フロリダの西海岸に上陸したハリケーン・イダリアの影響で、自宅前まで押し寄せた濁流に膝上まで浸かる男性(2023年8月30日撮影)。
TNS/ABACA via Reuters Connect
2兆6150億ドル(約392兆円、1ドル=150円換算)。
理解するのがほぼ不可能なほど大きな額だ。これは、1980年以降にアメリカで発生した、被害額10億ドル(約1500億円)を超える気象・気候災害371件の推定総額を表している。この中には、最近のハリケーン「イダリア(2023年8月にフロリダ州に上陸)」など、アメリカに破壊的な被害をもたらした熱帯低気圧、干ばつ、暴風雨が多数含まれている。
これらは私たちの記憶に残る出来事ではあるが、覚えていないと思われる出来事も多い。というのも、近年、被害額が10億ドル規模に膨らむ災害が非常に増えているためだ。温室効果ガスが大気中に蓄積されるにつれ、コストのかかる異常気象は、発生頻度、強度ともに、10年単位で増加し続けている。
コストはすべてCPI調整済み。
Chart: Annie Fu/Insider Source: NCEI Billion-Dollar Weather and Climate Disasters database
しかし、金額が大きくなればなるほど、それらの災害で本当に失われたものをすべて伝えることはできない。公式の被害額には、精神的・肉体的なトラウマを含め、人々が被った数え切れないほどのコストが反映されていない。環境破壊やサプライチェーンの混乱といった形の被害もある。それらは、本質的に隠れたコストだ。そして、私たちの多くがそれを負担している。
以降では、ハイキングの後、熱中症であわや命を落としかけた教師、ハリケーンとそれに続く厳しい寒波で柑橘類作物の大半を失ったテキサス州の農家、そして、洪水のせいで運営する非営利団体がすべてを失った女性の話を紹介する。
酷暑がもたらす真のコスト
ロイス・ニグリンはハイキングで背中にⅢ度の火傷を負った。
Arin Yoon for Insider
農場育ちのロイス・ニグリンは、アウトドアが大好きだった。だから記念日旅行の一環として夫と一緒にアリゾナ州でハイキングに出かけたときは、まさかこんな事態になるとは予想だにしなかった。ニグリンにとって暑さは初めてのことではなかったし、夫妻はこのハイキングのためにトレーニングも積んでいた。
しかし、2019年6月のその日は気温が非常に高かった。ニグリンは結婚数十年を祝うはずのハイキングで背中にⅢ度の火傷を負い、昏睡状態に陥った。運び込まれた病院の医師は駆けつけた家族に対し、あと数時間しか命がもたないかもしれないと話した。
ネブラスカ州の教師であるニグリンはこの悪夢から生還したが、いまだに残る火傷と皮膚移植の傷跡が、死の瀬戸際だったことを思い出させる。彼女が受けた厳しい試練は、アメリカにおける気象関連の主要な死因である酷暑がもたらすコストが増大していることを示している。
Chart: Annie Fu/Insider Source: Center for American Progress
米国進歩センター(Center for American Progress)の推定によれば、ニグリンが命を落としかけたような類いの暑さは、救急外来受診などによって、アメリカの医療費を毎夏10億ドル増加させる可能性があるという。この問題は病院を超えて日常生活にも広がる可能性が高い。うだるような暑さの日が増えれば国の労働生産性が年間1000億ドル(約15兆円)規模で失われると、大西洋評議会(Atlantic Council)は予測している。
ニグリンは今もなお、酷暑がもたらすコストと闘っている。
不安定な天候がもたらす真のコスト
デール・マーデンは、不安定なビジネスに対処することを余儀なくされてきた農家らしい、何事にもうろたえることのない落ち着いた雰囲気を持つ。彼はその性格を頼りに、40年以上にわたってテキサス州ハーリンゲンで柑橘農家と酪農を続けてきた。
しかしここ数年マーデンは、時代が変わろうとしているのか、自分の農場があるメキシコ国境近くの地域はこのまま亜熱帯気候になってしまうのか、と疑問を抱くほどの変動を目の当たりにしている。
マーデンは、2季連続で、ハリケーンとその後の厳しい寒波により、グレープフルーツの収穫と樹木の大部分が台無しになるという経験をした。復興には何年もかかった。
ハリケーンと寒波により、農作物に甚大な被害を被った柑橘農家のデール・マーデン。
