経営危機がささやかれていた威馬汽車が今月、破産申請を行った。事業の継続は諦めていない。
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2022年末、業界団体の中国乗用車市場信息聯席会(CPCA)は2023年の自動車市場を「ゼロ成長もありうる」と展望し、業界内でメーカーの選別が進むとの認識が共有された。特にガソリン車が打撃を受けると予想され、実際にこの数年販売が低迷していた三菱自動車が中国での生産から撤退した。さらに2023年後半は、中国EVメーカーの再編や淘汰も次々に表面化している。中国の自動車業界はEVが加速すると同時に、成長の曲がり角を迎えた。
自動車業界のプロが創業
メガITのバイドゥ(百度、Baidu)などが出資するEVスタートアップ「威馬汽車」は10月10日、上海の裁判所に破産を申請し受理されたと発表した。7日には「預重整」と呼ばれる債務処理の手続きも申請しており、同社は投資を受け入れて事業継続を目指すとし、SNSの公式アカウントで「座して待つことはできない。ましてや倒れることはできない」と再起の姿勢を強調した。
かつて新興EV勢の先頭集団にいると目されていた威馬汽車の破産申請は、中国のEV市場の「曲がり角」を象徴する事例と言える。
威馬汽車は米自動車部品大手、伊フィアットを経て、中国民営自動車大手の浙江吉利控股集団(ジーリー、Geely)でボルボの買収を指揮した沈暉氏が2015年に創業した。
当時の中国はEV創業ブームで、IT起業家が「蔚来汽車(NIO)」「理想汽車」「小鵬汽車(Xpeng)」を立ち上げていた。自動車業界での実績が豊富な沈氏が率いる威馬汽車は、それぞれBMWと日産自動車インフィニティブランド出身の経営者が共同創業したBYTON(バイトン)と並び、大きな期待を集めた。
資金面ではバイドゥをはじめ有力VCやIT企業が支援。2018年時点で自動車業界の中で評価額が最も高いスタートアップとなり、2019年にシリーズCで30億元(約620億円、1元=20.8円換算)を調達したことで、累計調達額は230億元(約4800億円)に達した。
威馬汽車が狙いを定めたセグメントは、EVメーカーとして孤高の存在だったテスラと、補助金ありきで大量生産され安かろう悪かろうの中国メーカーの間を取った「ガソリン車並みの価格で、品質が安定したEV」だ。
2017年に発売した初の量産車SUV「EX5」は価格を200万円台に収めた。ディーラーに頼らずオンラインで販売する体制をつくり、コスト減にも取り組んだ。
累計赤字4300億円
2022年以降BYDが躍進し、他のEV企業は苦しい戦いを強いられている。
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威馬汽車はNIO、理想汽車、小鵬汽車と並ぶ新興EV4強と位置づけられ、2020年、2021年にも大型調達を実現。2021年4月にはバイドゥの自動駐車支援システムを搭載した中型SUV「W6」を発売した。だがテスラが大衆車「モデル3」の国産版を中国市場に投入し、EVの普及が本格すると、威馬汽車はNIOら中国新興EV3社からじりじりと離されていく。
威馬汽車の売上高は2019年が17億6000万元(約360億円)、2020年が26億7000万元(約550億円)、2021年が47億4000万元(約980億円)と伸びたが、テスラと中国3社の勢いには及ばず、シェアを落としていった。また、純損失は2019年が41億5000万元(約860億円)、2020年が50億8000万元(約1050億円)、2021年が82億1000万元(約1710億円)と拡大した。2021年末時点の累積赤字は205億3600万元(約4270億円)にのぼった。つくればつくるほど赤字の状況を脱することができず、IPOも難航した。
最大の出資者だったバイドゥが2021年1月に自らEV製造に乗り出すと発表したのも逆風になった。
2022年に入るとBYD(比亜迪)が目覚ましい成長を遂げ、中国企業間の競争で一人勝ちになる。威馬汽車のニュースはあまり報じられなくなった。社員と経営陣の給与カット、ボーナス見送り、工場の生産停止など苦境が表面化したのは2022年末のことだ。
