ユニリーバ、資生堂、ダノン…ブランド回復の立役者・音部大輔が語る「パブリックメディアの新たな可能性」

三浦氏と音部氏

消費者行動のデジタル化とともにマーケティングの施策が複雑化するなか、見失ってはならないのは、ブランドがどういった市場を創造し、顧客にどういった価値を提供できるか、という視点だ。また、それを見据えて各施策の強みを発揮できる全体像を設計することではないだろうか。

その視点に立ったとき、新しい施策・ツールを取り入れる上で心得ておくべきことは何か。

利用者の属性や視聴スタイルにおいて他メディアとは異なるのがタクシー広告だ。なかでも、ニューステクノロジー社が運営する都内最大級のタクシーサイネージメディア「GROWTH(グロース)」は、その特性に着目するB2B企業やスタートアップ企業を中心に出稿が絶えないという。

急成長するタクシー広告「GROWTH」は今後、いかにしてブランドの市場・価値創造を助ける存在になり得るのか。マーケティング活動におけるパーセプションフロー®・モデルを提唱し、複数のブランドで市場創造やシェアの回復を実現してきたトップマーケターの音部大輔氏と、タクシーは「新しい移動体験」であるといい、新たな顧客価値を提供するという展望を描くニューステクノロジー代表・三浦純揮氏が語り合った。

なぜタクシー広告に出稿するのか?に立ち返る

—— 「GROWTH」の事業は今、リード獲得を目的とする企業・ブランドの支援を中心に、大きく成長していると聞いています。

三浦純揮(以下、三浦):2019年4月にタクシーサイネージ事業、いわゆるタクシー広告GROWTHを開始し、現在は東京23区内、武蔵野市、三鷹市エリアにおいてタクシー広告のシェア約40%*を占めています。ありがたいことに、コロナ禍を経て昨年は広告枠が満稿で、現在も順調な状態が続いていますが、ひとつ課題を挙げると、広告主の大半がB2B企業、SaaS系モデルのスタートアップ企業が占めていることから、「タクシー広告といえばB2B」というイメージが強くなっているということです。

*東京特別区・武三交通圏における法人タクシー26,983台(令和5年3月末時点関東運輸局調べ)において、GROWTHのタクシーサイネージネットワーク導入数は11,500台。

我々としては、それ以外の企業に対しても、タクシー広告の魅力や使用価値をアピールしていきたいと考えているのですが、音部さんからはどのように見えていますか?

三浦氏

三浦純揮(みうら・じゅんき)氏/1988年生まれ。北海道札幌市出身。立命館大学卒業後、2010年にベクトル入社。2012年にベクトルチャイナを立ち上げ、ベクトルアジア展開に貢献。2018年よりニューステクノロジーの代表取締役に就任。都内最大級のタクシーサイネージメディア「GROWTH」などのモビリティプラットフォーム事業を中心に、メディア事業、クリエイティブ事業を展開している。

音部大輔(以下、音部):最近、こういう話をよくするんです。今、ここにペットボトルのお茶があります。「このお茶はいいお茶ですか?」と尋ねると、皆さん、このお茶をじーっと見るんです。しかし、このお茶がいいかどうかを決めるのは、このお茶自体ではなくて、このお茶が置かれている状況なんですよね。

すごくのどが乾いているときにこのお茶を飲めば、きっとものすごく美味しく感じるはずで、だとすると、このお茶は「いいお茶」です。また、このお茶の隣に何が置いてあるかによっても、お茶の価値は変わります。だから、お茶だけをじーっと見た時点で、負けフラグが立ちます。お茶自体に価値が内包されているわけではないからです。

もちろん、どんな状況であれ、このお茶が全くの無価値ということはありません。しかし、お茶を買った人がなぜこのお茶を買おうと思ったのかといえば、その人の手にはお茶がなかったからです。もしすでにお茶を持っていれば、買おうと思いません。つまり、お茶自体に意思決定や判断を促すものはないんです。

そこで、タクシー広告の話です。どうやったらタクシー広告の魅力を感じてもらえるかというのも、これと同じです。タクシー広告だけを見ても、どのような価値があるのか、答えはおそらく出てこない。もちろん、色々なアイデアは出てくると思いますよ。それがイノベーションにつながるのかもしれないですが、本質的な議論ではありません。

