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現在、アメリカで住宅を購入するのは2000年代半ばの住宅バブルのピーク時よりも厳しくなっている。
ゴールドマン・サックスの新たな分析によると、住宅価格や住宅ローン金利を含む現在の住宅コストは、アメリカで住宅価格高騰後に25%以上暴落した2004年から2008年の水準よりも、人々の所得水準からさらに乖離しているという。
ゴールドマンのチーフクレジット・ストラテジストであるロトフィ・カルイ(Lotfi Karoui)は、2023年10月10日の顧客向けレポートの中で、「これから住宅を購入しようとする人にとっての値ごろ感は、2006年の市場の暴落前のピーク時よりも悪化している」と述べている。
ゴールドマンが定義する手ごろな価格とは、購入者が頭金15%を支払ったうえで、月収の25%を30年ローンの返済に充てるとの前提に基づいている。下のグラフは、住宅価格と金利が上昇を続ける一方で、所得の上昇がこのペースに追いついていないことを示している。
金利が高いため、住宅価格と購入可能と感じる価格が大きく乖離している。グラフは現行の住宅価格の中央値と、手ごろな住宅価格を単純化した数値との比較。
Goldman Sachs
しかし、このような格差があるにもかかわらず、カルイは2000年代半ばのような住宅価格の下落は起こらないと考えている。
その理由はいくつかある。ひとつは、労働市場が依然として非常に堅調であるので、需要が支えられていることだ。アメリカにおける9月の雇用は33万6000人増え、失業率は3.8%とまだ低い。
グレート・リセッション(2008年の金融危機をきっかけに起きた景気後退)では、失業率の上昇が住宅需要を押し下げ、住宅価格を下落させた。非農業部門雇用者数の月次推移と住宅価格の前年比の上昇率を示した下図は、この関係を示している。左軸の非農業部門雇用者数のゼロ水準は、右軸の住宅価格上昇率のゼロ水準よりも高い位置にあることに注目してほしい。
大幅な雇用喪失が住宅需要を奪い、価格を底まで押し下げた。非農業部門雇用者数(NFP)と前年同期比の住宅価格(HPA)。
Goldman Sachs
グレート・リセッションにおける失業率上昇の裏返しとして起こったのは、不況で需要が減少するのと同じタイミングで、多くの住宅所有者が抵当物件を処分し市場に不動産を供給したことだ。
しかしカルイは、現在の金利変動型住宅ローン市場の状況は当時とは違うと考えている。現在、市場に出回っている変動金利型住宅ローンは2000年代半ばに比べるとかなり少なくなっており、住宅ローンの初期段階の固定期間も2〜3年から5年程度と一般的に長くなっている、とカルイは言う。
さらに、2000年代半ばに市場が暴落するまでは信用状況は非常に緩かったため、クレジットスコア(信用度のスコア)や所得水準などの制約があったとしても、より多くの人が住宅ローンを組むことができた。しかしその後、FRB(米国連邦準備制度理事会)が金利を引き上げると、条件が厳しくなり、需要が減少した。現在、信用状況はすでに厳しい局面にあるので、いま住宅ローンを組んでいる人たちは、2000年代半ばに住宅ローンを組んだ多くの人たちよりも経済的に強く、この先すぐに需要がつぶされるような深刻な信用収縮にはならないだろう。
このような違いを踏まえ、カルイは住宅価格は2024年末までに、3.5%上昇すると予想している。
ただしカルイのこの見方は、経済に負の衝撃が起こり、次の2つのことが起こらないということが前提だ。1つは、失業率が上昇し需要に打撃を与えるということ。もう1つは、人々が住宅を売りに出し、供給を増やしてしまうことだ。基本的に、景気後退は住宅価格を押し下げる可能性がある。
カルイとゴールドマンの同僚で同行のチーフ・エコノミストであるヤン・ハツィウス(Jan Hatzius)は、アメリカ経済に景気後退が訪れるとは見ていない。ウォール街の他の多くのエコノミストも同様の見方だ。
しかし、この先数カ月の間に景気後退が訪れるかどうかはまだ分からない。労働市場と個人消費は底堅いものの、米国債利回りのイールドカーブやアメリカの全国産業審議会(The Conference Board)の景気先行指数といった伝統的な景気後退指標は警鐘を鳴らしている。
10月の第一週に、パイパー・サンドラー(Piper Sandler)の米国株チーフ・ストラテジスト、マイケル・カントロウィッツ(Michael Kantrowitz)は、過去の景気後退のタイムラインから、失業率が上昇トレンドに転じるにはまだ時間があると述べた。例えばグレート・リセッション時には、国債のイールドカーブが反転した後、失業率が大幅に上昇するまでの数カ月間、現在の水準付近で推移した。
イールドカーブ逆転後の初期失業保険申請件数の推移。
Piper Sandler