芥川賞作家・高瀬隼子さんが、新刊の発表に合わせインタビューに応じた。
撮影:稲垣純也
『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞した作家・高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)さん。
芥川賞受賞から約1年、2023年10月に発売した新刊『うるさいこの音の全部』は、ゲームセンターで働きながら小説を書く女性が主人公で、その作品が芥川賞を受賞するというストーリーだ。
高瀬さん自身、週5日は会社員として働きながら小説を書き続けており、自身の経験と小説がリンクする部分も多い。
高瀬さんはなぜ「働く人」を小説で描き続けているのだろうか?
「働いて生活するのが身近な世界」
芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』は、職場における人間関係の描き方が称賛された。
撮影:稲垣純也
「私は10年以上会社員をしていて、周りの友達も割とみんな働いています。私は専業主婦も職業だと思っていて、私にとって働いて生活していることが身近なその世界。身近なところに手を伸ばしたいと思っています」
芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』は、食品ラベルの製造会社の支店を舞台に、社員らの複雑な空気感を生々しくリアルに表現した。
芥川賞選考委員の作家・松浦寿輝氏は選評で、この作品を次のように絶賛した。
「プロットの主軸は三角関係だが、そこに職場の上下関係、仕事における能力差、正規職員と非正規職員の差など複雑なベクトルが交錯し、基層には怨望、嫌悪、競争心など社会的配慮からはっきりとは口にされない情緒的なマグマが底流する」 (『文藝春秋2022年9月号』 より)
重要ポジションに男性だけ
高瀬さんの小説には、“働く女性の苦しさ”も印象的に描かれることが多い。
「喫煙所でタバコを吸う男性のコミュニティーとか、飲み会で仲のいい男性グループのつながりとか、女性は入っていない場所で物事が決まって終わっていくことがあるなと感じます。そんなことまだあるのと思われそうですけど。
昔と比べたら女性管理職が増えてきてはいますが、重要ポジションの部署の管理職はずっと男性のままということもあります。違う企業に勤めている友達も同じことを言っていたので、日本の現状なのだと思います」
ただし高瀬さんは、意識して小説で女性の働きにくさを描いてはいないという。
「働く人という意味では、私も何千万人のうちの一人に過ぎません。私の小説を読んで何かを感じてくれることはもちろんうれしいですが、読者を励ますというより、むしろ一緒に頑張りましょうみたいな気持ちがあります」
作家と作品の関係に悩む主人公
2023年10月に発売した最新刊『うるさいこの音の全部』
撮影:稲垣純也
最新作『うるさいこの音の全部』は、作品と作家の関係について正面から描いた作品だ。
同作品の主人公・長井朝陽は、文学賞の受賞をきっかけにペンネームで小説を書いていることを職場に知られてしまう。朝陽は職場で働く自分と作家である自分を同一視する周囲に猛烈な違和感を感じるようになる。
「昼間どんな仕事をして、子ども時代はどんな性格で、学校ではどんな立ち位置にいた子で、小説以外の趣味はなにがあって、運動をするのかしないのか、お酒は飲むのか、煙草は吸うのか、結婚はしているか、子供はいるのかといった、一層外側のことばかり興味があるのだ」 (『うるさいこの音の全部』より)
なぜ、会社員として働く作家の悩みを描いたのか? 高瀬さんは新作についてこう話す。
「(作家と作品の関係について)覚悟を持って書いたわけではなくて、あんまり考えずに書いてしまったのが正直なところです。
ただ自分の手を離れて読んでみると、自覚的というよりは、お腹の下にあったんだなとは思います」
「小説家が実在している感覚がなかった」
大学で作家・平野啓一郎さんらの講義を聞き「小説家が実在することを実感した」という。
撮影:稲垣純也
高瀬さん自身も、「私の趣味としては作品は作品。作者とは切り分けて考えている」と話す。
「愛媛県出身で大型書店が地元にはなく、小説家のサイン会なども一切ありませんでした。
なので本をたくさん読んでいた10代の頃、そもそもその小説家という人がこの世に実在している感覚がなくて。本の背表紙にある名前みたいに、字面で存在していました」
その印象が変わったのは立命館大学在学中のこと。作家・平野啓一郎さんがゲストティーチャーだった講義を聴講したことだった。
「教室の一番後ろから『あれが小説家か』と。あんな素晴らしい作品を書いた、尊敬している作家さんが、本当に存在してくれていることを実感しました」
その後、森見登美彦さんや三浦しをんさんの講演も聞くことができたという。
「やっぱりお顔を見ちゃうと、もっともっと好きになるじゃないですか。出ている本も全部買わなきゃって」
「とにかく消えずに書き続けたい」
撮影:稲垣純也
『うるさいこの音の全部』では、主人公・朝陽がインタビューや取材に追い詰められる場面が何度も登場する。
「書かれていることは、確かに自分が話したことだった。ニュアンスを誤解された記事でもないし、当然、捏造された内容が付記されているわけもない。ただ自分が話したことが、記者やインタビュアーの言葉でまとめられている。それがどれもこれも、嘘にみえる」(『うるさいこの音の全部』より)
「この感想は、あくまで主人公の朝陽がそう思っているということです」と説明する高瀬さんだが、取材ではいつも緊張するという。
「たぶん今日の夜ぐらいに『変なこと言っちゃたんじゃないか』と気になります。シャワーとか浴びながら、シャンプーを流し終わった後でシャワーに打たれてながら思い出します。
インタビューを受けるのは『本が売れてほしい』という一心でやっているというのが正直あります。インタビューか何かで本を知って、1人でも買ってくださる方がいるならいいなと思います」
週5日の会社員生活を送りながらも、芥川賞受賞後にすでに単行本2冊を発売した。
「今は本当にもう消えないように何とかしがみついて描き続け、編集者の方を離さないぞっていう気持ち。
とにかく消えずに書き続けられる小説家になりたいとずっと思っています」