トヨタ自動車の佐藤恒治社長(左)と、出光興産の木藤俊一社長(右)。
撮影:三ツ村崇志
「出光興産とトヨタ自動車は、全固体電池の量産化に向けて協業していくことに合意を致しました」
10月12日、東京都内で開催されたトヨタ自動車と出光興産の共同記者会見の冒頭、トヨタ自動車社長の佐藤恒治氏はこう宣言した。
トヨタと出光は、それぞれ次世代電池の筆頭候補と見られている全固体電池に関連した保有特許が世界トップクラス。2013年からは共同研究を進めていた。
両社が協業することで、全固体電池の量産技術の開発や生産性向上、サプライチェーン構築に向けた取り組みを進め、トヨタが目指している2027〜2028年のバッテリーEV(以下、BEV)への搭載をより確実なものとしていきたい考えだ。
このニュースを理解する上で押さえておきたいポイントを、3つに分けて解説する。
1. 全固体電池が必要とされる理由
全固体電池。
画像:トヨタ自動車
まず前提として大きなポイントになるのが、全固体電池が必要とされている理由だ。
EV用の電池として現在普及しているのは、リチウムイオン電池だ。ただ、リチウムイオン電池は、電池の機能を持つために必須の「電解質」が液体で、発火のリスクがあった。一方、全固体電池は、電解質が固体(固体電解質)で、高温・高電圧にも強く、リチウムイオン電池と比較して同じ体積あたりのエネルギー密度も高くできる。
トヨタの佐藤社長も
「全固体電池のメリットは、電解質が固体であるため、電気を伝えるイオンが速く動けること、それにより充電時間の短縮、航続距離の拡大、高出力化が可能になることです。温度影響を受けにくく、高温・高電圧に強いため、安定性が高いという特徴もあります」
と期待を語る。
現状でEVにはリチウムイオン電池が使われているとはいえ、これから先さらにEVが広がれば、さらに高性能な電池が求められることは避けられない。そこで期待されているのが、全固体電池というわけだ。だからこそ、トヨタはもちろん日産などの他の自動車メーカーはこぞって全固体電池の研究開発を続けていたわけだ。
2. トヨタが出光と協業した理由
トヨタの佐藤社長。全固体電池によって自動車の自由度が高まっていくのではと語る。
撮影:三ツ村崇志
ただ、いくら全固体電池が期待されていたとはいえ、技術的には開発途上。課題が山積していた。とりわけ大きな課題とされていたのが「耐久性」の問題だ。ただ、この課題が解決する目処が立ったことが、トヨタと出光が協業することになった大きなポイントの一つになっている。
実は、全固体電池では、充放電を繰り返すうちにどうしても固体電解質に亀裂が生じ、電池としての性能が悪化することが知られていた。この問題を解決するためには、物理的にやわらかくで密着度も高い、割れにくい固体電解質が必要だったわけだ。
トヨタの佐藤社長は
「トライアンドエラーを繰り返してきた中で、両社の材料技術を融合させることで、割れにくく、高い性能を発揮する材料を開発することができました。
そして、この新しい固体電解質に、トヨタグループの正極・負極材、電池化技術を組み合わせることで、全固体電池の性能と耐久性を両立できる目処がつきました」
と記者会見で協業に至った経緯を語っている。
出光は2001年から、トヨタは2006年からそれぞれ独自に全固体電池に関する研究開発をスタート。その後、2013年からは共同研究を開始していた。今回共同開発を目指す全固体電池の材料の候補物質の特許自体は、トヨタが保有している。ただ、材料を持っているだけでは、うまく電池にすることはできない。
「そこをうまく作るノウハウを出光さんがお持ちだった」(トヨタ自動車・CN先行開発センター長 海田啓司氏)
これが、トヨタと出光が協業する大きな要因の1つだった。
固体電解質。
画像:出光興産
トヨタの佐藤社長も
「出光の固体電解質の強みは、耐水性、イオン伝導性、やわらかさを実現できる作り方ができているということにあります。材料の成分的な技術もありますが、粒子を均一に並べて柔軟性があり形状変化に追従しやすい柔らかさに作り込む。水に対して強い作り方を実現できる。そういう部分は組成だけで決まらない固体電解質の競争力の源泉になっている」
と、出光が作る固体電解質の競争力の高さを語った。
3. 協業の具体的な中身は?
