星野リゾート代表が語った「インバウンド増よりアウトバウンド減少」に注目すべき理由。 “失敗”を繰り返さないために必要な6つのKPI

hoshino resort 2023 autumn press conference

星野佳路代表が語った長門湯本温泉(写真右)のマスタープランは、地方の観光地再生として全国から注目を集めている。

写真提供:星野リゾート

星野リゾートが10月12日、恒例のオンラインプレス発表会を開催した。

コロナ禍が収束し、再びインバウンド需要に湧く日本の観光産業。

しかし、星野佳路代表は会見で「インバウンド増よりアウトバウンド減少に注目している」と語り、アフターコロナにおける観光産業の展望と星野リゾートの戦略を明らかにした。

日本人の国内旅行シフトが加速する

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インバウンド回復に湧く日本だが、星野代表は「国内旅行シフト」に着目する。

オンラインプレス発表会をキャプチャ

「私が注目しているのは、実はインバウンドよりアウトバウンド」

会見冒頭、インバウンド需要回復に言及した星野氏。その対策に関する提言が続くと思いきや、口にしたのは「アウトバウンド」に関する見解だった。

アウトバウンドとは、日本人による海外旅行を意味する。

「アウトバウンドは日本の観光において非常に重要な需要。コロナ禍前は2000万人近くが海外旅行に出ていたが、コロナ禍でいったんなくなった。その戻り(回復)のほうが、インバウンドの戻りよりもはるかに遅い現状がある」

その理由として、星野氏は為替レート(円安)と海外のインフレが長期間続いていることが影響していると指摘した。

「この状況はしばらく続く。そして、これまで海外旅行をしていた日本人が国内旅行にシフトしてくる。この需要をいかに取り込んでいくかが、実は日本の観光にとって大事なテーマだと思っている」

カギはマイクロツーリズムで集客する仕組み

その1つの対策として挙げたのが、星野リゾートが重視してきた「マイクロツーリズム」だ。

マイクロツーリズムは、自宅から1〜2時間圏内の近場で楽しむ旅行や観光を指す。星野氏が提唱し、移動制限が続いたコロナ禍で全国に広がった。

「コロナ禍で、私たちはマイクロツーリズムに一生懸命取り組んできた。アフターコロナにおいても、海外旅行に行っていた方々が国内に必ずシフトする。

マイクロツーリズムをこれからもしっかり継続して集客する仕組みをつくっていくことが、日本国内観光においては、実はインバウンドと同じくらい大事な市場になると思っている」

ステークホルダーツーリズムが重要な理由

もう1つ、星野氏が強調したのが、ステークホルダーツーリズム(※)の重要性だ。

※ステークホルダーツーリズム:ホテルや交通・旅行代理店といった観光産業だけでなく、旅行者、地域の生活・経済・環境を含め、観光のステークホルダーそれぞれがフェアなリターンを得られるようなあり方に変えていこうという概念。

星野氏は2023年4月の会見でも、「2019年ではない姿に、世界の観光が大きく変わろうとしている」として、「ステークホルダーツーリズム」の発想が重要になると語っていた。

「コロナ禍前の日本の観光は、たしかに数字的には良かった面もあるが、内容面としてすべてが良かったわけではなく、さまざまな課題を抱えていた」

これは日本に限らず世界共通の課題だったが、いまや世界の観光産業がステークホルダーツーリズムの方向にシフトしているという。その大きな理由がオーバーツーリズム問題だ。

「オーバーツーリズムの本当の問題とは、その日に混雑して大変ということだけでなく、実は観光地のブランド力を長期的に下げていくことだ。満足度が低下することによって、観光地のイメージ・ブランド力が下がり、長期的には集客が減少していく」

星野リゾートが重視する6つのKPI

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星野代表は「入り込み数」という従来の評価軸から脱却する必要性を強調。新たなKPIを提唱した。

オンラインプレス発表会をキャプチャ

その原因として、星野氏は、観光産業が古くから使ってきた「入り込み数」という指標に頼り続ける現状に警鐘を鳴らした。

「昨年より何人多く来たか、何人が泊まったか、何人の日帰り客が来たかという入り込み数だけで集客をとらえ、それをプラスにしようと毎年続けている。すると、どこかで顧客満足度が下がり始めるポイントがあり、それに気づかず数を追いかけていると、実は大事なお客さまから失っていく。そうなってきた観光地が日本にはたくさんある」

それを打開するには「入り込み数以外のKPI」を設定することが重要だと指摘した星野氏。

新たなKPIとして、「温泉地ランキング」「稼働率」「投資の創出内容」「生活者関与度」「社員の満足度」「メディア露出量」の6つを重視していると語った。

「この6つのKPIは、事業者だけでなく、地域住民や環境、訪問者も『観光産業』のステークホルダーに入れて、それぞれがフェアなリターンがとれる仕組みをつくっていく(ためのもの)。それが本当の意味でのサステナビリティであり、2019年(以前の)課題を解決しながら(需要を)戻していくポイントだと思っている」

