撮影:サンニチ印刷
スキー場や登山、避暑地としてのイメージが強い、八ヶ岳。日本百名山の一つとしても有名だ。
その南西麓エリアで、自然に没頭しながら美しい景観と自然を守るための環境保全が体験できるサステナブルツアーに参加してきた。
「伐採」は正義?悪?
特急あずさから見える、山梨県内の景色
八ヶ岳エリアへは、新宿駅から特急あずさでわずか2時間足らずで行くことができる。
なんとなく「遠い場所」だと思いこんでいたが、仕事をしていたらあっという間にJR小淵沢駅に到着。この程度の通勤時間であれば、週に1~2回東京で仕事がある人も移住できるかも……。嬉しい裏切りからツアーの幕が開けた。
レスキュー隊のようなユニフォームに身を包む有限会社会社天女山のスタッフ
まずは、林業を営む「有限会社 天女山」が主催する「伐採体験ツアー」へ。チェーンソーを使って木を切り倒すワイルドなツアーだ。公式ページから事前予約すると、絶景が楽しめることで話題の観光地「清里テラス」のすぐそばで体験をすることができる。
「伐採」と聞くと、環境破壊につながるなどネガティブなイメージを想起してしまいがち。しかし、適度な伐採は森林保全につながる。
古くなった木は、二酸化炭素を吸収し、酸素を吐き出す機能が低下していく。古い木を選別して伐採をすることは、地表に陽の光を当て、若い木々に栄養を行き渡らせて成長を促すことにつながる。若く健康な木々が生い茂ることで、土砂災害や洪水などの災害の防止もできるようになるそう。
適度な伐採で森全体の代謝を促すことは、環境保全の観点からいくつものメリットがあるのだ。
スタッフの案内で山の中の遊歩道を10分ほど歩き伐採場所へ向かう道中、木にピンクの紐が結ばれている光景を目にした。
これらは「伐採すべき木」の目印なのだそう。アクティビティだからといって適当な木を伐採しているのではなく、本当に伐採する必要のある木を切っているので、体験に参加することで森の環境保全に貢献することができる。
伐採のデモンストレーション
デモンストレーションとして、スタッフが木の根元付近にパックマンの口のような切れ込みを入れる。切れ込みの後ろから杭を打ち込み、再びチェーンソーを入れると、ミシミシと裂けるような音がして木が倒れ込む。木は15〜20メートルあろうかという大きさなだけあり、倒れた瞬間、鈍い地響きを感じた。
同時に、あたりがパッと明るくなる。なるほど、これならば小さな木々にも陽の光が当たりそうだ。
デモンストレーションを見た後は実際にチェーンソーを持ち、倒れた木を数十センチ幅に切るという作業を体験した。伐採をする際に使用するチェーンソーよりも軽いと聞いていたが、持ち上げるとずっしりと重く、コントロールが難しい。数個切るだけでも一苦労だ。
日本の国土は7割弱が森林に覆われている。日本の木材を盛んに使用していた時代は「森の代謝」もよかったが、輸入材の増加により伐採が減ったことでそのまま放置され、古い木ばかりになった森や、個人に所有されているものの管理が行き届いていない森林なども多いという。
チェーンソーの重さとままならない操作を体験し、森林管理にかかる途方もない手間暇を生まれて初めて想像した。世界有数の森林国の住人として、一度は身をもって伐採を体験してみると良いかもしれない。
緑が濃すぎて黒いほうれん草を収穫
次の目的地に向かう道すがら、案内をして下さる現地の方と会話をしていると「ここは1400メートルだから、少し寒いですよ」「あと30分ほどで標高600メートルまで降ります」という具合に、話題の中に当たり前のように「標高」が登場することに気づいた。
それもそのはず、八ヶ岳エリアが重なる北杜(ほくと)市は、市内の最大標高差が約1000メートルもある。
ちなみに標高が100メートル変わると0.6度気温が変わると言われているので、同じ生活圏でも気温が6度変化するのだ。そのため生活に必要な情報として、自分の家やよく行く場所の標高を把握している人が多いそう。関東平野で生まれ育った私にはなじみのない、山間の地域ならではの文化に驚きを感じた。
ファーマン 井上農場
そうこうしているうちにたどり着いたのは、標高960メートルという高地にある「ファーマン 井上農場」。東京ドーム2個分以上の面積を有し、見渡す限りの畑が井上農場のものだというから驚きだ。ここでは野菜の収穫体験を行う。
畑に一歩足を踏み入れると、土のやわらかい感触が伝わってくる。赤カブなどの野菜が生い茂る畑を抜けて、今日の収穫対象であるほうれん草のエリアへ向かう。
久しぶりに土を触りながら、ほうれん草をカゴいっぱいに収穫していく。井上農場のほうれん草は一見黒く見えるほど緑色が濃く、生命力を感じる。
収穫したほうれん草は、贅沢にもその場でサラダとお味噌汁にして頂いた。
生のままかじると、噛み締めた食感がはっきりとわかるほど葉が分厚い。ほうれん草特有の青くささやえぐみがなく、食べたことのない葉物野菜の味がする。
濃い味の野菜づくりの秘訣は、農薬や化学肥料を使用せず、廃棄物を出さずに資源を循環させる「サーキュラーエコノミー」を取り入れた有機農法にある。どうりで虫食いがあったわけだと合点がいった。
「ヒシ」の説明をする代表の井上能孝さん
ほうれん草畑から少し離れた場所に目を向けると、何やら紐のような植物が干されている。実はこれ、水草である。夏場に大量繁茂し、生態系にさまざまな影響を与える「ヒシ」という水草で、堆肥化するために5日前に東京から運ばれてきたのだそう。
ヒシの他にも、八ヶ岳エリアの公園や企業から得た落ち葉や、農場で出た食べ残した食品、「有限会社天女山」が伐採体験などで切り倒した木をチップにしたものなどを畑の土と混ぜ合わせ、数カ月かけて堆肥にする。
でき上がったものは畑に撒かれ、やがて美味しい有機野菜を生み出す土壌になる……いう仕組みだ。伐採体験の伏線回収に驚いたが、八ヶ岳ではこうした循環型のサステナブルな環境保全活動が行われているそうだ。
天空1300メートルに流れる天の川…見たかった!