出光の固体電解質小型実証設備
画像:トヨタ自動車
トヨタと出光の具体的な協業内容については、「素材開発」「量産化実証」、そして「本格的な量産化の検討」の3段階に分けて説明があった。
ただ、ひとまず大きな節目として定めているのは、2027年〜2028年に全固体電池搭載車を市場導入するというトヨタの目標だ。
協業の第1段階では、出光の石油製造プラントの副産物として得られた硫黄成分を原料にした「硫化物系」と呼ばれる全固体電池の開発。さらに、量産化に向けたパイロット装置の準備を進めていくとしている。
トヨタと出光は、共に全固体電池に関する特許数で世界トップクラス。前述したように、双方が保有する素材開発のノウハウ(特許)を組み合わせることで、商用可能な全固体電池を開発し、量産実証装置の構築につなげていきたいとしている。
第2段階では、実際に量産実証装置を立ち上げ、固体電解質の量産化を進めていく。さらにそこで製造されたものを使い、実際に全固体電池を搭載したEVを開発。2027〜2028年頃に市場投入を確実なものにしていくとする。
このため、出光としても量産実証装置を2027年までに稼働できるように準備を進めていくとしている。詳細なスケジュールについてはまだ詰めきれていないものの、年産数百トン規模の製造を目指すという。
その後、協業の3段階目として、プレスリリースでは「将来の本格量産と事業化に向けた検討を両社で実施します」と説明があった。出光としては、数千トン規模のプラントを想定しており、「トヨタの車両計画を聞きながら、適切なタイミングで意思決定をして参りたいと考えています」(出光興産・中本肇専務執行役員)。
なお、両社は今後、品質やコストの絞り込みや、量産検証、安定的な原料調達の目処をつけるために、数十名規模でタスクフォースを立ち上げてプロジェクトを進めていく。
全固体電池に残された課題は……
全固体電池の実現に向けて、ほかに課題はないのか。
実は、全固体電池の中でも今回トヨタと出光が開発を目指す「硫化物系」の固体電解質は、水と反応することで「硫化水素」と呼ばれる有毒なガスを出すリスクがあると言われている。記者会見では、硫化物系の電解質を使うことによるリスクについても質疑が及んだ。
ただ、質問に答えたトヨタの海田氏によると
「材料、電池、アセンブリ、電池のシステム、それから車全体というように4重に安全に使うためのシステムを検討して、目処はついてございます。出光さんの材料の水分への耐性が非常に強いところも、(素材の)候補としてピックアップして一緒にやっていこうと選んだ理由の一つです」
と解決方法の目処が立っているという。出光としても、材料設計の段階で硫化水素の発生をゼロにすることはできないものの、抑える設計を組み入れていると回答があった。
この点についても、出光と協業することの優位性になっているようだ。
加えて気になるのが、2027年〜2028年に実現するという全固体電池搭載車の「コスト」だ。
とりわけ、量産化によるコストメリットが効きにくい初期開発段階において、製造車の価格はどうしても高くなってしまう。
佐藤社長は、「最終的にボリュームがなければ(コストを下げることは)難しいのかなと思います。第1段階として当面目指すのは、(全固体電池の搭載車を)世の中に送り出していくということになります」と前置きした上で、2030年以降の量産化のタイミングでは、「量産・普及の段階では液系の電池(従来のリチウムイオン電池)と同等の目線を持って開発を進めていくべきだと考えていますし、同じような車両価格を目指していくべきだろうと考えています」と語った。