度だが、2022年5月、この制度を使って「AIによる契約書等審査サービス」について、弁護士法72条(※条文全文は以下)に反するかどうかの照会があった。
照会の内容は「AIを活用し、契約書の記載内容について法的観点から有利・不利などの審査結果をアプリ上で表示する新規事業」に関するもので、リーガルフォースと類似するサービスについてだった。
弁護士法72条では、弁護士のみに与えられた行為を弁護士以外がおこなう、いわゆる「非弁行為」を禁止しているが、法務省はこの照会について「本件サービスは、弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる」と回答した。
この回答について複数のメディアが、既存のリーガルテックサービスにも違法の可能性があると報道。リーガルフォースの利用企業や新規の営業先企業からも「サービスを使って大丈夫なのか?」と懸念する問い合わせが相次ぐ事態に発展した。
リーガルオンテクノロジーズの全社員が参加する毎週の定例会の場で同社の角田望CEOは、「我々の提供しているサービスは適法に設計している。ただ会社にとっては大きな試練のときだ」と社員に説明するなど、緊張が走ったという。
※弁護士法72条……「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない」(e-GOV法令検索より)
業界団体を結成、関係者とパイプ作り
リーガルフォースが適法であること──。リーガルオンテクノロジーズにとって、それを世に示していくことは企業の存続をも左右する重大事案になった。
彼らがまず着手したのが、業界全体で声を挙げられる体制を作ることだった。AIを使ったサービスを展開するリセ、GVA TECH、MNTSQらと、2022年10月に業界団体「一般社団法人AI・契約レビューテクノロジー協会(ACORTA)」を結成。リーガルオンテクノロジーズは議論をまとめる事務局役を買って出た。
横のつながりをつくるのと同時に進めたのが、霞が関や永田町を含む関係者らとのパイプ作りだった。
制度面や法律面で関係する経産省と法務省、スタートアップの規制改革に関わる内閣府、法務やテクノロジーに関心のある国会議員、関連する業界団体……。関係者に接触することで、サービスが合法であるとお墨付きを得る方法を探っていった。
これらのロビイングを支援したのが、政策提言などの支援を手掛けるコンサル企業・マカイラだ。マカイラは2014年創業で、電動キックボードに関するロビイングも支援した実績があり、ロビイングの世界では知られた企業だ。
リーガルオンテクノロジーズのロビイングを担当したマカイラ執行役員の城譲氏。
撮影:横山耕太郎
リーガルオンテクノロジーズのロビングを担当したマカイラ執行役員の城譲(たち・ゆずる)氏は現在の国土交通省出身で、楽天やメルカリでの勤務経験を持つ。
城氏は「まずは国や識者、業界団体、政治家を含めたステークホルダーマップを作り、どういうスタンスなのかを整理することから始めた」と振り返る。
「加えて、制度を変えるにはいつまでにどうするかというスケジュールに沿って行動することが必要になる。例えば法律を変えるなら、年に1回の通常国会しかない。今の時期に何をすべきかを組み立てながらロビイングを進めていった」(城氏)
「政権の路線にあった働きかけ」が奏功
ロビイングでは「政権の重要政策に紐付けられるかどうかも重要になる」という。
Yoshikazu Tsuno/Pool via REUTERS
好機が訪れたのは、「法務省回答」から5カ月後の2022年11月のことだった。
内閣府の規制改革推進会議のスタートアップに関するワーキンググループで、AIによる契約書チェックの問題が取り上げられることになったのだ。
ワーキンググループには、弁護士などが務める専門委員や、法務省大臣官房司法法制部長および参事官、オブザーバーとして日本弁護士連合会・事務次長などが集まり業界団体・ACORTAへのヒアリングなどが実施された。
出席した委員からは、法務省に対してグレーゾーンの照会への回答に対する質問も行われ、どのようなAI利用であれば法律違反にならないのかを具体例に示すため、法務省に対してガイドラインの策定を求める意見が出された。
ワーキンググループの開催から半年後の2023年6月、規制改革推進会議の答申では、2023年上期措置として法務省がガイドラインの策定を行うべきとされ、大きく前進した。
