パレスチナ危機の緊迫度が増す中、岸田首相が中東4カ国の首脳に緊急電話会談を持ちかけたことはあまり知られていない、いや、ほとんど無視されている。
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バイデン米大統領がイスラエル支援に走る一方、習近平・中国国家主席とプーチン・ロシア大統領が北京で会談、パレスチナ支持で一致。超大国の動きが際立ったその夜、岸田首相は首相官邸からサウジアラビアなど中東4カ国首脳に電話し、「対立の過熱の回避」を働きかけていた ——。
日本メディアを含め世界のどこからもほぼ注目されず、実際にあまり意味のなかったこの岸田外交は、多極化する世界からはじき出される「疑似大国ニッポン」の姿そのものだった。
サウジとイランの国交正常化が「全ての始まり」
ウクライナ問題に続くパレスチナ危機は、世界秩序のパラダイム(主要規範)の転換を促すことになると筆者は考えている。米欧などで先進国主導の秩序が崩れ、途上国を中心とするグローバルサウスの影響力が強まり多極化がさらに進んでいくだろう。
パラダイム転換の「種」を撒いたのは、中国の仲介によるサウジアラビアとイランの関係正常化(3月)だった。
両国の動きに慌てたバイデン政権は、「失地回復」に向けてサウジとイスラエルの関係正常化を急いだ。
しかし、アメリカ主導の世界は戻らなかった。それどころか、パレスチナ国家の承認という基本枠組みが蔑ろにされるのを恐れたイスラム組織ハマスを「奇襲攻撃」に走らせる結果となった——。
イスラエルとハマスが軍事衝突するに至った経緯を、筆者はそのように分析している。
身の丈を越えた岸田首相の「期待」
事態が急転直下の勢いを見せる中、「外交の岸田」を自認する岸田首相は、薄れる日本の存在感を印象付けるべく、中東諸国に緊急電話会談を持ちかけた。
中東の産油国にとって、日本は原油を大量に買ってくれるお得意様には違いないが、大国同士の地政学的思惑とイスラム教の宗派対立が錯綜(さくそう)するこの地域の外交空間に、日本が絡む余地はない。
イランから原油を独自に買い付け、中東産油国との直接交渉の先駆けとなった出光興産の武勇伝は、すでに遠い昔話だ。
自国の利益と運命を背負ってこの地域でしのぎを削るアメリカ、中国、ロシアのような大国に伍して、世界で一極を担いたいという岸田氏の期待はそもそも無理筋で、身の丈を越えていると言うべきなのかもしれない。
中東以外に目を向ければ、ロシアの軍事侵攻以降、2年半以上も日本を含めた世界の注目を一身に浴びてきたウクライナのゼレンスキー大統領は焦り始めている。米欧諸国で「支援疲れ」も感じられる中、ウクライナから世界の関心が逸れていくのを恐れているのだ。
東アジアでは、アメリカとともに日本が築き上げてきた「台湾有事」シナリオの虚構性が次第に露わになっていくだろう。
有事の懸念を政権継続に利用してきた台湾の蔡英文政権にとって、2024年1月に予定される総統選挙を前に、多極化へのパラダイム転換は決してプラスには働かない。ウクライナやパレスチナからの「飛び火」を嫌う台湾市民は、中国大陸との関係改善を重視するかもしれない。
見放される「ニッポン」
日本は主要7カ国(G7)の2023年議長国だ。
ただし、パラダイム転換の主役となるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国(BRICS)や、G7にBRICSを含む新興国12カ国を加えた20カ国・地域(G20)に比べ、G7の影響力後退は著しい。
その中でも衰退に歯止めのかからない日本に、外交の舞台で出番はあるのだろうか。
1ドル150円前後の水準で推移する歴史的な円安は、政府・日銀が力説するような欧米との金利差が一因としても、あらゆる経済・社会指標で先進国あるいは大国の地位から転落した「ニッポン」を、世界が見放していることが主因だろう。
そのような失墜した日本の現状を知ってか知らずか、岸田政権はバイデン米政権の対中政策に追従、敵基地攻撃能力の保有や武器輸出の大幅緩和を含む大軍拡路線に傾注し、中国を敵対視するスタンスを取り続けてきた。
