REUTERS/Irene Wang
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
業績不振により外資系ファンドに売却されることが決まった老舗百貨店、そごう・西武。同社の労働組合が8月、百貨店業界としては61年ぶりとなるストライキを決行しました。労働組合と聞くと、賃上げや待遇改善を声高に要求するかつてのイメージがいまだ根強いですが、今回のニュースを見て「労働組合のあり方が変わってきている」と入山先生は指摘します。
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待遇改善よりも、経営方針を明らかにしてほしい
こんにちは、入山章栄です。
若い世代は知らないと思いますが、1970年代は日本でもストライキというものがよく行われていました。これは従業員が一斉に仕事を放棄することで、雇用主に待遇の改善や賃上げを要求する合法的な交渉方法の一つです。
最近はほとんど行われなくなりましたが、去る8月31日に百貨店のそごう・西武池袋本店が、ストライキをして話題になりましたね。
ライター・長山
大手百貨店ではなんと61年ぶりのストだったそうです。その舞台裏を取材したテレビ東京の番組『ガイアの夜明け』を見ていたら、労働組合の委員長の寺岡泰博さんという方が、なんだか私の中の労働組合委員長のイメージと違ったんです。
団体交渉の代表というと、一般には「戦闘的な人」というイメージがありますが。
ライター・長山
声高に権利を主張する方なのかな、という先入観があったんですが、長年デパートで接客をしてきた方だけあって紳士的な印象でした。さらに委員長職やストについても、「本当ならやりたくなかった」とおっしゃっていました。そういう人がストという方法をとったのも面白いですよね。
結局、そごう・西武の親会社であるセブン&アイ・ホールディングスは、そごう・西武を外資系ファンドに売却してしまったので、ストの効果はなかったとも言えますが、世の中に問題提起をした効果は大きいと思います。入山先生は今回の件について、どのようにお考えですか?
僕は今回のストライキは起きて当然だろうな、と思います。
今回の経緯を簡単に説明しますと、バリューアクト・キャピタルというアメリカのアクティビストファンドがセブン&アイに対して、「業績のよくないそごう・西武やイトーヨーカドーより、業績の好調なセブン-イレブンに集中しなさい」と要求した。しかしイトーヨーカドーはもともと祖業なので(セブン&アイの「アイ」はイトーヨーカドーの「i」ですね)、簡単に売れない。なので、まずはそごう・西武を売ろうということになった。
このあとの経緯はよく分かりませんが、セブン&アイが別の外資系投資ファンドであるフォートレス・インベストメント・グループにそごう・西武を売ると決めた後、あまり交渉がうまく進まず、けっこうモタモタしたんですね。
その途中で、セブン&アイはそごう・西武のお店のあり方をいろいろと変えた。例えば池袋本店の1階のテナントにルイ・ヴィトンが入っているのをやめて、彼らからするともっと収益性の高いヨドバシカメラをテナントにすると決めた。もちろんヨドバシカメラが悪いわけではないけれど、やはり一流ブランドのルイ・ヴィトンのほうが百貨店の顔としてふさわしいという意見も多い。
さらに、ヨドバシカメラは1階だけでなくデパートの半分近くのフロアを占めることになるので、そうなるとそごう・西武の社員が働くスペースが半減する。そこへさらに外資系ファンドに売却されれば、現在のような雇用の維持は難しいのではないか。組合側としては、このように考えてストに踏み切ったのだと思われます。
これは僕の理解ですが、かつてストが盛んだったころの労働組合は「給料を上げろ」という主張が専らだったけれど、おそらく今回のストはそうではなくて、経営方針がはっきりしないことが一番の不満だったのだと思います。
「百貨店が不振ならばヨドバシカメラをテナントにすればいい」というあたりが、もしかしたら組合の人たちには安直に見えたのかもしれない。また、ファンドに売却した後でそごう・西武をどのようにして再建させるかという道筋も見えなかった。自分たちがクビを切られるかどうかよりも、「経営方針としてあなたたちは何がしたいんですか? 本当にいい経営をしてくれるんですか?」と問い質したかったのではないでしょうか。
労働組合のあり方が変わってきている
ライター・長山
なるほど。普通、ストは利用者にとって迷惑なことなのに、今回は街の声も比較的好意的でした。SNSなどで「応援します」「従業員さんがんばって」というメッセージが多く寄せられたそうで、新しい時代のストだなと思いました。
いまの長山さんの話を受けて僕が想像したのが、組合のあり方が変わってきている可能性があるということです。なぜなら終身雇用ではなくなってきているから。