城氏は「ロビイングでは政権の路線に合わせた働きかけも重要。規制改革推進会議の俎上(そじょう)に乗ったことで議論が進んだ」と指摘する。
「リーガルフォースは企業の法務業務の法務部門の働き方改革にも資するサービスで、DX推進にもつながる。
加えて政府は海外の動向も考慮するので、リーガルテック先進国の市場規模の訴求も効果があった。政府の政策のストーリーにうまく議論を乗せられた」(城氏)
「専門家じゃないと分からない表現」では届かない
「国がガイドラインを出す以上、明確にサービスが『シロ』であることがわかる形にしてほしかった。解釈の余地があるものだと、また利用者の不安に繋がってしまうので」
リーガルオンテクノロジーズで企業法務グループの責任者を務める春日舞氏はそう話す。
春日氏は「グレーな部分が残ったままだと、サービス提供側は萎縮してしまう」と話す。
撮影:横山耕太郎
春日氏は東京大学法科大学院修了後、2010年に弁護士登録。五大法律事務所の1つ、TMI総合法律事務所で企業法務 に長年従事してきたが、2023年1月にリーガルオンテクノロジーズに転職した。
「ロビイングを担当するとは全く予想していなかった」という春日氏だが、ロビイングの責任者を任され、ACORTAの事務局長に就任。会員企業と連絡を取り合う傍ら、法務省の担当者などとのコミュニケーションを続けた。
「政府へのアプローチは完全に初めての経験だったので、どうコミュニケーションをとったらいいのか考えました。地味ではありますが、定期的に法務省や内閣府の担当者に電話をかけたり、業界団体として情報発信したり。
ガイドラインに必要だと思う内容について、私達の考え方を伝えてきました」(春日氏)
春日氏が重視したのが、ガイドラインが「専門家じゃないと分からない表現ではダメだ」ということだ。
「法律の世界では当たり前のことでも、初めて法律を読む人にとっては知らないことが多い。でもガイドラインは一般の人も読むもの。わかりやすい表現にしてほしいと伝え続けました」(春日氏)
ガイドライン「一番いい形で着地できた」
約1年間のロビイングを経て、2023年8月にガイドラインが発表された。
撮影:横山耕太郎
そして、ついに2023年8月、ガイドラインが発表された。
法務省大臣官房司法法制部が公表した「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」と題する計6ページのガイドラインには、どのようなサービスであれば弁護士法72条違反になるのか、そしてどのようなサービスであれば違反にならないのか、法律とリーガルテックサービスの関係が具体的に示されていた。
「ガイドラインを見たとき『ここまで踏み込んでくれたのか』と正直、感動しました。事業者にとっては一番いい形で着地できた」と春日氏は振り返る。
リーガルオンテクノロジーズでは、同ガイドラインの公表を受けて、早速、月額9900円(税込)で使える中小企業者向けの AI契約書チェックツール・LFチェッカーをリリースした。また米国ではすでに、さらに踏み込んだ形でAIを使うサービスも展開しているという。
「どこまでがグレーなのかが曖昧だと、サービスを提供する側にすると『本当はここまでやりたいけど批判されるかもしれない』と保守的にならざるを得ず萎縮してしまう。
法律的に正しいと、しっかり提示することは、サービスの範囲を広げる意味でも価値があった」(春日氏)
汚職事件も……令和時代のロビイングとは
マカイラによると、ロビイングに関するスタートアップからの依頼は急増しているという。
「ロビイングのコンサルを手掛ける競合企業についても、2016年の創業時は片手で数える程度だったのが、肌感覚では2倍以上に増えている」(城氏)
一方で、民間企業から国への働きかけに関しては汚職事件も少なくない。
2023年9月には、政府の洋上風力発電事業を巡って、国会での質問の依頼を受けて便宜を図った見返りに、日本風力開発から賄賂を受け取ったとして、秋本真利衆院議員が受託収賄罪で逮捕・起訴されたことも記憶に新しい。
ただ城氏は「閉じられた形で政治家への陳情をするのではなく、問題を広く知ってもらうことで、公正性・透明性を保ちながら総合的に判断することが、今の時代のロビイングだ」と話す。
「テクノロジーの急激な進化で、政治や行政では判断がつかないこともどんどん増えている一方、海外と比べて日本の規制が強い場合には、国内のスタートアップの成長を阻害することもある。
ロビイングを通して、広く日本の課題について話し合う環境を作っていきたい」(城氏)