その結果得たのは、福島第一原発からの処理水海洋放出に対抗して中国が発動した日本からの水産品輸入禁止という「報復措置」だった。
「ミドルパワー」としての日本
先進国もしくは大国の地位からの転落に歯止めをかける方法はあるのか。
米ジョージ・ワシントン大准教授のマイク・モチヅキ氏が、慶應義塾大名誉教授の添谷芳秀氏と共同代表を務める有志グループ「アジアの未来」研究会は7月、日本が「ミドルパワー(中級国家)」として韓国やASEAN(東南アジア諸国連合)とともに対中・対アジア外交を独自に展開すべきだとして、15項目の提言を発表した。
「アジアの未来と日本の戦略」日米の研究者による提言発表の記録映像(7月24日付)。
出所:日本記者クラブ(JNPC)YouTube公式チャンネル
モチヅキ氏らは提言の中で、日本の取るべき対中政策として以下のような点に言及している。
- 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への加盟
- 日中共同声明の原点に立ち、一方的現状変更に反対し台湾独立も支持しない
- 尖閣諸島問題の存在の容認(外務省は領有権問題の存在自体を否定している)
- 気候変動問題について、環境技術推進とりわけ第三国市場における低炭素化インフラ開発で中国と協力
筆者の指摘するパラダイム転換に対応した具体的な提言と言える。
また、早稲田大の小原淳教授は朝日新聞のインタビュー記事(10月19日付)で、日本は韓国や東南アジア諸国などと連携して国際社会に向けた主張を行っていくべきと提言する。
この指摘も、転落した日本の「ソフトランディング」を意識していると思われる。
「一帯一路」に政府代表送らず
前節で紹介した「アジアの未来」研究会の提言を読むと、持続可能なグリーン経済の推進には脱炭素経済の具体策で先行する中国との協力が不可欠なこと、中国が提唱する「一帯一路」の途上国中心の市場で、日中両国がインフラ開発を協力して進めることが、日本経済の将来に不可欠なのだと実感する。
しかし、日本は北京で最近開かれた第3回「一帯一路」国際シンポジウム(10月18・19日)に政府代表を送らなかった(2017年と19年のシンポジウムには二階俊博・自民党幹事長を派遣)。
日本メディアは、習近平国家主席が提唱するシルクロード経済圏構想「一帯一路」を通じて中国が提供した過剰なローンが、途上国を「債務の罠」に陥れたとして、負の側面を極大化する報道を続けた。
多極化する世界の中で「極外」にまではじかれかねない日本の現状を凝視すれば、今回の政府代表の派遣見送りは残念だった。
安倍政権時代の日本政府は「一帯一路」を意識して、2016年8月末にケニアで開催した第6回「アフリカ開発会議」の安倍首相基調講演の中で、インド太平洋戦略を発表している。
この戦略は当初、日本を軸にインフラ中心の広域的な経済・開発協力を進めるスキームと、中国抑止を意識した安全保障連携の二側面からなっていた。しかしその後、アメリカの戦略で中国抑止の安保連携だけが突出し、経済協力は実行されなかった経緯がある。
途上国インフラ投資で日中協力を
安倍氏は当時悪化していた日中関係の打開に向け、2017年5月に北京で開かれた国際シンポジウムに二階氏を派遣して親書を託し、「一帯一路」に協力する方針を習氏に伝えた。それによって日中両首脳の交流が再開され、関係改善が軌道に乗ったことを覚えている読者はもはや少ないのではないか。
安倍氏は続いて同年12月、日本と中国の主要企業トップが一堂に会する「日中CEOサミット」で日中経済連携の推進に意欲を見せ、日本企業が「一帯一路」に参加する際の3つの協力分野をまとめ、政府系金融機関の支援も検討するとまで踏み込んだ。
日本はいま、単独で第三国向けのインフラ建設を十分に行う余力はない。しかし、安倍氏の「一帯一路」協力スキームは死んだわけではない。
日中関係改善を軌道に乗せる上で、前向きな共同作業として途上国へのインフラ投資を日中協力で進め、より質の高い支援を目指すのは、現実外交の一つになると筆者は考える。
少なくとも、日本の影響力がほとんど望めない、中東諸国首脳への電話外交より実のあるものになるはずだ。