月面の資源を活用した建設システムのイメージ
画像:ICON
日本でも政府による本格的な宇宙スタートアップ育成が始まった。投じる資金は総額387.6億円と巨額だ。
代表的な交付金の拠出先企業は、2023年4月に月面着陸に挑戦したispaceが最大120億円。堀江貴文氏が創設したことでも知られる民間ロケット開発のインターステラテクノロジズや、有翼式の再使用型ロケットを開発する東京理科大学発ベンチャーのSPACE WALKERはそれぞれ20億円(段階的に最大140億円)——。
これらの予算は文部科学省と経済産業省による「中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)」の枠組みによるもので、宇宙スタートアップ16社が対象として選ばれた。
2022年の国内の宇宙ベンチャーの資金調達総額が345億円であることを考えると、今回の政府による交付金が業界にもたらすインパクトの大きさが読み取れる。
採択事業者には宇宙ベンチャーとしての注目株が並ぶ。各事業領域の採択企業と交付額の上限を見ていこう。
120億円交付のispace。新たな月面ランダーを開発
最大300kgのペイロードの搭載が可能な「APEX1.0ランダー」は2026年、100kg以上のペイロードを月面に輸送する「Series 3 Lander(仮称)」は2027年の打ち上げを目指す。
経済産業省「中小企業イノベーション創出推進事業」採択に関する関連資料より引用
2023年4月に月面着陸に挑戦したispaceは経済産業省のSBIRで最大120億円が交付されることが決まった。SBIRの運営支援法人である野村総合研究所によると、公募テーマ「月面ランダー(着陸機)の開発・運用実証」に応募したのはispaceのみだったという。
ispaceはアメリカの子会社を中心に開発している新型ランダー「APEX1.0ランダー」と並行し、補助金を活用して日本本社主導で新たな月面ランダー「Series 3 Lander(仮称)」を開発する。
10月23日に開催されたメディア向けの質疑応答会で、袴田武史CEOは、ランダーを2機体制で運用することは事業上の重要な軸になると説明した。
アメリカで開発中のAPEX1.0ランダーは、アルテミス計画を主導するNASAやアメリカ政府の要件を取り入れ、米国市場を中心に輸送サービスを提供していく。一方、Series 3 Landerは米国以外の市場に合わせて開発し、需要を獲得していく狙いだ。
袴田CEOは
「こういった(アメリカ以外の市場を見据えた)開発においては当社がかなり先行していると考えており、事業の競争優位性としても重要な戦略だと考えております」
と話した。
注目の採択企業全16社
ispace以外にも注目ベンチャーが並ぶ。以下、事業テーマと企業名、交付額上限、企業の概要をまとめた。
◯事業テーマ:民間ロケットの開発・実証(文部科学省で採択)
インターステラテクノロジズ(交付額上限 20億円)
「ホリエモン」こと実業家の堀江貴文氏らが創業した企業。2019年5月に打ち上げた観測ロケット「宇宙品質にシフト MOMO3号機」が、国内民間企業単独としては初めて宇宙空間到達に到達した。その後、2021年7月に観測ロケット2機を連続で宇宙空間に到達させた。現在は衛星軌道投入用の小型ロケット「ZERO」を開発中。
「ZERO」のイメージ。拠点を置く北海道十勝地方の家畜ふん尿から製造した液化バイオメタンを燃料として使う。
画像:インターステラテクノロジズ
SPACE WALKER(交付額上限 20億円)
東京理科大学発ベンチャー。文部省宇宙科学研究所(現JAXA宇宙科学研究所)や宇宙開発事業団 (NASDA) で実施されていた宇宙機の研究開発を原点として、有翼式再使用型ロケットの開発に取り組んでいる。軽量化技術を転用し、次世代複合材タンクの開発・製造・販売も手掛ける。2027年度に小型衛星打ち上げサービスを行う飛行実証を実施予定。
将来宇宙輸送システム(交付額上限 20億円)
再使用型の宇宙輸送機の開発を目指すスタートアップ。2022年5月の創業以来、室蘭工業大学、東京理科大学、千葉工業大学と共同研究を進め、IHI、IHIエアロスペース、清水建設らとパートナーシップを締結している。
スペースワン(交付額上限 3.2億円)
キヤノン電子、IHIエアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行が出資して設立されたベンチャー。小型ロケット「カイロス」を開発中。2023年2月にカイロスの初号機を打ち上げる予定だったが、コロナ禍における世界的な物流の混乱により、海外からの部品調達が困難になったことを理由に打ち上げを延期している。
◯事業テーマ:スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証(文部科学省で採択)
アストロスケール(交付額上限 26.9億円)