Jason Garza as shot for The Texas Tribune
天候が極端になるにつれ、農家はどのような計画を立てればよいのか分からない厳しい時期が続いている。農作物保険などの支援も、特に果物や野菜の栽培農家にとっては、不安定な天候がもたらすコストのすべてをカバーしてくれるとは限らない。マーデンの場合、極端な寒気がテキサス州南端に流れ込んだことで、樹木の一部が被害を受けた。
データは1980年から現在まで。
Chart: Annie Fu/Insider Source: NCEI Billion-Dollar Weather and Climate Disasters database
温暖化が進むにつれ、寒波の強さもいや増している。通常は北極を覆っている寒気の帯が熱によって押しのけられ、冷たい空気が南へ流れ込むことがあるのだ。2021年2月にマーデンが経験したのもまさにそれだ。このとき、マーデンのグレープフルーツは壊滅的な被害を受けた。
米国海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration)が1980年まで遡って行った分析によれば、テキサス州は異常気象による累積被害額とそれらの現象の発生頻度の両方において、全米トップの州である。
テキサス州の柑橘類産業は、不安定な天候に起因する影響を受けてきた。テキサス州南東部の柑橘類生産者は過去20年にわたり、平均27万4000トン近くのグレープフルーツとオレンジを毎シーズン生産してきた。テキサスバレー柑橘類委員会(Texas Valley Citrus Committee)がまとめたデータによると、2020~21年シーズンはその生産量がほぼ半減した。翌年はさらに悪化し、収穫量は7万4000トン弱だった。
テキサスA&M大学(Texas A&M University)のエコノミストたちが算出した全体の損失額は、約2億2800万ドル(約340億円)にのぼる。また、柑橘類の収穫は摘果作業を行う季節労働者に依存しているため、1000人以上の雇用も失われたという。
テキサス州のようにコスト負担の大きい天候が常態化している州では、作物の栽培をなんとか続けることが難しくなっている農家もある。そのことはマーデンもよく分かっている。
洪水がもたらす真のコスト
バーブ・グラントは人助けをライフワークにしてきた。
グラントのような者にとって、危機に瀕した人たちを助けることができないのは、とてもつらいことだ。そのため、アイオワ州東部で自身が運営する非営利団体の事務所が洪水に襲われたとき、グラントは無力感を覚えた。いつもなら支援するはずの人たちに、自分の地域支援団体がしてあげられることはあまりないと伝えなければならなかったのだ。その上、壊滅的な洪水にも対処していた。
洪水に見舞われた後、グラントの団体は高台に場所を移して運営を再開した。
Miriam Alarcón Avila for Insider
同団体は最終的に復旧を果たし、高台に再建されたが、洪水の予測が出るたびにグラントはハラハラする。
彼女だけではなく、多くの人が洪水を経験している。海岸沿いや河川沿いに限った話ではない。集中豪雨や雪解け水の影響で、アメリカでは毎日のように洪水が起きている。非営利団体ピュー・チャリタブル・トラスト(Pew Charitable Trusts)によれば、洪水はアメリカで最も発生頻度が高く、最も被害額の大きい種類の自然災害であるということは、もはや常識となっている。
データは2013年から現在まで。洪水、鉄砲水、沿岸洪水、湖岸洪水に分類される事象を含む。
Table: Annie Fu/Insider Source: NOAA Storm Events Database
多くのアメリカ人と同じくグラントもまた、洪水に見舞われた後は復興までに長い時間を要することを知っている。
こうした話は、破滅的な悲劇というだけにとどまらない。異常気象のコストは経済全体に波及しており、このまま放置すれば間もなく社会的セーフティネットが崩壊しかねないことをデータが示唆していると、Insiderが取材したエコノミストたちは話す。
何も手を打たなければ、被害総額は確実に増え続けていく。
それはまた、大きなチャンスを逃すことを意味するかもしれない。温暖化ガスの排出量を抑制し、よりレジリエンス(回復力)のある経済に向かって進むための行動を起こすことで、気候危機が「手に負えない惨事の連続」ではなく、「対処すべき困難のひとつ」に過ぎない世界を作り出せる可能性がある。