アドビは10月10日(現地時間)にAdobe MAX 2023の基調講演を開催。発表された新機能のいくつかは即日ユーザーが利用できるようになっている。
撮影:小林優多郎
AIが生成した成果物を見る機会は日に日に増えている。
PhotoshopやIllustratorといった定番クリエイティブソフトを開発するアドビも、生成AIを使った機能に力を入れている。生成AI機能を使ってクリエイターやマーケターの生産性向上を狙い商品価値を上げようというのが、同社のビジネス戦略だ。
ただし、生成AIにはまだまだ課題が残っている。その一つが安全性だ。
多くの人が現実のものと見まごう画像を作れるのなら、悪意をもって嘘の画像や情報を氾濫させようとする人が出てくることは想像に難くない。
そんな課題を解決するため、アドビやサービス事業者、カメラメーカーは生成AI機能と共に「コンテンツの来歴」について取り組んでいる。本稿ではアドビが年次イベント「Adobe MAX 2023」で発表した最新情報やインタビューをもとに解説しよう。
コンテンツ認証情報が動画に対応。対応カメラも年内登場へ
さまざまな画像が生成AIによって作られている。
撮影:小林優多郎
コンテンツの来歴とは、そのコンテンツがどのような出自の素材をもとに、どのような加工を経て、誰がいつ作成したものなのか、という情報だ。
注意したいのは、来歴情報は「そのコンテンツの真偽」を保証するものではないという点。
コンテンツの来歴がしっかりしていて、その情報をあらゆる人が確認できるのであれば、真偽を判断するための要素が1つ増えるというアプローチだ。
また、来歴情報にはコンテンツを作る上で使ったツールも保存できるため、その画像がどの生成AIサービスで作られたか判定もできる。
VerifyページでAdobe Fireflyで出力した画像を確認したところ。
画像:筆者によるスクリーンショット
この情報を使えば画像検索や投稿サービスなどで「生成AIで出力した画像を除くこと」が、より高い精度で可能になる(現在あるこうしたサービスのほとんどは投稿者の自主申告に基づいている)。
アドビは2019年から、Twitter(当時、現X)やThe New York Timesと共に立ち上げたコンテンツ認証イニシアチブ(Content Authenticity Initiative、以下CAI)で、この来歴情報の標準化や普及に取り組んでいる。
すでにPhotoshopやLightroom、Firefly Web版では、出力する画像にCAIの定義する標準規格(C2PA)に則った来歴情報を付与する「コンテンツ認証情報」機能がベータ版ながら誰でも利用することができる。
コンテンツ認証情報がついた動画を対応プレイヤーで再生しているところ。なお、10月18日時点でAdobe Premiere ProやAfter Effectsで動画素材に対しコンテンツ認証情報を付与する機能は実装されていない。
撮影:小林優多郎
今回のMAX 2023では、CAIに関するいくつかの進捗が公表された。
まずは、従来までは静止画での利用に留まっていたユースケースを動画に拡大した。
来歴情報が付与された動画を対応のプレイヤー(デモではdash.jsのプレイヤー)で再生すると、来歴情報をブラウザー上で確認できる。
改変されたところは赤いシークバーで示される。
撮影:小林優多郎
また、動画は静止画と違ってタイムコードがある。再生箇所によって使っている素材も編集方法も変わってくる。
MAX 2023で公開されたデモでは、動画プレイヤーの再生ゲージの色で改変された跡が分かるようになっていた。
左からコンテンツ認証情報の新ロゴと、組織としてのCAIのロゴ。
撮影:小林優多郎
また、CAIは新たに「CR」と書かれたコンテンツ認証情報アイコンを発表した。
MAX 2023ではCAIのメンバーでもあるニコンのカメラ「Z9」の試作機や、ドイツの老舗カメラメーカー・ライカが2023年内発売する予定の新型カメラが展示された。両機種ともにコンテンツ認証情報が付与された写真をプレビュー表示した際、CRアイコンが出るようになっていた。
ライカ製新型カメラのコンテンツ認証情報に関する設定画面。