民間としては世界初のスペースデブリ除去技術実証衛星「ELSA-d」を2021年3月に打ち上げ、模擬デブリの捕獲などに成功。ランデブ(接近)技術をはじめとするスペースデブリ除去に必要なコア技術を実証した。
報道陣向けに公開されたアストロスケールが開発する商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」の実機。対象デブリに「手を伸ばせば届く距離」まで接近する計画。
撮影:井上榛香
JAXAが民間事業者等と連携してスペースデブリ対策市場の創出を進める「CRD2」プログラムのフェーズⅠに採択され、商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」を開発した。軌道上に残っているH-IIAロケットの上段に接近し、長期にわたり放置されたデブリの運動や損傷・劣化状況の撮像を行う予定。
Pale Blue(交付額上限 15.8億円)
東京大学発ベンチャー。従来の衛星に推進剤として使われているヒドラジンやキセノンは、毒性が強く、取り扱いにコストがかかる等の課題があり、Pale Blueは水を推進剤として用いる「水エンジン」を開発した。ソニーグループが「STAR SPHEREプロジェクト」で打ち上げた超小型人工衛星「EYE」に搭載された実績がある。
BULL(交付額上限 14.7億円)
人工流れ星などの開発を手掛けるALEで、宇宙デブリ拡散防止装置開発のマネージャを務めていた宇藤恭士氏が2022年11月に創業したスタートアップ。2023年7月にはALEの宇宙デブリ対策事業の関連資産等を承継し、JAXAと宇宙デブリ拡散防止装置の事業化に向けた事業共同実証を開始した。2023年10月に帝京大学発スタートアップに認定された。
経済産業省では、「月面ランダー(着陸機)の開発・運用実証」で上述したispaceが採択。加えて、以下の8社が採択されている。
◯事業テーマ:衛星リモートセンシングビジネス高度化実証(経済産業省で採択)
「衛星リモートセンシングビジネス高度化実証」には11件の応募があり、8件が採択された
経済産業省中小企業イノベーション創出推進事業の執行について 資料より引用
Synspective(交付額上限 41億円)
内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の成果を応用した独自の小型SAR衛星を打ち上げ、観測したデータの販売、浸水被害の評価や地盤変動を解析するソリューションを提供している。2022年3月にはシリーズBラウンドで119億円を調達し、累計調達額は228億円となった。
アークエッジ・スペース(交付額上限 35億円)
超小型衛星の企画、開発、運用、通信や地球観測サービスの提案などを行う、東京大学発スタートアップ。ジェネシア、AstraSens、三菱UFJ銀行、スカイマティクス、東京工業大学等とともにコンソーシアムとして応募、採択された。
QPS研究所(交付額上限 41億円)
九州大学発ベンチャー。小型SAR衛星によるコンステレーションを構築していて、世界中のほとんどの特定地域を平均10分間隔で観測できる「準リアルタイムデータ提供サービス」の実現を目指している。
New Space Intelligence(交付額上限 15億円)
衛星リモートセンシングやAI技術、画像処理の専門的知見を持つ山口大学とアジア工科大学院(タイ)のメンバーが創業したスタートアップ。衛星データの利用にかかる一連のプロセスを自動化して、ユーザーのニーズに合わせてデータを提供する「衛星データパイプライン」を開発している。
sustainacraft(交付額上限 4.3億円)
衛星リモートセンシング技術と因果推論技術を組み合わせて、自然保全プロジェクトの効果を評価するサービスを提供するスタートアップ。国立環境研究所と一橋大学とカーボンクレジット創出に向けた共同研究を実施している。
天地人(交付額上限 4.3億円)
JAXA職員と農業IoTに知見を持つメンバーによって設立されたJAXA発ベンチャー。衛星データを活用して、水道管の漏水リスクを管理する自治体向けのサービス「天地人コンパス 宇宙水道局」や衛星データと気象や地形などの情報を複合的に分析して農作物の栽培の適地を探すサービスなどを提供している。2022年12月にJAXAから出資を受けたことを発表した。
LocationMind(交付額上限 2.8億円)
東京大学発スタートアップ。位置ビックデータやIoT機器を用いた位置情報分析、人流の予測、コンサルティングなどを行っている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「経済安全保障重要技術育成プログラム/船舶向け通信衛星コンステレーションによる海洋状況把握技術の開発・実証」にIHIとアークエッジ・スペースとともに採択された。
サグリ(交付額上限 3.6億円)
概要:衛星データとAI技術を活用して、農業生産者が圃場管理を効率化するアプリ「Sagri」や作付け調査を効率化するアプリ「デタバ」などを提供している。