2023年1月、香港市場に上場する高級EV開発のアポロ・フューチャー・モビリティ・グループ(AFMG)が、威馬汽車の主要子会社を20億2000万ドル(約3000億円、1ドル=150円換算)で買収すると発表した。威馬汽車の方が規模が大きく、同社は買収の対価としてAFMGの株式を取得するスキームだったため、AFMGを通じた裏口上場を目指していると受け止められた。
しかし同計画は9月8日にAFMG側が破談を発表。直後の11日には中国で中古車販売事業を手がけ、米ナスダックに上場する開心汽車が、威馬汽車買収の意向書に署名したと発表した。経営ひっ迫状態にある同社が救済先を探しながら、うまく行っていないことがうかがえる。
独VWは小鵬汽車に出資
小鵬汽車は空飛ぶ車の開発も進めている。
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中国EV業界は今でも競争が激しく、値下げ圧力が高まっているのに、今後、バイドゥ・吉利連合とスマホメーカーのシャオミ(小米科技、Xiaomi)も最初の量産車発売を予定している。新規参入を表明している企業の中には、事業売却や再編を選ぶケースも出てきた。
中国配車アプリ最大手の滴滴出行(DiDi、ディディ)は今年8月末、小鵬汽車にEV事業を売却すると発表した。買収額は最大で約58億3500万香港ドル(約1100億円、1香港ドル=19円換算)になるという。
事業売却の背景には、非コアビジネスを切り離し財務を改善したいDiDiと、DiDi向けにEVを供給することで競争を勝ち抜きたい小鵬汽車の思惑があるとみられる。
DiDiは2020年11月、配車サービスに特化し、自動運転技術やアプリとの連携を重視したコネクテッドカー「D1」を披露した。DiDiと小鵬汽車は新たに戦略的提携を結び、小鵬汽車は小型車ブランドのプロジェクト「MONA」を立ち上げ、2024年に15万元(約310万円)クラスの大衆向けスマートEVを投入する。
7月には独フォルクスワーゲン(VW)が小鵬汽車に7億ドル(約1000億円)を出資し、中国の中型車市場向けにVWブランドのEV2車種を共同開発すると発表した。
小鵬汽車はセグメントの重ならない企業との提携によって、車種のラインナップを広げる狙いがあるようだ。
恒大汽車には中東企業が出資
経営危機が続く中国不動産大手、恒大集団傘下のEV子会社「恒大新能源汽車(恒大汽車)」は8月中旬、アラブ首長国連邦(UAE)のEVメーカー「NWTN」から約5億ドル(約750億円)の戦略的出資を受けると発表した。調達した資金はEVの量産に充てるという。
NWTNは恒大汽車の海外市場開拓も支援するとしている。
威馬汽車の沈会長は2018年9月、日本経済新聞の取材に対し「多くの新興EVメーカーがこのまま生き残るはずがない。生き残るのは3社だ」と答えた。理想汽車に出資する美団点評(Meituan Dianping)の王興CEOが2020年1月にSNSに「中国の自動車メーカーは3(国有企業)+3(地方国有企業)+3(民営企業)+3(新興EV)に集約され、そこから3~6社まで淘汰される。新興EVメーカーで残るのは蔚来汽車、理想汽車、小鵬汽車」と投稿すると、沈会長は「3社残るとしたら、その1社は当社だ。王CEOと賭けてもいい」と応じ、大きな話題を呼んだ。この頃は確かに威馬汽車の方が理想汽車より評価が高かった。
同会長は日経新聞に「我々にもチャンスがある。5年後には既存大手とかなりのレベルで戦える存在になるだろう」と語ったが、現実には土俵際に追い詰められている。
とはいえこの1~2年で経営危機、事業停止に陥った中国EVメーカーは恒大汽車でさえもホワイトナイトが現れている。だからこそ威馬汽車も事業存続を諦めていない。競争からはじき出されたとはいえ、EV生産に必要なライセンスや工場、技術スタッフは同業他社から見て魅力的な資産なのだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。