アメリカ人のベントン夫妻は、14カ月間メキシコ各地を転々とした後、日本に移住した。
Evan and Dani Benton
ダニとエバンのベントン夫妻は過去3年の間に、米ルイジアナ州ニューオーリンズの都市型農園から、メキシコ各地でのノマド生活を経て、日本の田舎に落ち着いた。
オレゴン州ダラス市出身の二人は、2016年にニューオーリンズに移り住み、2018年に結婚した。
ニューオーリンズで小さな都市型農園を営んでいた頃のダニ・ベントン。
Evan and Dani Breton
マッサージセラピストのエバン(40歳)とフリーランスフォトグラファーのダニ(39歳)は、ニューオーリンズのローワー・ナインス・ワードに小さな農園付きの住宅を購入。エアビー(Airbnb)経由で部屋を貸し出し、収入の足しにしていた。
ベントン夫妻が営んでいた米ルイジアナ州ニューオーリンズの農園。
Evan and Dani Breton
10万ドルを手に新たな生活を
ニューオーリンズでの暮らしは経済的に厳しかったこともあり、二人はどこか別の街で新たな生活を始めたいと考えるようになった。
そして2021年、自宅兼農場を売却した資金と貯蓄を合わせた10万ドル余りを手に、二人はついに冒険の旅に出ることにした。行き先は、言葉の問題や移住のしやすさなどを踏まえて話し合って決めた。
「理想的な気候、仕事を続けられる可能性、生活コスト、住宅価格、それに田舎に住みたいけど住宅設備は近代的な方がいいという二人の希望。それらを考慮した結果、選択肢はメキシコか日本になりました」(ダニ)
ひとまずメキシコに移住
ベントン夫妻はまずメキシコに住んでみることにした。
「メキシコなら(アメリカ南部のニューオーリンズから)近いので、車で行けます。生活コストが安く、貯金をすぐに使い果たす心配もありませんでした」(ダニ)
メキシコのプエブラ州チョルーラにて。
Dani and Evan Benton
二人は2021年12月5日、車で国境を越え、メキシコに入った。入国手続きは簡単で、一時滞在を延長するための書類を提出するだけでよかった。
メキシコでの一時居住にかかった費用
ベントン夫妻が、メキシコで一時居住者としての在留許可を得るのにかかった費用は1260ドル(約18万9000円)ほどで、内訳は次の通りだ。
- パスポートの更新(10年有効):245ドル
- 一時居住者用ビザ:130ドル
- 一時居住者用IDカード(1年間):405ドル
- 移民弁護士費用:380ドル
- 書類のコピー:100ドル
その他、車をメキシコに持ち込むのに985ドルかかった。以下がその明細となる。
- 自動車保険(1年間):440ドル
- 一時輸入許可証:380ドル
- 国際免許証(1年間有効):40ドル(2人分)
- ドライブレコーダー:125ドル(推奨されるが、必須ではない)
ベントン夫妻が訪ねたメキシコ・グアナファト市の街並み。コロニアル様式の建築物が残り、世界遺産に認定されている。
Guanajuato, Mexico
家賃無料の「ハウスシッティング」を活用
夫妻はメキシコでの滞在費を浮かせるために、ハウスシッティング(家主が留守の間に庭やペットの世話を引き受け、その対価として無料宿泊できる)をすることにした。家賃を支払うことなくメキシコ国内を旅行できるからだ。
メキシコでは、旅行などで家を留守にするとき、ハウスシッターを雇う人が多い。ダニはそれをネットで知った。
「2、3カ月のうちにハウスシッティングの依頼が次々に舞い込んで、続けようと思えばいくらでも続けられました」(ダニ)
ハウスシッターをしながら、メキシコのいろいろな街に住めるのは楽しかった。
Dani and Evan Benton
夫妻は、ホスト(家主)とハウスシッターを仲介するウェブサイト「ハウスシットメキシコ」に登録した。そのサイトを通じた依頼が全体の4分の1ほど、残りはフェイスブックのグループやホストからの紹介だった。
「ハウスシッターとしての仕事は、ペットの面倒を見たり、郵便物を受け取ったり、ホストが留守中の家を守ることでした」(ダニ)
簡単な留守番もあれば、かなり時間を取られる場合もあった。あるホストは11匹の保護犬と猫を飼っており、その世話をしなければならなかった。
ベントン夫妻が、ペットを散歩させている様子。
Dani and Evan Benton
ダニによれば、近所の人たちは一時的な住人であるベントン夫妻を快く迎え入れてくれたし、メキシコで出会った人たちはみなフレンドリーだった。
最終目的地は住宅価格が安い日本に