1999年から存在した制度が、5カ年計画でレベルアップ
「最近の宇宙政策に関する動向について」より。
文部科学省 研究開発局 宇宙開発利用課 資料より引用
今回、宇宙スタートアップ16社に交付金を拠出するSBIRとは、もともとはアメリカで始まった「スタートアップによる研究開発の促進とその成果の社会実装を通じて、イノベーション創出を図る」制度だ。アメリカでは国防総省や保健福祉省、エネルギー省、航空宇宙局(NASA)、国立科学財団など、11の連邦省庁が参加し、スタートアップの研究開発を支援してきた。例えば、3Dプリンターを活用して住宅を建設するスタートアップICONは、NASAのSBIRプログラムに採択され、月面や火星基地の建設技術の開発に取り組んでいる。
アメリカにならい、日本でもSBIR制度の運用が1999年から始まっていた。
日本のSBIRは、アイデアの実現可能性を探索する「フェーズ1」と、アイデアの検証結果を踏まえた研究開発を実施する「フェーズ2」が中心だった。
ただ、これまでのSBIRでは実証にあたるフェーズの支援が限られているという課題があった。
仕組みの改善が求められる中、2022年11月に策定された「スタートアップ育成5か年計画」に、「スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化」の具体策として、「(日本版)SBIR制度の抜本見直しと公共調達の促進」が盛り込まれた。こうして新設されたのが、先端技術分野における大規模技術開発・実証を支援し、研究開発を踏まえた事業化を進めるSBIRの「フェーズ3」だ。
文部科学省と経済産業省のSBIRフェーズ3の主な要件は、原則として設立15年以内の先端技術を有するスタートアップまたは当該企業の技術を活用したコンソーシアムであること。
採択事業は宇宙分野だけではなく、「核融合」や「空飛ぶクルマ」などさまざまあるが、宇宙分野への予算規模は、文科省では全採択事業661億円中556億円。経産省でも、全採択事業513.8億円中267億円と際立っている。
この9月末から10月にかけて、文科省では「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」の2つの事業領域に分けて合計7社、経産省では「月面ランダーの開発・運用実証」「衛星リモートセンシングビジネス高度化実証」の事業領域に対して9社が宇宙分野で採択された。
文科省では段階的に採択事業を3段階に分けて事業の進捗ごとに資金を拠出するため、今回の採択で決まった支援は120.6億円と一部にすぎないが、それでも文科省・経産省合わせて今回の採択で宇宙分野には総額最大387.6億円分という「巨額の政府資金」が流れ込むことになる。
宇宙分野で進む官から民への支援
10月23日に開催された、ispaceのオンライン質疑応答会。中心にいるのが、ispaceの袴田CEO。
ispaceのオンライン質疑応答会のスクリーンショット
SBIRをはじめ、宇宙産業では官から民への支援によって大きな効果が期待される。
とりわけ、アメリカの宇宙ベンチャーが成長を遂げたのは、政府による支援の効果も大きい。SpaceXはその代表例だ。国際宇宙ステーション(ISS)に物資を輸送するSpaceXの「ドラゴン補給船」は、NASAのCOTS(Commercial Orbit Transportation Services:商業軌道輸送サービス)プログラムの支援を受けて開発されたものだ。
NASAは採択企業の技術開発を支援するとともに、輸送サービスの購入を約束することで、民間からの投資を呼び込む役割も果たした。現在NASAは、同様の支援プログラムを月面への輸送サービスの開発領域などでも実施している。
日本でも、SBIRの「民間ロケットの開発・実証」の事業領域で試験飛行に成功し、条件を満たすロケットについては、文部科学省が政府関連の衛星の打ち上げに採用していく方針を示している。同様に「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」でも、開発に成功した民間企業の技術を政府のプロジェクトに採用していく可能性があるという。
経済産業省の「月面ランダーの開発・運用実証」では政府調達について明確な言及はないが、ispaceの袴田CEOは質疑応答会で期待を述べた。
「100キログラム以上の輸送能力を要件とされているということで、そういった需要を経済産業省さんとしては想定をされているのではないかと受け取っております。一歩踏み込んで申し上げますと、これから宇宙基本計画(国の宇宙政策の方向性を示す計画)に沿って月の周りのインフラ構築に日本も投資をしていく方向性が見え始めておりますので、輸送ニーズが確実に出てくると考えてはおります」
政府による戦略的な宇宙スタートアップ支援によって、日本においても宇宙分野からユニコーン企業が生まれる日が来るかもしれない。