山口県の温泉街をまるごと再生

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温泉地ランキングで86位だった長門湯本温泉。マスタープラン策定の中で星野代表が打ち出した「長門湯本温泉を全国トップ10の温泉地に」という目標は、関係者の度肝を抜いたという。

撮影:湯田陽子

実は、星野氏はコロナ禍前から、リゾートや温泉旅館を運営する際、ステークホルダーツーリズムの概念を生かせないか模索してきたという。

「その1つの成果が、山口県の長門湯本温泉の再生(プロジェクト)のなかで現れてきている」

長門湯本温泉は、高度経済成長期からバブルにかけて団体客で賑わったものの、バブル崩壊とともに衰退したという、日本の温泉地にありがちな栄枯盛衰をたどってきた。

だが、2014年に創業150年の老舗温泉旅館が破産。これをきっかけに、官民連携で温泉街の再生プランに取り組むことになった。再生のパートナーとして長門市・山口県がタッグを組んだのが星野リゾートだった。

「1つ2つの温泉旅館だけではなく、地域全体を再生するマスタープランをつくろうということになり、(2016年に)プロジェクトが始動。長門市、山口県、地域の観光協会、温泉組合、みなさんに協力していただき『将来こんな街にしていこう』という発想でスタートした。

ポイントは、駐車場を温泉街から離し、『そぞろ歩き』という概念をしっかり打ち出したことだ」

マスタープランを実装していくにあたっては「いろいろな紆余曲折がもちろんあった」という。

なかなか合意できないところは社会実験として週末にやってみて、その結果をフィードバックし、住民の方の意見も聞くなどして合意を形成していった。

そうやって実現したのが、『オソト天国』というコンセプトによる長門湯本の新しい姿。そぞろ歩きに各温泉旅館が協力し、川床テラスを含めたアクティビティを体感できる」

このマスタープランは現在進行系で、いまも新たな取り組みが次々と生まれている。

「2年後くらいに、空き家(古民家)を買い取ったり借りたりする新しいビジネスがスタートした。古民家再生第1号のカフェが誕生したり、パン屋が開業したり、バーやブルワリーも誕生。昨年はなんとレンタカー屋もオープンした」

観光地の再生に重要な4つのポイント

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北海道弟子屈町の川湯温泉の冬景色。星野リゾートは現在、国立公園内にあるこの温泉地のマスタープラン・プロジェクトを進めている。

提供:星野リゾート

この経験を生かし、星野氏は官民で取り組むべき4項目「現代の旅行市場ターゲットのマスタープラン」「競争力ある観光地の質を満たすハードとソフト」「観光地マネジメントの組織体制」「持続可能な競争力を意味する新KPI」を設定している。

KPIについては、先述の6項目に再度言及した。

「入り込み数、お客さまの数だけで評価するのではなく、違った評価軸で観光地をマネジメントしていく。それが本来の地域観光マネジメントだ。

本来はDMO(Destination Management/Marketing Organization、観光地域づくり法人)がそこを担当するのかもしれないが、日本はもっとDMOに予算と権限を任せ、こういう(6つの)KPIを設定していくことで観光地は再生していくと考えている」

長門湯本温泉の取り組みは注目を集め、自治体からの引き合いが続出しているようだ。

「北海道・弟子屈町に声をかけていただき、廃屋になっている旅館が半分くらいある(川湯温泉)で、マスタープランを描くプロジェクトをスタートさせた。ここは国立公園の中。なので、弟子屈町だけでなく、私たちや温泉旅館経営者などの民間、さらに環境省も含めて一緒に描こうとしている。

そのなかで私たちも1区画を担当し、マスタープランのコンセプトにあった『界 テシカガ』という温泉旅館を開発する予定で進めている」

同様のプロジェクトが、山口県下関市、福井県でも始まっているという。

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星野代表は、ニュージーランドの人気リゾート地・クイーンズタウンで、ステークホルダーツーリズムを実感したという。

オンラインプレス発表会をキャプチャ

ステークホルダーツーリズムに関しては、オンラインプレス発表会の最後に毎回欠かさず行う星野氏個人の「スキー滑走報告」でも、ニュージーランドでの経験をもとに“報告”した。

「ニュージーランドに行くと、ステークホルダーツーリズムの概念をすごく感じる」

そう言って、ニュージーランド南島の人気リゾート地・クイーンズタウンを訪れた際に、現地のDMOのトップと撮影した写真を映し出した。

「クイーンズタウンのDMOには権限と予算が集中している。彼が取り組んでいる活動は非常に面白い。観光客が街に来ると、どのカフェでも5ドル払うと(ステンレス製の)カップがもらえ、そのカップを使えば街中のカフェでコーヒーを3ドルで淹れてくれる。帰るときにはどのカフェでも返却でき、(最初に払った)5ドルが返ってくる。

紙コップやプラスチックカップを排除しようとする取り組みで、同じようなことを弁当箱でもやっている。日本よりもかなりステークホルダーツーリズムの概念が進んでいると感じた」

アウトバウンド減少を、日本の観光産業再生の好機と見る星野氏。2019年以前と異なるステークホルダーツーリズムの発想は日本に定着していくだろうか。

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