そうではなくて、なぜB2B企業やスタートアップ企業がタクシー広告に出稿するのか。その地点に立ち返ってみると、見えてくるものがあるのではないでしょうか。それらの企業がタクシー広告を使う必然的な理由が、何かきっとあるはずです。

よく言われるように「タクシーはビジネスパーソンに訴求しやすい」という理由もあるかもしれません。ですが、本当にそれだけかどうかを考えてみる余地があると思います。もし「移動中のビジネスパーソンにアプローチできる」ということが重要な価値であれば、同じターゲットをもつナショナルクライアント企業が興味を示したとしても、全く不思議ではありません。

音部氏

音部大輔(おとべ・だいすけ)氏/クー・マーケティング・カンパニー代表取締役。17年間の日米P&Gを経て、ダノンやユニリーバ、資生堂などでマーケティング担当副社長やCMOとしてブランド回復を主導。2018年より独立し、現職。家電、化粧品、輸送機器、放送局、電力、広告会社、D2C、ネットサービス、BtoBなど国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略立案を支援。博士(経営学 神戸大学)。 著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)、『The Art of Marketing マーケティングの技法 – パーセプションフロー・モデル全解説』(宣伝会議、日本マーケティング学会「日本マーケティング本大賞」で2022年の大賞受賞)などがある。

認知とは「知る」ことではなく「好き」になること

—— タクシー広告には、広告主に提供できる魅力や価値がまだまだありそうです。三浦さんは、そのための施策を経営者としてさまざまな視点で捉えていらっしゃると思います。

三浦:はい。音部さんの著書に、「宣伝費や認知獲得費を資産として計上し、毎年償却していきましょう」というお話がありましたが、個人的にあの話はとても刺さりました。

音部:ブランドマネジメントの話ですね。広告予算を全部使って今期の売上目標が達成できればそれで良しとするのもいいのですが、せっかく使うなら、そのうち何割かは来期以降の売上にも影響するようなマーケティング費用の使い方をしたほうが、3年、5年と経ったときにマーケットでの蓄積が大きくなると思うんですよ。

三浦:たとえば、認知を獲得し、第一想起を作っていくために使うというのは、その使い方に当てはまりますか?

音部:もちろん当てはまります。ただ、実は私は、認知をそれほど重視していません。たとえば、誰かを好きになるときに、名前を先に覚えてから好きになることはあるでしょうか? 普通は、好きになったから、名前を覚えるのではないでしょうか。認知というのは、名前を知ることではなくて、それを好きになることだと思うんですよ。

そもそも、認知系の広告でよくある「なぜこの商品を使わないんですか?」という問いが、ダメな問いだと思うんです。使わない理由は、使う理由がないからです。しかし、「買わない理由は、買う理由がないからです」という答えはなかなか消費者からは出にくいものです。だからどうしても、「その商品を知らなかった」「値段が高かった」という、いかにもそれらしい回答を答えがちですが、それは本当の答えではないかもしれません。

ユーザーが言う「その商品を知らなかった」の「知らない」は、その商品の名称を知らなかったということだけではありません。そのサービス・商品・モノの、何が自分にとっていいのかを知らないときにも、「知らない」と言うんです。そして、受け取る側が、その「知らない」を、「名前を知らない」と誤認してしまうケースは、とても多いのではないかと思います。

ベネフィットを示す

三浦:全く世に知られてないサービスがあるとします。そのサービスを知ってもらい、好きになってもらうには、どのように自己紹介するのが良いのでしょうか?

音部:自己紹介はもちろん必要です。しかしここでも、名前を覚えてもらうことよりも、「このサービスはこういうサービスです」「あなたにとってこのようなメリットがあります」と説明することが重要で、それ以外のことは、後から検索できるようにしておけばいいんです。

ブランドマネジメント上、私が大事だと思っているのは、「どのようなターゲット向けの商品・サービスか」「ベネフィットは何か」の2つです。タイプ別のターゲットとベネフィットが明確であれば、ユーザーの記憶に残りやすいし、効率もいい。単なる自己紹介にもなりにくいのです。

マーケティングでは、Who、What、Howの議論がありますが、Whatはモノではなくて、ベネフィットでなければいけません。「誰にどんなベネフィットを届けるのか」が示されていれば、いいマーケティング、いい広告になります。

三浦氏と音部氏

「会話を促す」パブリックメディア

——クライアントが、ターゲットを絞り、ベネフィットを追求し、新たな市場創造するという目的を達成するために、タクシー広告はどのような貢献ができそうでしょうか?

