2023年8月期の連結決算でファーストリテイリングは過去最高の業績となった。
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2023年8月期連結決算が売上収益、純利益ともに過去最高だったファーストリテイリング。牽引役になったのは海外ユニクロ事業で、コロナ禍の長期化で低迷していた「グレーターチャイナ」(中国、香港、台湾)も下期に業績が急回復し、拡大フェーズに入った。
中国市場は足元で景気後退感が強まっているが、柳井正会長兼社長は同市場の店舗数を現在の3倍である3000店舗体制まで増やせると明言。今月から従業員の給与を最大で44%引き上げ、就職難の時期に優秀な人材を獲得して攻勢を強める考えだ。
コロナ禍収束と猛暑で急回復
ファーストリテイリング決算資料より
ファストリが10月12日に発表した2023年8月期(連結)の売上収益は2兆7665億円(前期比20.2%増)、純利益は2962億円(8.4%増)で、いずれも過去最高だった。
業績に大きく貢献したのは海外ユニクロ事業だ。同事業の売上収益は1兆4371億円で初めて全体の半分を超えた。内訳をみると「グレーターチャイナ」が43%を占める。
グレーターチャイナ市場はコロナ禍の長期化で足踏みが続き、特に2022年冬は中国の大都市で都市封鎖が相次いだため、小売り・外食産業全体が打撃を受けた。さらに中国のZ世代の間で中国らしさを取り入れた中国製品を購入する「国潮」ブームが勃興し、グローバルブランドには逆風が吹いた。しかしファストリによると、2023年初めにコロナ禍が収束したことと、歴史的な高温が続き夏物衣料が売れたことなどで下期から業績が急回復。通期のグレーターチャイナの売上収益は同15.2%増の6202億円、営業利益は同25%増の1043億円と、7月に発表した予想を大幅に上回り過去最高を達成した。
新疆綿、ゼロコロナ……中国リスクの指摘も
グレーターチャイナ市場はファーストリテイリングの連結営業利益の27%を占める。
ファーストリテイリング決算資料より
ファストリは決算説明会でグレーターチャイナの今後の戦略として、より収益性の高い立地を厳選し年間80店舗ペースで新規出店すると同時に、収益性や集客力が低い店舗を中心に年間50店舗を閉店・建て替えしていくと説明した。
ファストリの2023年8月期の営業利益(連結)に占めるグレーターチャイナの比率は27%で、国内ユニクロ事業の31%に迫る。ユニクロの店舗数(2023年8月末時点)は国内が800店舗に対し、グレーターチャイナは1031店舗、うち中国本土が925店だ。
ファストリの成長を支えてきたグレーターチャイナ事業だが、ゼロコロナ政策で中国事業の回復が遅れ、新疆ウイグル自治区で生産された新疆綿の取扱いを巡って中国消費者とグローバルとの板挟みになるなど、最近は中国依存のリスクがたびたび取りざたされている。
足元では不動産市場の低迷などで経済成長が減速し、消費にも影響が出ている。米中関係の緊張など政治リスクも小さくない。
決算説明会の質疑応答では、最近の情勢を踏まえた中国リスクに関する質問が相次いだ。
柳井会長兼社長は、「ショートタームでは景気後退はあるかもしれない」としながらも、長期的な消費の成長に自信を示し、中国の特殊性を強調するのは欧米流の考え方だと反論した。
海外市場の中で、グレーターチャイナのみ「スクラップ&ビルド」の方針が示されたことについては、「今までは年間100店舗出店を目標に量を追ってきたが外れている店舗もある。スクラップをほとんどやっていなかったが、3年ほどで(不採算店舗の見直しを)一気にやるということ」と語り、店舗数も現在の約1000店から「3000店舗まではいける」と、成長が続くとの見方を示した。
「労働に見合わぬ低賃金」SNSで拡散
ユニクロ中国は10月に従業員の給与を大幅に引き上げた。
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ファストリが中国事業に引き続き力を入れていく姿勢は、現地従業員の待遇改善にも現れている。決算発表前日の11日、ユニクロ中国は従業員の給与を大幅に引き上げることを明らかにした。
現地報道によると、対象は正社員だけでなくインターンも含まれ、昇給幅は平均28%、最高で44%になるという。まず物価が高い一級都市(北京、上海、広州、深圳)で賃上げを実施し、今後、他地域にも広げる計画だ。
このタイミングで従業員の給与を大幅に引き上げるのは、2つの背景がある。一つは今年7月、中国のユニクロ店舗で働く大学生がSNSで投稿した「仕事がきついのに給料が安い」「1週間で辞めた」との訴えが大拡散し、メディアが一斉に報道するなど大きな話題を呼んだことだ。
投稿した学生は、「時給16元(約320円)で、ユニクロにとって大学生は安い労働者に過ぎない」「売り場担当なのに開店前に2時間掃除をしなければならず、いわゆる日本企業的な細かいルールが多すぎる」などと不満を書き連ねていた。
時給16元は外資のアパレルと比較しても安いわけではないが、中国の若者の間でユニクロの業務が忙しいことは比較的知られており、投稿が拡散すると「搾取だ」といった同調と「楽に稼げると思うな」という批判で議論が沸騰した。
そしてこの投稿から2カ月経った9月初め、SNSで「ユニクロ従業員」による「給料が上がった」との投稿がちらほら出始めた。
現地ニュースメディア「界面新聞」によると、投稿では「北京、上海、広州、深圳地区のインターンの時給が30元(約620円)アップ」「正社員はパートナー(PN)が月給1000元(約2万円)、アドバンス・パートナー(AP)は月給1100元(約2万2000円)、シニア・パートナー(SP)は月給1200元(約2万4000円)アップする」と紹介されていた。
人材紹介大手BOSS直聘の上海のユニクロ店舗インターン募集情報では、10月1日からの条件として、時給が30~36元(約600~720円)、最短半年での正社員登用もありその場合はPNが7000元(約14万円)、AP7500元(約15万円)、SPが8000元(約16万円)と記載されている。
就職難利用し人材獲得狙う
民間調査会社のレポートによると、2023年の新卒(専門学校生・大学生)の平均月収は5990元(約12万円)で、学部卒の60%近く、専門学校卒の80%以上は初任給が6000元(約12万円)未満だった。
最近の中国は「就職難」が社会問題となっている。これまで大卒人材を大量に受け入れてきたIT、教育、不動産業界が勢いを失い、学生が就職先を選り好みしづらくなっているが、これを人材獲得の好機と捉える企業も少なくない。
日本では店舗勤務が「ローテの一環」「現場を知るため」と受け入れられ、「店長」が高度なスキルを必要とする職種として認められているが、中国の大卒はITや人事、マーケティングなどホワイトカラー職種を好み、工場や店舗勤務を「大卒がやる仕事ではない」と忌避する傾向が非常に強い。ファストリはこれまでアパレル業界への就職を考えなかった優秀な学生を獲得するために、このタイミングで中国従業員の賃金を上げたとも考えられる。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。