僕が新卒で三菱総研に入った時代は、「全員、労働組合に入らなければいけない」みたいな空気があって、僕も入社するとすぐに勧誘されました。でも僕は空気を読まずに、「これ、なんのために入るんですか? 断ってもいいんですか?」と聞いたんです。すると「いや、みんな入るものなんだよ」と言われた。それで「どういう意味があるんだろう」と思いながらも、当時の僕はまだ組合のこともよくわからないからそのまま加入して、1、2回組合の集まりにも出席したけれど、なんでこんなに不毛な討論に半日もかけるんだろうと思っていました。
いま思えば、あれは終身雇用時代ならではの現象だったと思います。本当に実力主義の会社なら黙っていても能力に応じた給料になるし、もし自分の能力が発揮できないなら辞めて転職すればいいわけです。でも一生この会社から出られないから、「ボーナスを増やせ」とか「給料上げろ」と訴えていた部分もあったのかもしれませんね。
しかし、いまはだいぶ終身雇用が崩れているから、組合のあり方も変わってきている。雇用の維持や待遇改善ももちろんあるけれど、本質的には「本当にいい経営をしてくれ」という要求に変わってきているのではないでしょうか。
ライター・長山
組合が経営の質そのものを問う時代になったということですね。
そうですね。経営陣に任せていたら、この会社はなくなってしまうかもしれない。それは従業員にどうにかできることではないかもしれないけれど、黙って見ているわけにはいかない。会社がなくなる前に、「きちんとした経営をしているんですか」と問いかけたい。
僕は、今回のセブン&アイの経営判断は決して悪いものではないと思います。ただ、その経営戦略の狙いや将来展望に関するコミュニケーションを、十分にはし尽くせなかったのかもしれませんね。
すべての労働組合活動がそうだとは言いませんが、今回のそごう・西武のケースは、そういうことなのかなと思います。
業界単位の組合があるアメリカ
BIJ編集部・常盤
アメリカでは近ごろ、ストライキが多いですよね。全米自動車協会もいまストライキ中ですし、少し前は全米脚本家組合や全米映画俳優組合もストライキをしていました。
そうですね。アメリカと日本の組合の違いは、アメリカは産業単位で組合があることです。アメリカは雇用の流動性が高いので、会社を辞めても転職できる。でも業界は簡単に移れないでしょう。やはり経験のある業界のほうが転職しやすいから。
ダメな会社から逃げるのは簡単だけれど、業界の構造的な問題があるときは、業界全体を改革しなければならない。だからアメリカでは業界の根本的なあり方を変えるために業界別の団体があります。自動車もそうだし、ハリウッドもそうでしょう。エンタメ業界全体を変えていこうとしている。
日本は会社ごとの組合はあるけれど、業界ごとの組合が少ない。一つひとつの会社は業界全体に比べれば力が弱いから、業界を根本的に変えることにならないし、政府へのロビー活動もうまくいかない。日本では、会社ごとの組合の次に大きな組織は、いきなり連合(日本労働組合総連合会)になってしまいます。連合は規模が大きすぎるので各論の話ができない。だからどの業界でも共通の課題、つまりベースアップや雇用の維持という要求になる。業界別の組合がないのは、日本の課題だと言っていいでしょうね。
ライター・長山
それでいうと今回のそごう・西武のストは、同じ百貨店の髙島屋や三越伊勢丹の労組も支持を表明しているんですよ。
だとするとまさに業界ごとの労組活動の動きが、日本でも起き始めているのかもしれませんね。
BIJ編集部・常盤
私は新卒で入った出版社が組合の強い会社だったので、2回くらいストを経験しました。でも当時は私も入山先生と同じで、わりと冷めた組合員だったと思います。
一方で、いま勤めている会社には組合がないんです。だからたまに、会社との対話の場を設けてほしいなと思うことはあります。
仮に経営陣との対話の機会があったら、どういうことを話したいですか?
BIJ編集部・常盤
例えば会社が大きな投資を決めたということが、決定事項として知らされたとします。そんなときは、なぜその結論に至ったのかというプロセスも含めて、詳しく知りたいと思いますね。もちろんコンフィデンシャルなこともあるでしょうけど。
やはり経営の透明性が求められる時代になったということですね。社員一人ひとりが、「ちゃんと私たちに、それなりに情報を開示して、きちんと説明したうえで意思決定を表明してください」という意識を持つ時代になってきている。
BIJ編集部・常盤
そうですね。やっぱり納得して働きたいですものね。「よく分からないけど、上からやれと言われたからやってます」というのでは、モチベーションが湧きませんから。
そう考えると、今回のそごう・西武のストは納得いきますね。
BIJ編集部・常盤
みなさんの会社ではいかがでしょうか。古臭いと思われがちな労働組合ですが、働く環境をよくする力を持っているかもしれません。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。