取材とは別日に撮影された八ヶ岳の夜空
ちなみに、八ヶ岳は日本三大星空名所に選ばれている。ホテルは標高1375メートルに位置するうえ、周囲には大きな建物がなく視界を遮るものも、光を放つものもない。絶好のコンディションで、シートに寝転がって星を眺めたり、天体望遠鏡を覗きながら「星空ソムリエ」から解説を聞くアクティビティが、このホテルの目玉だ。
しかし残念ながら、宿泊当日はあいにくの天気……。気持ちを切り替えて、雨天時のみ催される、ホテル室内での「ライブプラネタリウム」に参加した。
ホテル内で行われる「ライブプラネタリウム」
室内の椅子に腰掛け上を向くと、天井いっぱいに星が映し出される。晴れていればここから見えたはずの星空をプラネタリウムで投影し解説してもらえるのだが、これが本当に分かりやすかった。
銀河の話はあまりにも壮大でロマンを感じ、恥ずかしながら思わず涙ぐんでしまった。あいにくの天気でも楽しめる工夫がされているのはありがたい。
アクセスの良さから日帰り観光客も多いそうだが、旅行のメインイベントに星空観測をすえて宿泊するというのも贅沢で楽しそう。私もリベンジして、次回こそ満天の星空を観たい。
八ヶ岳の湧水で淹れた絶品コーヒー
森の小径クリーンハイク
前日とうって変わり晴天となった2日目、ツアーの最後に「森の小径クリーンハイク」を体験した。このクリーンハイクもサイトからの事前予約が必須。10月中までの実施のため注意が必要だ。
本来であれば山岳ガイドの元、4時間半をかけて5.5キロの道のりを歩きながらゴミ拾いをするが、今回はツアーの都合上、往復500メートルほどの短縮版を体験した。
長距離と長時間ということもあり本来のコースには若干気後れしてしまうが、道のりの殆どはゆるい下り坂。あまり心配しなくても大丈夫そうだ。
ガイドが準備するゴミ拾い用のトングとゴミ袋を持ち、いざ出発。高山植物が茂る遊歩道を進んでいく。
道の端をよく見ると、大自然には似つかわしくないプラスチック系のゴミが……。「こんなに自然豊かな場所にゴミを捨てるなんて……」と思わずつぶやいてしまう。
だが、ガイド曰く「必ずしも意図的に捨てられたゴミばかりではなく、ハイキング途中にポケットに入れていたゴミを誤って落としてしまったり、風で飛来してきたものもあるんですよ」とのこと。意図的にゴミを捨てる人は少なそうで、ホッとした。
プラスチックごみが環境に与える影響は有名だがおさらいしておくと、動物が誤って食べてしまう危険をはらむほか、紫外線や水流によって劣化してマイクロプラスチックとなり川や海に流出し、そこに住む生き物の身体に蓄積されてしまう危険性がある。
さらに身体にマイクロプラスチックが蓄積した生き物を食した人間の体にも健康被害を起こす可能性があるそうだ。実際に山梨県では河川へのマイクロプラスチック流出が問題になっており、調査が定期的に行われている。
日本有数の豊かな水源に恵まれる八ヶ岳エリア。この地からマイクロプラスチックが流出することは、なんとしても止めねばならない。
阿弥陀聖水
こうした解説を聞きながらゴミを拾っていると、あっという間に目的地の「阿弥陀聖水」に到着。ここは、知る人ぞ知る名水が湧く地なのだそう。
コップに汲んで一口飲んでみると、角がなくまろやか。大手メーカーのミネラルウォーターが八ヶ岳エリアで採水されているというのもうなずける。
こんこんと湧き出る水をたっぷりと汲み、アウトドアバーナーに火をつけてお湯を沸かす。ミルで手挽きしたコーヒー豆にお湯を注ぎ入れると、森林の澄んだ空気の中にふわっとコーヒーの香りが漂い始める。
ひんやりとした空気の中で飲む、名水で淹れたホットコーヒーの美味しさは格別だ。自然と「このきれいな水がたゆまず流れ続ける環境を守らねば」という気持ちになる。
この場所をクリーンに保つことが、目の前の八ヶ岳の水源と、遠く離れた海の生物と、ひいては自分たちを守ることにつながると思うと、ゴミ拾いにも力が入った。
自然の循環を身をもって感じる旅
森を管理し美しく保つことは、畑、水、ひいては海にまでつながる。自分がした行いは、めぐりめぐって、いつか自分の生活に還ってくることを学んだ旅だった。自分なりに行動出来ることを実践して、この美しい循環を止めないような暮らしをしていきたい。
今回の行程はツアーオリジナルのものだが、個人で各業者に予約すれば、同じ行程を楽しむことも出来る。今の時期、紅葉を愛でながらサステナブルな旅を楽しむのもよいかもしれない。アクティビティは冬季休業のものもあるので、訪れる際は事前に公式サイト等で確認と予約をお忘れなきよう。