「歴史」というテーマを興味深く扱い人気を博しているPodcast番組「COTEN RADIO(コテンラジオ)」。かなりディープな内容ながら、ビジネスパーソンをはじめとして、「歴史に疎い」と自認する人たちにも支持されている。
立命館大学映像学部の准教授である竹村朋子氏も、同番組のリスナーの一人。コテンラジオのメインパーソナリティである深井龍之介氏とともに、歴史を知る意義やメディアの今と未来について語った。
歴史を社会学的に考える「COTEN RADIO」というメディア
立命館大学では社会学で博士課程を修了し、現在は映像学部映像学科の准教授として「デジタル時代のメディア利用行動」などを研究テーマとしている竹村氏。博士課程では、2013年当時、日本人より動画の視聴頻度が高かった韓国人の行動を研究し、論文にまとめている。
「もともと歴史には疎かったのですが、知人からコテンラジオを教えてもらい聴くようになりました。現代とのつながりを話してくださるのでとても興味深いですね」(竹村氏)
歴史好きでなかった人をも魅了するコテンラジオ。その面白さはどこにあるのだろうか。
「僕も大学時代に社会学を学んでいました。先生の前で言うのもおこがましいのですが、社会学って、データを集めるのが難しい。だから、社会学的思考を使って、データが豊富にある歴史を扱っているんです。
例えば『キリスト教』や『仏教』のそれぞれに詳しい人はいても、『キリスト教と仏教の違いは何か』と語る人は意外といなかった。歴史を構造的に分析して、因果を見ていく人は少ないんです」(深井氏)
ただの歴史番組ではなく、これまでにない角度で歴史を説明してくれるコンテンツ。さらに、ビジネスパーソンに「歴史を学びたい」ニーズがあった、と深井氏は分析する。
「時代の変化が速く、現代の情報だけでは未来が見通せず困っている方が多い。大量の情報が蔓延していますが、本当に必要な情報が少ない。僕は古典が好きで勉強してきたので、ヒントになる情報が古典にあると知っている。
ただ、近代以降は専門分野が細分化して、学者兼ビジネスパーソンという立場の人が非常に少ない。だから僕やコテンラジオが、学問とビジネスの橋渡しをする部分のニーズを満たしていると認識しています」(深井氏)
同じコンテンツを受け取れば同じ情報を得られると考えがちだが、前提知識がある人とない人では、得る情報が異なる。実際には、映画やアニメといった多くのコンテンツに歴史の要素が含まれている。
「だからといって、1から歴史を学ぶ気持ちにはなかなかなれない。どうしたらいいのかと思ううちに、時間が経っていく」と竹村氏。
「スターウォーズはローマ元老院の話だし、鬼滅の刃は大正時代の話。でも、その中で描かれる歴史を知らないことにコンプレックスを覚える人もいたようです。
歴史の知識があれば、映画やアニメを見る際に面白がれる部分が多い。それは現代を見るときにも同じで、国際情勢、市場の動きなど、歴史を知ればビジネスに関わることの解像度も上がっていきます。それが、快感になるのだと思います」(深井氏)
情報は多いように見えて、足りていない。情報疲れと認知の限界も
ビジネスパーソンが「知識が足りない」と気づけるのは当たり前ではない、と竹村氏は言う。
「たくさんの情報が入ってくるので、『足りている』と認識している人が多い。学生に最近のニュースを聞くと、ニュースという定義自体が変化していると思わされます。
学生にとってはSNSで流れている芸能情報やゴシップがニュースという場合もあります。そんな中で、『知識が足りない』と気づくことも難しくなっているのではないでしょうか」(竹村氏)
情報が多すぎて捌ききれないため、あえてメディアをシャットアウトしている学生も少なくない。
「学生の好みも細分化していて、私たちの頃にはあった『みんな知っているよね』という存在がない。疑問が生じたときに、答えまでたどり着くのが大変そうではあります」(竹村氏)
ここ10年だけを見ても、メディアの形は刻々と変わっている。今後の変化も間違いないが、その方向は誰にも分からない。一方、歴史を見ている深井氏は「ある程度の予測はできる」と言う。
「竹村先生のおっしゃるように、現代はみんなが違うものを見ているので、国民全体が同じ方を向くといった現象は起き得ない。国際情勢でも、アメリカの一強時代は終わりを迎えつつあります。
例えば身近なNetflixなら、以前は海外のコンテンツといえばアメリカ中心でしたが、今は韓国やトルコ、ポーランド、ドイツなど多種多様。視聴者にパーソナライズされるのが当たり前になっています。でも僕は、この現象がずっと続くとは思っていません。歴史は分散と収束のサイクルを繰り返しており、次は収束の時代が来ると予想しています」(深井氏)
深井氏が例に出したのは「ローマ帝国の衰退のあとにゲルマン人の諸王国が建国された」「キリスト教教会が力を弱めたあとヨーロッパ各地に国民国家が成立した」など、歴史的に何度も繰り返されたサイクルだ。
「今の情報量の多さは、ホモ・サピエンスの認知限界に達している。今後、情報はシンプル化して、信頼する人の情報だけを聞こう、という考え方が増えると思います」(深井氏)
深井氏は、世界中の人々が多すぎる情報に疲れ、インプットをシンプルにしていくだろうと予想する。竹村氏も、学生の行動にその片鱗を感じるという。「情報を減らしたい」という欲求だ。
「学生も情報量の多さに疲れているようです。メディアだけでなくLINEすら遮断する学生もいます。Instagramで、友人の『親しい友達』に自分が入っていないことを気にするなど、オフラインとオンラインの付き合い、プライベートな情報とマスメディアからの情報が混ざり合っていて大変なんでしょう」(竹村氏)
