Adobe MAX 2023では、アドビの定番ソフト「Illustrator」の関連セッションが注目集めた。
撮影:小林優多郎
アドビは10月10日から12日(現地時間)までアメリカ・ラスベガスでクリエイター向け年次イベント「Adobe MAX」を開催している。
初日は基調講演が実施され、独自の生成AI「Adobe Firefly」を中心とした各種クリエイティブツールの新機能や開発方針がお披露目された。
その中でも注目を集めたのは既報の通り「Illustrator」(イラストレーター)だ。最大のニュースは、ベータ版ながらIllustratorにFireflyのベクター画像※生成機能が搭載されたことだ。
※ベクター画像……拡大縮小しても画像が劣化しない形式の画像のこと。逆に、ドットで構成され拡大縮小すると劣化が発生する画像を「ラスター画像」と呼ぶ。
デスクトップ版、iPad版に続く第3のバージョンとなるWeb版。
撮影:小林優多郎
この機能により、先行するPhotoshop(フォトショップ)とIllustratorという、アドビの看板ツールの2つにテキストから画像を生成する機能が実装されたことになる(Photoshopは9月にベータを抜けて正式版に昇格済み)。
その裏で比較的静かに公開されていたのが「Illustrator on the web (beta)」ことIllustrator Web版だ。その詳細についてMAX 2023現地で触ってきた印象と詳細をレポートする。
iPadに近い見た目だが基本機能は使える
Illustrator Web版は現在、誰でもAdobe IDとCreative Cloudのサブスクリプション契約さえあればアクセスできる「オープンベータ版」になっている。
今は英語のみの対応になっており、日本ユーザーにはあまり積極的に公表されていない。ただ、オープンベータ用のサイトには日本ユーザーでもアクセスできる。
ぱっと見た感じは、4年前のMAX 2019に発表されたIllustrator iPad版に近い。
オブジェクトをクリックすると、その直下によく使われる機能が集約された「コンテキストタスクバー」が表示される点や、画面左にツール群、右にレイヤーなどの情報表示がまとめられている点もそっくりだ。
Illustrator Web版はChromeもしくはEdgeの最新バージョンで動作する。会場デモの担当者は「Safariにも対応したいが…」と現在はChromium系ブラウザーに絞っている旨を語っていた。
撮影:小林優多郎
アドビの公開するFAQによると、Illustrator Web版は最小構成でメモリー4GB、2GHz以上のプロセッサー、4GB以上の空きストレージを持つ2015年以降に登場したWindowsおよびmacOS上で動作するGoogle ChromeもしくはMicrosoft Edgeで動作するという。
MAX会場では主にiMacやMacBook Proなど、比較的スペックの高いPCのブラウザーで動作していた。そのおかげもあってか、プレビュー用に用意されたファイルはどれも快適に動作していた。
シェイプの作成など、Illustratorのお馴染みのツールが左側にまとまっている。
撮影:小林優多郎
右側にはレイヤーなどの情報表示系がまとまっている。
撮影:小林優多郎
iPad版と同様、デスクトップ版と比べると一部の機能は実装されていないようだが、ペンツールや選択ツール、テキストの挿入などといった基本的な機能はかなり快適に動くようになっていた。
パスファインダや整列ツールなどもあるため、Illustratorに一定の心得があるユーザーであれば、簡単なイラストは十分に作れるのではないかと思う。
狙いは「入門ユーザー」、イラレの難関技能をスキップ
Illustratorの担当をするデザイン担当バイスプレジデントのEric Snowden(エリック・スノーデン)氏。
撮影:小林優多郎
ただ、Illustrator Web版の真の狙いは、すでにIllustratorの心得がある人ではなく、その逆の「入門ユーザー」であると、Illustratorの担当をするデザイン担当バイスプレジデントのEric Snowden(エリック・スノーデン)氏は述べている。
その象徴的な機能がIllustrator Web版には搭載されている。それが「クイックペンツール」だ。
ベータ版Webアプリの中にあるさらにベータ機能の「クイックペンツール」。
撮影:小林優多郎
通常の「ペンツール」はユーザーが自由に直線や曲線を書くためのもので、Illustratorを使いこなすためには避けては通れない機能だ。
ただ、このペンツールを使うには、独特な「ベジェ曲線」の知識や感覚がある程度必要になり、これがIllustratorの技術を習得する上での一つの大きな障壁になっていた。
Web版では通常のペンツールでの操作も可能だ。
撮影:小林優多郎
iPad版ではApple Pencilで画面に描いたままのイラストが描ける機能を実装して、このベジェ曲線の壁をいくらか低くしている。
ただし、Web版ではApple Pencilのようなスタイラスペンはサポートされていない。そこで、直感的にきれいな直線や曲線を描けるツールとして「クイックペンツール」が用意されたわけだ。
直線や曲線を3つのモードを切り替えながら描いていく。
撮影:小林優多郎
クイックペンツールは3つの基本モードが用意されており、1つは従来のペンツールでもできる直線を描くモード。残り2つはいずれも曲線を描くものだ。
これらのモードを使えば直線はもちろん、綺麗な正円や弧が誰でもかんたんに描ける。デモ会場にいたアドビの担当者は「経験豊富なグラフィックデザイナーにとっても、クリーンで幾何学的なものを作るのに役立つ」としていた。
ベクター画像生成AIの実装はまずデスクトップ限定
「テキストからベクター生成(Text to Vector)」機能は、MAX 2023でも最も盛り上がった発表の一つだ。
撮影:小林優多郎
もちろん、ウェブ版はデスクトップ版に比べるとさまざまな制約がある。
大きいもので言うと、MAX 2023で発表になった生成AI機能「テキストからベクター生成」は、まだIllustrator Web版では実装されていない。
先行してWeb版が公開されていたPhotoshopは9月に正式リリース版となり、正式版と同時にAdobe Fireflyによる「生成塗りつぶし機能」が使えるようになっている。
テキストからベクター生成機能で、赤い帽子を被った犬のイラストを生成したところ。
撮影:小林優多郎
Illustrator Web版は、正確には招待式のベータ版が2019年のAdobe MAXでアナウンスされ、今回は招待がなくても参加できるオープンベータ版に変わった。
また、「テキストからベクター生成」は今回のMAX 2023で公開されたAdobe Fireflyの新たなベクター画像専用生成AIモデル「Adobe Firefly Vector Model」を基盤にしている。
インターフェイスとしてのWeb版もオープンベータが始まったばかり。生成AIモデル自体も商用利用は可能とはいえ、機能自体は不安定な動作や今後の仕様変更の可能性のある「ベータ版」という位置付けだ。
アドビのPrincipal DesignerのGabriel Campbell(ガブリエル・キャンベル)氏。
撮影:小林優多郎
これらの事実を踏まえると、Illustrator Web版への「テキストからベクター生成」機能の実装はまだ先になると筆者は予想している。
ただ、Illustratorの開発に携わるアドビのPrincipal DesignerのGabriel Campbell(ガブリエル・キャンベル)氏は「Web版もデスクトップ版もiPad版も、それらはすべて関連している。互いに影響を与え合っている」とプラットフォームごとのバージョンの差について説明していた。
それぞれの端末の特徴やターゲットユーザーを考慮しながら、なるべくシームレスな体験ができるようにIllustrator全体のエコシステムの開発を進めていく方針と言えるだろう。
(取材協力:アドビ)