メキシコで14カ月過ごした後、夫妻は日本の方が自分たちには合っているという結論に達した。決め手は不動産価格だった。夫妻は、ニューオーリンズで暮らしていた時と同じように、農地付きの住宅を探していたのだ。
「メキシコの生活費は安いのですが、不動産価格はそうでもありません。一方、日本の生活費は高めですが、地方の不動産価格は驚くほど安いのです」(ダニ)
特に夫のエバンが、日本に住むことを強く望んだ。彼は大学で日本語を学び、英語講師として東京で1年暮らした経験もあったからだ。
アメリカ人はビザなしで最長90日まで日本に滞在できる。夫妻は2023年2月15日に日本に到着した後、引っ越し先を90日間探し、いったん韓国に出国して、1週間後日本に再入国、家探しを続けた。
最終的に夫妻が落ち着いた先は瀬戸内海、愛媛県今治市の大三島(おおみしま)だった。そこで古い空き家を購入した。
住宅の購入価格は7500ドル(約112万円)で、別途、不動産業者に仲介手数料として1500ドル(約23万円)を支払った。自前で行うリノベーション費用は合計で2万4000ドルほどになる見込みだ。
購入した住宅のリノベーションはほとんど自分たちで行っている。
Dani and Evan Benton
夫妻はこの家屋をエアビー経由でゲストに貸し出す予定で、近くにもう1軒空き家を購入しようと考えている。
Evan and Dani Benton
住宅を購入した後、夫妻はスタートアップビザ(正式名称は「外国人創業活動促進事業」)の申請手続きを済ませた。
これは日本の一部の自治体で最近始まった制度で、外国人に最長1年間(6カ月後に要件を満たした上で更新手続きが必要)の在留資格が認められ、その間に起業の準備を進めることができる。
スタートアップビザを申請する際は「創業活動計画書」などを提出する。夫妻はこの計画書に、養蜂業とゲストハウスの運営、そして写真撮影を事業にすると書き込んだ。
それらの書類を作成して日本に定住するための一連の手続きに4450ドル、会社設立には弁護士費用を含めて3600ドルかかった。
日本の地方にある古い空き家は安い
大三島に来てからの7カ月間、夫妻は古い家に住みながら改装を続けてきた。11月にはエアビーのゲストハウスとしてオープンする予定だが、予約はすぐに入るだろうと楽観している。
瀬戸内海の海峡を車で渡れる吊り橋「瀬戸内しまなみ海道」で本州や四国と結ばれており、全長約60kmのこの海道は風光明媚なサイクリングコースとして世界的に知られているからだ。
夫妻は改装中の家の近くに農地付きの別の空き家を見つけた。価格は1万9000ドル(約283万円)弱で、こちらを購入して自宅にするという。
2人はルイジアナ州で養蜂を学んだことがあり、大三島でもすでに養蜂家としての活動を始めている。コロニー(一匹の女王バチを中心とするミツバチの群れ、通常数万匹)はまだ一つだが、とりあえず10コロニーまで、4年後には50コロニーまで増やす計画だ。
瀬戸内海、愛媛県の風光明媚な島で養蜂業を始めた。
Evan and Dani Benton
「1コロニーの購入費用が約150ドル、巣箱代が100ドルですから、最初の10コロニーで投資総額は2500ドルです」(ダニー)
親切なおばあちゃん、おじいちゃんだらけ
日本の地方の例に漏れず、大三島でも高齢化と過疎化が進んできたが、近年は移住者が増えつつあり、ベントン夫妻も新たな住民として歓迎されている。
「大三島では、親切なおばあちゃんやおじいちゃんたちが、何のためらいもなく私たちを受け入れてくれます。小さな島では噂はすぐに広まるので、ほとんどの人は外国人の養蜂家が移住してきたことを知っています。私たちは、とても歓迎されていると感じますね」(ダニ)
外国人が日本でビジネスを始めようとするなら、書類の作成や手続きは弁護士などの専門家に依頼することをベントン夫妻は勧める。
「日本の専門家は誠実、その仕事は正確で、書類作成の手間と時間を考えれば、費用を払うだけの価値は十分あります」(ダニ)
ダニとエバンは、大三島の暮らしに満足しているが、アメリカを恋しく思うこともある。
「アメリカにいる家族や友人たちが恋しいです。ビデオ通話ではよく話していますが、ぜひ大三島に来てほしいと思っています」(ダニ)
「今欲しいのはクラフトビールと安い牛肉、それから家の改装などで使う道具類ですね」(エバン)
それでも、夫妻はアメリカに帰る気はなく、できれば日本を永住の地にしたいと考えている。
「私たちは外国人であり、この地の文化に全て合わせられるわけではないし、そうしようとも思いません。ただ、感謝し、心を開き、好奇心を持ち続けたいと思っています」
ダニは、そう締めくくった。