画像:スペクティ
台風や地震、大雨に洪水など、日本で生活する私たちにとって、災害はもはや日常茶飯事だ。日常的な災害への備えは日本人にとって「当たり前」。近年では、個人だけではなく、企業の危機管理としての災害対策も重要視され始めている。
10月23日、SNS投稿や道路や河川に設置された定点カメラなどのデータをもとに、災害情報を届ける防災スタートアップの「Spectee(スペクティ)」が、NVenture Capitalをリード投資家とし、インフォコム、ゼンリンフューチャーパートナーズ、NTTデータ、第一生命保険、みずほキャピタル、未来創造キャピタルの計7社を引受先とした第三者割当増資と金融機関からの融資で、総額15億円の資金調達を実施したことを発表した。今回の資金調達で、累計調達額は25億円になるという。
スペクティは東日本大震災を契機に2011年に創業した防災分野のスタートアップ。メディアや自治体、インフラなどを中心に圧倒的なシェアを誇ってきた。創業から10年を越えてサービスが「拡大期」に入っている現状を、スペクティの村上建治郎代表に聞いた。
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契約数3年で3倍、MRRは160%で推移
スペクティのサービス「Spectee Pro」の契約数の伸び方が、ここ数年で明らかに加速している。
画像:スペクティ
村上代表は、
「2年ほど前からサプライチェーン領域の顧客が少し増えてきました。物流会社や製造業、倉庫会社など、サプライチェーンのリスク管理が重要になってきている。そこにサービスを提供していこうと、再構築を進めているんです」
と、ここ数年で起きた社会のムードの変化を語る。
村上代表によると、2018〜19年ごろまでは顧客の中心は報道機関。その後、自治体での売り上げが伸びてきたものの成長はリニアだった。ただ、民間企業からの需要が増えてきたここ数年で状況が変わっていった。
直近3年間で契約数は約3倍となり、2023年7月には960を超えた。MRR(月次経常収益)も前年同月比160%以上で推移しているという。
スペクティのサービスは、「危機管理情報の提供」だ。もともとSNS上の画像データや自治体などが公開している定点カメラのデータなどから、AIを使って(自然)災害リスクを判定する技術を磨いてきた。ただ、民間企業からの需要が高まっていく中で、考え方を変えなければならない部分も出てきた。
スペクティの村上建治郎代表。
画像:スペクティ
村上代表は、
「『危機』の考え方がメディアや自治体と、民間企業で全然違うんです。メディアはニュース(としての災害情報)を知りたい。自治体は(住民のために)災害情報や被害状況の把握をしたい。企業は、『自分たちの企業にどの程度インパクトがあるのか』を知りたいんです」
と指摘する。
サプライチェーンなどの民間企業の顧客が増えてきた背景の一つは気候変動対策だ。自然災害の激甚化が指摘される中で、生産現場のBCP(事業継続計画)対策などが強く求められるようになってきている。加えて、村上代表は「人手不足」によって、製造現場やサプライチェーンの中で、自然災害とは異なる「危機」が生じ、供給遅延などが発生することが増えているという。
スペクティのサービスでは、独自の画像解析技術を活用して、工場内に設置されたカメラの画像データなどのさまざまな情報を活用することで、自然災害以外の「危機」にも対応している。
「お客さんの工場内にあるカメラと連携して、リスクの高そうなものをアウトプットしたり、AIを活用した予測技術の開発を進めています。何かが発生した時に、どこまで被害が及び得るのか推定値を出すようなこともやっていきたい」(村上代表)
民間企業のニーズは、報道機関や自治体ほど画一的ではない。ある程度カスタマイズできるSaasにするためには開発コストもかさむ。
「加えて、これまではメディアや自治体の間で名前が浸透していたこともあり、マーケティングコストはほとんどかかりませんでした。ただ、民間企業になるとやっぱりまだほぼ知られていない状態なんです。