音部:ここでタクシー広告を再定義すると、タクシー広告はパブリックに見られていて、実際、見る方もパブリックなものだと認識する媒体特性を意識することが大事だろうと思います。

メディアには、パブリックなメディアとパーソナルなメディアがあります。その分類に加えて、どのソサエティ(社会)に属するのかも考える必要があります。たとえばテレビは、家の中の家族という社会に向けたメディアだと考えられます。

ではタクシー広告はと考えると、パブリックメディアではありますが、少しクローズドでもある。特にデイタイムは、ビジネスマンの乗車が多く、上司と部下の組み合わせで乗ることもありますよね。

三浦:確かにありますね。

音部:だとすると、上司と部下、実務担当と決裁者が同席している前提で彼らのコミュニケーションを促してみるのは、クリエイティブとしてあり得ますね。上司と部下の会話を促したいのか、タクシーを降りてから何らかのアクションをとってもらいたいのかによって、多少の違いはあるかもしれません。

プライベートな空間であるけれど、上司や部下がいっしょにいる状況などはタクシーに固有の特徴です。自社ブランドについて、ターゲットとなるビジネスパーソンたちが車内で会話をはじめるきっかけを作ることは可能だと思います。

お茶が運動中に飲むお茶なのか、朝起きて飲むのか、食後なのか、休憩中なのかで価値が変わってくるように、タクシー広告も、誰に、どんなベネフィットを伝えるのかで価値が変わります。タクシー広告としての特徴は踏まえつつ、どういう状況にある人かを考えてみるのは、新たなクリエイティブのヒントになるかもしれないですね。

「GROWTH」のサイネージ

「GROWTH」のサイネージ(イメージ)

三浦:かなり前の話になりますが、私が部下と一緒にタクシーに乗っていたときに「退職しそうな人材の特徴を見つけます」というサービスの広告が流れてきたことがあり、それがきっかけになったのかはわかりませんが、その場でその部下から「実は会社を辞めたいんです」と切り出されたことがあります(苦笑)。

音部:ある意味、会話が促されたわけですね(笑)。

三浦:音部さんのおっしゃる通り、会話のきっかけになるようなクリエイティブは、あり得るだろうなと思いますね。

音部:現在、上司と部下が登場するクリエイティブは、典型的な「教える人と学ぶ人」のフォーマットが踏襲されがちで、特に会話を促そうとしている感じではないので、促してみるといいかもしれませんね。

本の中でも書いていますが、自我というのは商品を購入する際にすごく影響力の大きい要因です。同じ男の人でも、父として選ぶものと、夫として選ぶもの、上司として選ぶもの、部下として選ぶものはたぶん違う。自我にはさまざまな定義がありますが、社会の中での役割が自我であるという考え方を採用すれば、そのとき誰といるかによって、自我が変わってきます。

タクシーで上司と部下の組み合わせで乗っているときの彼らの自我は、完全に上司・部下のメンタリティーです。タクシー広告は、上司・部下の自我の人に、独立した空間で働きかけることができます。これがパーセプションフロー®・モデル上のどのような知覚刺激になり得るのか、考えるのはとても興味深い問いですね。

上司と部下は一例ですが、そうしたタクシーに乗るときの固有の機会を活かして、タクシーの中にいる人たちの会話を促すことで、「いい商品」の定義を変え、新たな市場創造が提案できれば、とても力強いメディアになります。

どの領域の市場創造に大きな影響があるかどうかは使い道次第でしょうが、「会話を促す」という特徴を意識することで、これまでのタクシー広告とは違う、新しい使い方が見えてくるのではないでしょうか。

こちらの記事は、DIGIDAY[日本版]から一部編集の上、転載しています。 (2023年10月30日公開の記事

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編集部より:初出時に誤った表現があったため、一部修正しております。2023年11月17日

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