撮影:小林優多郎
ユーザーへの認知はどのぐらい進められるか
コンテンツ認証情報自体は一歩一歩ゆっくりだが、進んでいる。
CAIにはアドビ以外にもマイクロソフトなどのテック企業やストックフォトのゲッティイメージズなどが参加し、加盟社数は2000近くになっている。
アドビ以外の具体的なツールにもコンテンツ認証情報を付与する動きは波及し始めている。マイクロソフトの場合は同社の生成AI関連サービスである「Bing Image Creator」や「Microsoft Designer」(今後対応)から出力した画像にコンテンツ認証情報を付与する。
アドビは生成AI技術「Adobe Firefly」の開発に関する4原則に「コンテンツ認証情報のサポート」を掲げている。
撮影:小林優多郎
とはいえ、いち消費者としては、いまいち盛り上がりに欠けているようにも思える。
コンテンツ認証情報は、専用のWebページ「Verify」に画像をアップロードするだけで誰でも無料で確認できる。
ただ、ユーザー側がコンテンツ認証情報やそれを確認する方法をよく知らないのが現状だ。鶏と卵どちらが先か、という話にはなるが、コンテンツ認証情報が付与されたデータが増えてもユーザーが確認する術を知らなければ価値は半減だ。
理想的な活用シーンで言えば、例えばSNSで気になる画像が流れてきたときに、簡単なアクションでコンテンツ認証情報を確認できるようになっていたり、専用のカメラやアプリではなく、スマートフォンの標準のカメラやアルバムアプリで活用できることが望ましい。
現実は、CAIの創立メンバーでもあるX(旧Twitter)も、イーロン・マスクの買収以降、特に大きな動きがなく、前述のような機能を提供しているSNS事業者はいない。
検索最大手およびOS「Android」を提供するグーグルも、iPhoneの開発元であるアップルも、そもそもCAIのメンバーではない。
コンテンツ認証イニシアチブ担当シニアディレクターのAndy Persons(アンディ・パーソンズ)氏。
撮影:小林優多郎
こうした状況に対し、コンテンツ認証イニシアチブ担当シニアディレクターのAndy Persons(アンディ・パーソンズ)氏は「私たちはすべてのスマートフォン・メーカーと非常に心強い会話を続けている」と、引き続き交渉段階にある旨を説明している。
また、グーグルの場合は、自社のAIサービスとアドビの生成AI「Firefly」を接続する連携機能を発表しているが、グーグルの生成AIサービスから出力される画像については、C2PAとは違う、生成AIで作った画像を示すための電子透かしが付与されている。
グーグルの電子透かし技術についてパーソンズ氏は「グーグルは(電子透かし技術を)どのように機能するか、あまり多くの情報を公開していないので、詳細についてはコメントできません」と述べている。
加えて「時間をかけて、私たちはこれら(グーグルの電子透かしとCAIのC2PA)のアイデアが一緒になるのを見たいと思っています」と、今後の連携を模索していきたい姿勢を見せている。
ブラウザー拡張機能が今後登場へ
CAIのChrome拡張機能のデモ。表示しているWebサイトの画像にコンテンツ認証情報が付与されている場合、対象の画像をリストアップして詳細を確認できる仕組み。
撮影:小林優多郎
アドビがMAX 2023に合わせて発表したリリースには書かれていないが、CAIは今後Chromeなどのブラウザーで使える拡張機能のリリースを控えている。
この拡張機能をインストールすると、表示したWebサイトの画像にコンテンツ認証情報が含まれる場合、前述のCRロゴが表示され、ロゴをクリックするとその場でコンテンツ認証情報の詳細を確認できるようになる。
拡張機能をインストールしたブラウザーの場合、コンテンツ認証情報が付与されている写真には、左上にCRロゴが表示される。
撮影:小林優多郎
パーソンズ氏はCRロゴの発表などMAX 2023で発表した取り組みによって「消費者がますます(コンテンツ認証情報を)利用できるようになる」と述べ、「今後2、3年のうちに、C2PA規格とコンテンツ認証情報がより広く採用されることになると思います」と展望を語った。
(取材協力・アドビ)