芥川賞作家・高瀬さんは、週5日は会社員としても働いている。
撮影:稲垣純也
約10年間、小説の新人賞に落選し続け、2019年に作家デビューを果たした高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)さん。
デビュー後1作目で芥川賞にノミネートされ、次作『おいしいごはんが食べられますように』で芥川賞を受賞。芥川賞受賞後も1年間で2冊の単行本を発売した。
次々に作品を発表し続けている高瀬さんだが、実は週に5日は正社員の会社員として働きながら小説を書く“兼業作家”でもある。
2つの仕事をどう両立させているのか?(聞き手・横山耕太郎)
就業後10時までカフェで執筆
メディアの取材を受けたこの日は、「職場に休みをもらった」という。
撮影:稲垣純也
──いつ小説を書かれていますか?
週5日は、都内の職場で事務の仕事をしています。
繁忙期でなければ夜7時頃に仕事が終わることが多いのですが、7時半ぐらいからカフェや図書館に行って小説を書いています。
カフェは10時閉店が多いのですが閉店までいます。長居して迷惑かもしれないので、ちゃんと2〜3杯はおかわりします。
夜10時過ぎには家に帰りますが、家に帰るとYouTubeやSNSを見て必ずさぼってしまい、11時ぐらいになって「まずいまずい」とまたパソコンを開くことが多いです。
──寝不足になりませんか?
夜6時間は寝ないと頭が働かないので、朝7時に起きるためには午前1時には寝ないとまずいです。でも夜に小説を書いていると、午前0時半ぐらいから、急にめちゃくちゃのってくるときがあります。
そうなると寝る時間になっても、『あと1時間半ぐらいはのってるぞ』となって、結局、書き進めてしまうこともあります。しかものっている時は頭が働いているので、なかなか寝付けないことがあります。
寝る時は水を飲んで電気を消して、ホットアイマスクをして、体をしっかり布団の中に入れて温め、あえてあんまり興味がないラジオ番組をかけて、30分で切れるようにタイマーをセットします。
それでも眠れない時は20分くらいでホットアイマスクが冷たくなってきて、やがてラジオも切れてしまって……。そんなときが一番つらいです。
でも職場にとっては、私が小説を書いていることは何の言い訳にはならないので、めちゃくちゃ眠いときは朝からレッドブルを飲んで出勤しています。
落選しても、10年間かならず応募
高瀬さんが発売した著作の一部。
撮影:稲垣純也
──小説と仕事を両立させるうえで、どこに大変さを感じますか?
小説を書くこと自体はつらくはないのですが、小説が出てこなくてつらいことはあります。もう3時間パソコンの前にいるのに全然出ないとか。小説をやめたいというのではなくて『なんでこの1行が出ないんだ』という感じです。
職場の繁忙期には夜10時、11時ぐらいまで仕事をする日が続くのですが、そうなると単純に頭がもう疲れてしまう。それでも締め切りは締め切りであるので、「2時間だけでも書こう」となるのですが、頭が疲れているので全然進まないんです。そういう時期は体力的につらいですね。
──仕事以外の時間を使って勉強したり、副業したり、何かを継続したりするのは簡単ではありません。継続のコツはありますか?
私が何かを言える立場では全然ないんですけど、自分もデビューまでは新人賞の落選が10年ぐらい続いていました。
毎年3月にいくつかの新人賞の締め切りがあるので「この賞に出す」と自分で決めて、大学2年生のときからそれは絶対に守っていました。
やっぱり仕事も忙しいし、社会人になって最初の頃は覚えることも多いし、なかなか書き終わらないし、どうせ応募しても落選だろうとは思っているけど、でも出さないと次に行けない、「とにかく絶対に終わらせて出す」ということは決めていました。
継続するために、自分で何か締め切りを決めるのはいいことだと思います。
「小説を読むと仕事がはかどる」
最近では、音声で小説を聞くこともあるという。
撮影:稲垣純也
──仕事がつらい、働きたくないと思うこともあると思います。そんな時におすすめの小説はありますか?
仕事がうまくいかないときや、めっちゃミスしてへこむみたいなときに、1冊でバーンとお薬みたいに効く小説は、私の場合はない気がしています。
ただ好きな本を読んで小説の世界にはまり込んで、頭の片隅では自分の生活のことを考えていると、途中で「あれってそういうことだった」と気づくことがあります。
最近では桐野夏生さんの小説を読んでいるとき、なぜかそんな読書体験が多いです。桐野さんはいろいろな社会問題をスピード感を持って、とても深く鋭く書かれています。
自分と違う世界だと思っていたことでも、桐野さんの小説の世界と、自分の人生とがリンクしてくる感覚がある。読んでいる間、ずっと頭の中に自分の生活と現実と、桐野さんの小説があって、なんかすごく仕事が捗るんですね。二つの世界と自分がつながって脳みそのバランスが取れていく感覚で、それで繁忙期を乗り越えたりします。
あと繁忙期で、頭も目も手も体も疲れているときは、最近ではAudible(オーディブル、Amazonの音声配信サービス)で小説を聞いています。
朝の通勤電車で、目も開けてられないぐらいしんどいときもあるじゃないですか。そういう時は目をつぶって聞いています。
初めて読む小説ではなく、再読で使っています。今は小川哲さんの『ゲームの王国』を聞いています。上下巻で長いので、この2週間ぐらいずっと聞きながら通勤しています。
「自分に合う本に出会っていないだけ」
撮影:稲垣純也
──最新作『うるさいこの音の全部』では、小説を読まない人物も多く登場します。小説を読む価値はどこにあると思いますか?
私の周りにも、小説を読まないひとが多いです。
小説家の立場からすると、「面白いのにな、読んでほしいな」と思っていますが、無理やり読むものでもないとも思います。
ただ、自分に合う本に出会ってないだけじゃないかという思いもあります。
「純文学って難しいんでしょう」とたまに言われますが、「難しいのもあるけど、難しくないのもある」としか言えません。
「本」とひとくくりにしても、難しい純文学もあれば難しくない純文学もあるし、ミステリーもホラーもあるし、エンタメもいっぱいあるじゃないですか。
全部ひとくくりに「本が無理」と言うのはもったいないなと思っています。文字を読むのが嫌いなら、Audibleもあります。
自分と違う人生を生きている主人公や、自分と全く違う世界が描かれている物語を自分の中に持つだけで、すぐには役立たなかったとしても、それに助けられてきた感覚が私はあります。
「私は今自分の世界でがんばっているけど、ああいう世界もあるし、ああいう人もいるもんな」とか。自分の中にそういう思いがたまっていくことで、救われてきたと思います。