「そのような情報疲れから、今後10年以内くらいに、権威主義的なメディアやSNSが登場すると予想しています。『何でも言っていい場所』がなくなり、インターネット上で誹謗中傷できなくなる。
『誰でも発信する』という状態ではなくなっていくと思う。村社会のように分散して、その中で権威的な人物が何人も登場する。例えば、イーロン・マスクはその一人。そんななかで、ヒトラーみたいな人が出てこないよう、我々は歴史を学ぶ必要があるんです」(深井氏)
世界の歴史を知らないのは、記憶喪失になっているようなもの
現在、深井氏が代表を務める株式会社COTENでは、世界史のデータベース化を進めている。
「第二次世界大戦が起こり、現代人はそこからたくさんのことを学びました。ところが、100年後に忘れて、戦争について一から考える羽目になったら怖い。世界を指先ひとつで滅ぼすこともできる状況だからこそ、人文知が必要なんです。
人文知は世の中にすでに存在し、書店にも図書館にもある。でも、適材適所で引き出すのがとても難しく、時間もお金もかかります。だから、データベース化して検索可能にするんです」(深井氏)
歴史を含む人文知に対して、竹村氏も必要な情報の見つけにくさを感じている。
「学校教育では『歴史は歴史』『過去のこと』と学ぶからなのか、現代とつなげるのが難しい。でも、コテンラジオを聞いていると、今の自分たちとのつながりを感じられます。同様に、先日訪れたワシントンD.C.にある国立アメリカ歴史博物館の展示の仕方に感心しました。時代ごとの区分ではなく、『Communication』『Cooking』といったテーマごとに分かれていていました。
そうすると、現代の情報技術や料理に至るまでの流れがわかるので、過去の歴史を身近なこととして捉えられるんです。時間のつながりを感じられる展示でした」(竹村氏)
歴史を分断させずに、今につながる流れとして見ると、「興味がない」「知らない」では済まされないと分かる。歴史を知らずに未来を考えるのは大きなリスクなのだ。
「民主主義の今後を考えようとしても、民主主義の歴史を知る必要があります。例えば記憶喪失になり、自分に過去の記憶がないと考えてみてください。自分に対する理解度が浅くなり、将来のことは考えにくいですよね。
つまり、過去を知らないと今後の戦略が立てられない。特に大きな事業を成り立たせようとしている人は、世の中への理解、つまり過去の出来事を捉えるのは必須だと思います」(深井氏)
「株式会社」やアカデミアの未来、これからの働き方は?
竹村氏は、日々学生とやりとりしながら、働き方の変化も感じている。
「映像学部ということもあり、必ずしも大企業に就職するわけでもない。フリーランスとして活躍している卒業生も多い。すでに、働き方はいろいろな形になっています」(竹村氏)
深井氏も、コロナ禍を経て働き方の変化を感じつつ、今後の展開に仮説を持っている。
「僕の予想では、リモートワークはこれ以上進まないと思っています。どちらかというと、逆戻りするでしょうね。ある程度の頻度で会わなければ信頼関係が構築できない、と感じる人は増えると思います。
また、生活コストが上がった分は頑張って報酬を上げる、という今までの考え方は終焉する。コミュニティを形成して助け合うなど、生活コストを下げる方に向かうと思っています」(深井氏)
深井氏は、歴史を俯瞰して見るだけでなく、現代の空気も感じ取り、その両面から未来を予想する。
「ほかに、株式会社の機能の拡張があると思います。国や行政の仕事だった範囲の福祉領域などが、株式会社に巻き取られていく。
あるいは、ソーシャルグッドな活動がしやすいよう、株式会社の次の器が法制度の上で生まれる可能性もある。国ができなくなった仕事を他の誰かが巻き取るのは、過去から繰り返されていて再現性があります」(深井氏)
「そうなると、アカデミアの意義って何だろう?と思ったりします」と竹村氏。「社会とのつながりが少なく、何のためにやっていて、何に貢献しているのだろう?と考えるともやもやして……」
竹村氏の疑問には、「アカデミアは変わらないでいてほしい」と深井氏。
「過去に、キリストやルソーが出てきたときにも、社会に影響を与えると予想できませんでした。ソーシャルインパクトの大きさが登場当時に分かっていたことは、過去に一度もなかったんです。
だからこそ、現代人の認知で『意味がある』と思われていることだけを研究しても発展がない。それは歴史が証明しています」(深井氏)
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■プロフィール
竹村朋子
立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。博士(社会学)。2015年度より、立命館大学映像学部に所属。博士論文は、韓国の若者によるオンライン映像視聴行動に関する研究。現在は、高齢者を対象に、デジタルメディアに関する利用行動と高齢者の間で生じるデジタル格差、健康情報を理解したり活用したりする力であるヘルスリテラシーと新型コロナワクチン接種との関係に関する研究などを進めている。
深井龍之介
株式会社COTEN 代表取締役 CEO。複数のベンチャー企業で取締役や社外取締役として経営に携わりながら、2016年に株式会社COTENを設立。ミッションに「メタ認知のきっかけを提供する」を掲げる。2500年分の歴史事象を体系的に整理し、人類の叡智を網羅的に探求できる世界史データベースの開発に取り組む。