スペクティが実施した事前の認知度調査では、民間企業の間で1%も認知されていませんでした。やっぱりここのタイミングで大きく調達して、 民間企業へ広げていかないといけない」(村上代表)
ソニー、NTTデータなど事業会社との連携で着実にサービスを拡大
スペクティのホームページを見ると、メディアやインフラ業界の名だたる企業へのサービス提供事例が並んでいる。
撮影:三ツ村崇志
スペクティでは、今回調達した資金をもとに製造業などのサプライチェーン分野へのサービス展開と共に海外展開を進めていく考えだ。事業会社からの調達が多いのも、これまでの成長戦略と同様に事業シナジーを期待してものだ。
スペクティは、2016年にフジ・スタートアップ・ベンチャーズと資本業務提携を結ぶと、これをきっかけに報道機関への導入が進んだ。その後、2017年にはYJキャピタル(現:Zベンチャーキャピタル)から資金調達を実施。メディア向けのサービスから防災分野に移ろうとしたタイミングで、ヤフーとの相性の良さも相まって資金調達が実現したと、村上代表は語る。その後、2019年にソニービジネスソリューションとも資本業務提携を結んだ。
「今では代理店比率の中で1番売り上げが大きいのがソニーさんなんです。(資金調達では)結果的に事業会社からの調達が多くなったという側面はあるのですが、振り返ってみると、事業の推移に合わせて出資を受けられて(シナジーがあって)良かった」(村上代表)
今回の資金調達でも、事業シナジーへの期待は大きい。
10月初旬には、NTTデータとの資本業務提携を発表していた。
撮影:三ツ村崇志
リード投資家であるNVenture Capitalは、「(Spectee Proの)適用範囲は、実世界の事象にとどまらず、銀行ネットワークや通信キャリアなどサイバー空間でのトラブル検知にも広がっており、社会基盤の強靱化に貢献できる存在となっています」とサイバー空間での危機管理システムへの期待を述べている。
加えて、今回出資企業として名前を連ねたインフォコムは、グループ会社のアムタスが提供する漫画サービス「めちゃコミック」で知られている一方で、実はもともと製造業に強いSI企業でもある。
「製造業のサプライチェーン領域のお客さんを抱えているので、共同でサービスを展開する連携を進めていました」(村上代表)
NTTデータとの資本業務提携にも、二つの意味合いがある。
「もともと防災領域での連携、特に公共、都道府県の防災システムの連携はNTTデータと進めていました。その流れもあった上で、海外にサービスを出していくところで連携する側面で今回のラウンドがありました。そこで我々から声をかけさせていただいたんです」(村上代表)
スペクティはもともと世界中の情報を元にサービスを提供していたが、これまでサービスを提供していたのは、海外事業所をもつ国内企業のみだった。スペクティでは現在、JICAのサポートプログラムを活用して、フィリピンでフィージビリティスタディを進めている。他方、資本業務提携を結んだNTTデータは、現在インドネシアに防災情報システムを導入することが決まっている。これを連携しながら進めていくことになるという。
「スタートアップが海外に単独でいくのは難しい。特に公共エリアは、NTTデータさんのように地域地盤があるところと組むことが大きいと思っています」(村上代表)
防災テックベンチャーの出口戦略は
創業から12年目の資金調達となったスペクティだが、この先の出口戦略はどう考えているのか。
事業会社との連携が多いことを考えると、IPOだけではなく、ソニーやNTTデータといった資本業務提携先へのM&Aも当然視野に入る。
この点について、村上代表は
「スペクティとしてはIPOを考えています。そんなに遠くはない未来だと思っています。独立系のVCのシェアが大きいわけではありませんし、業務提携で価値を感じて頂いている側面があることもあり、出口戦略に向けた圧が強いわけではありません。ただ、ベンチャーとしての出口を作っていかないといけないとは思っています」
とBusiness Insider Japanの取材に答えた。