コースラ・ベンチャーズを率いるビノッド・コースラ。
Khosla Ventures
OpenAIといえば、今をときめくスタートアップだ。ChatGPTを運営する同社が2019年に非営利組織から利益上限付き(capped-profit)企業に切り替えたとき、シリコンバレー史上最も成功したベンチャーキャピタリストの1人であるビノッド・コースラ(Vinod Khosla)は、果敢にも初回の取引に名乗りを上げた。
彼の会社は5000万ドル(約75億円、1ドル=150円換算)を投資したが、これはコースラ・ベンチャーズが15年の歴史の中で行ったあらゆる投資の2倍の規模だった。
みんながこぞって“手漕ぎボード”に乗り込む
コースラは少なくとも10年前から、AI(人工知能)というテクノロジーが変革をもたらすと信じてきた。彼は2012年に、医師や教師がAIに簡単に取って代わられる理由について、恐ろしいほど先見の明のある2つのエッセイを書いている。
しかし2023年初めになるとコースラは、手に入れられる限りのAI企業を支援したいと考える投資家が急増しているのを目の当たりにした。
Insiderの取材に答えたコースラは次のように話す。
「ほとんどの人がクリスマス休暇から戻ってこう言ったのではないだろうか。このボートに乗り遅れてしまったから、小さな手漕ぎボートに乗って一生懸命漕ごう、とね」
この時コースラは、自身の長いキャリアの中でとりわけ役立ってきたことをやろうと決めたという。
ほとんどのAI投資から手を引き、逆の方向に進むという決断だ。
「われわれが思っている以上に勝者総取りの現象は生じるものなので、数億ドル、数十億ドルというAI分野のバリュエーションのほとんどは自ずと調整されるだろう。勢いに任せて投資するのはよくない」(コースラ)
現在68歳のコースラは、1982年にサン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)を創業したほか、草創期のAMDやジュニパー・ネットワークス(Juniper Networks)でも重要な役割を果たした。
2004年に自身のファンドであるコースラ・ベンチャーズを立ち上げるまで、VC大手のクライナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズ(Kleiner Perkins Caufield & Byers、現クライナー・パーキンス)に18年間在籍した。フォーブスによると、コースラはそこでアファーム(Affirm)、ドアダッシュ(DoorDash)、インスタカート(Instacart)に早い段階から投資し、彼の純資産を62億ドル(約9300億円)にまで押し上げた。
コースラは先日、ラグナビーチで開催されたウォール・ストリート・ジャーナルのイベント「Tech Live」に登壇した際、Insiderの取材に応じた。コースラほどの大物ゲストになると大規模なカンファレンスではすぐに帰ってしまうものだが、コースラは夜遅くまで会場に残っていた。彼は、VC界のレジェンドに初めて会えたことに興奮する若いファウンダーたちからの質問に喜んで答えていた(握手は丁重に断っていたが)。
勝ち組になれるのはほんの一握り
コースラは、現在のマーケットに積極的に投資してきた数少ないトップベンチャーキャピタリストの一人であり、かつてソーシャルメディア、モバイルの台頭、パソコンなど、今のAIに匹敵するであろう変革サイクルが起こっていた頃から投資してきた人物だ。
「1980年代までさかのぼると何万ものソフトウェア企業があったが、勝者はほんの数社。ほとんどの人、ほとんどの企業がすべてを失った。ここでも同じことが起こるだろう」(コースラ)
AIに代わって、コースラは「難解な分野に多くのファンダメンタル投資をしている」と話す。コースラ・ベンチャーズは最近、より多くの鉱物資源を発見するのに役立つと彼が見ている、まだステルス状態のスタートアップ企業を支援している。注目しているのはリチウムやコバルト、ほかには飛行機や自動車の効率を上げる企業にも目を向けているという。
「こういう分野で、かつ過大評価されていない企業にわれわれは多額の投資をしている」(コースラ)
ブルームバーグ向けに編集されたPitchBookのデータによると、2023年第3四半期におけるスタートアップへの投資額全体は31%減少したにもかかわらず、AI企業への投資額は全世界で前年同期比27%増加したという。
コースラはどのAI企業を見送ったかは明かしていないが、Anthropic(推定300億ドル〔約4兆5000億円〕のバリュエーションで資金調達を目指している)、character.ai.(同50億ドル〔約7500億円〕以上)、Hugging Face(同45億ドル〔約6750億円〕)、Adept(バリュエーションは推定10億ドル〔約1500億円〕)の最近の大規模ラウンドには参加していない。
コースラは、すべてのAIスタートアップを避けているわけではないと注意深く指摘する。同社は2023年初め、ソフトウェア開発用の生成AIツールを手がけるReplit(調達後のバリュエーションは11億6000万ドル〔約1740億円〕)に投資した。
過熱するAIブームからどこよりも恩恵を受けているのがOpenAIであることは間違いない。同社は860億ドル(約12兆9000億円)のバリュエーションで既存株の売却を交渉中だとブルームバーグは報じている。
コースラはこの売出しについてコメントすることも、報じられているバリュエーションについて肯定も否定もすることはなかったが、OpenAIの成長の速さを見れば、これは過熱報道が正当化される一例だと思うと述べた。OpenAIは直近わずか数カ月の間に年間ランレートが10億ドル(約1500億円)から13億ドル(約1950億円)へと成長したとザ・インフォメーションは報じている。
「ファンダメンタルズに投資することは、羊になって群れに従うこととは違う。私は人の言うことには頑ななまでに従わないタチでね」(コースラ)