南フランス・マノスクから車で約20分のところにある国際熱核融合実験炉「ITER(イーター)」。
ITER Organization/EJF Riche
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
今年の夏は“大人の社会科見学”のため海外滞在が長かったという入山先生。8月には南フランスを訪れ、核融合施設「ITER」を現地視察してきたそうです。エネルギー問題が喫緊の課題となるなか、ビル・ゲイツらも注目する核融合技術を実際に目にした先生の感想は?
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「地上に太陽をつくる」核融合施設ITERを見てきた
こんにちは、入山章栄です。
BIJ編集部・常盤
先生はこの夏、海外出張が多くありませんでした? ご連絡するたびに「いま空港です」とおっしゃっていたような。
はい、実はほぼ日本にいませんでした。もともと1年の3分の1はマニラにいますが、さらに今年の夏は、8月は南フランス、9月にフィンランドに行ってきたんです。
BIJ編集部・常盤
なんとうらやましい。どちらもご出張だったんですか?
いや、僕は「大人の社会科見学」と称して、定期的に自費で海外に行くようにしているんです。もちろん観光もしますが、目的の半分は、気になる企業を訪問したり行政の担当者に会ったりすることです。特に誰かに頼まれたわけでもなく、ご縁があるところに行くというだけなんですけど。
BIJ編集部・常盤
では、今回は南仏のお話を聞かせてください。
わかりました。南仏では訪問したところが2カ所あって、一つめがマノスクというところです。
いま人類が取り組んでいる壮大なプロジェクトには、「ビッグ2」と呼ばれるものがあり、一つが宇宙ステーション。もうひとつがマノスク側にあるITER(イーター)なんですよ。
これが作れれば人類のエネルギー問題のほとんどが解決するといわれている技術が「核融合」と呼ばれるもので、ITERはこれを実用化するための7カ国の合同プロジェクトです。その建設中の実験施設を見てきました。
BIJ編集部・常盤
なぜまた、そんなところに?
ワープスペースというベンチャー企業の経営をしていた常間地悟くんという人がいます。彼とのつながりで知り合った人が、ITERで仕事をしているので招いてもらったんです。
ちなみにワープスペースがどういう会社かというと、人類が宇宙に出るようになると、インターネットが必要になりますよね。ワープスペースというのはその基地局をつくるような会社です。
BIJ編集部・常盤
今からもうそんな準備をしているんですね!
宇宙ビジネスはわれわれの想像以上に進んでいるんですよ。
まず常間地くんと僕や他のメンバーである研究会をやっていまして、その研究会に入ってきたメンバーの一人が、ITERのプロジェクトマネージャーを務める大前敬祥さんという方なんですよ。
BIJ編集部・荒幡
日本人の方なんですね。
そうです、日本人です。その大前さんからITERに誘ってもらった。それで常間地くんと、ベンチャー関係者の方2人と、ワープスペースの取締役でもあるForbes Japan編集長の谷本有香さんと僕の5人でマノスクに行きました。そこに大前さんが待ち構えていて、案内してくれたというわけです。
ちなみに去年は堀江貴文さんとユーグレナの出雲充さんがITERを訪問しています。堀江さんが大前さんに建設中のITERの中を案内してもらっている動画がYouTubeにありますよ。
BIJ編集部・常盤
そうでしたか。確かITERってものすごく大きい施設ですよね。
そうです。だから広い敷地が必要なので、田舎のほうにあります。
ITERは日本、欧州、米国、ロシア、韓国、中国、インドの合同プロジェクトで、いまロシアが参加している唯一の国際プロジェクトなんですよ。ウクライナのことがあってロシアはいま国際的なプロジェクトから締め出されているけれど、こういう核融合みたいなものは人類共通の夢だからということで、まだ外れていないんです。
BIJ編集部・常盤
「核」と聞くと、特に日本人はちょっと怖いものというイメージを持つ方も多いと思います。
そうですよね。でも核融合は原子力とは真逆の発想なので、けっこう安全になりうるんです。どういうことかというと、原子力というのはひたすら核分裂していくわけですよ。すごいスピードでとめどなく分裂していくと核爆弾になる。だから原子力発電所などでは分裂のエネルギーを閉じ込めることが重要なんですよね。
核融合は逆で、放っておくと融合して小さくなってしまう。それをいかに広げるかが難しいところ。逆にいうと、放っておくと小さくなるからけっこう安全なんです。
ちなみに核融合って死ぬほど難しい技術で、いくつか流派があって、レーザー方式とか磁場方式などがありますが、ITERは磁場方式です。まず数十メートルあるような、巨大なミカンの房のようなものをつくる。そこは完全に密閉されていて、中が空洞になっている。その中で核融合を起こすという仕組みです。僕が行ったときは、ミカンの房をつくっているところでした。
ITERの炉心構造のイメージ図。ミカンの房のような形をした真空容器が放射状に並ぶ。
© ITER Organization, http://www.iter.org/
BIJ編集部・常盤
OpenAIのサム・アルトマンやビル・ゲイツも核融合に出資したことで話題になっていますよね。そんなにすごいテクノロジーなんですか?
核融合というのは簡単にいうと、「小さい太陽を地上につくるようなもの」なんです。そんなことが実現できたら、無限にエネルギーが得られる。しかも核分裂に比べると安全だとすると、これほど便利なものはない。エネルギー問題は人類にとっていちばんの課題ですが、これが実現したら、石油も石炭も風力発電もいらなくなる可能性がある。
だから世界中の人たちが期待しているわけですが、やはり技術的に非常に難しい。本当に実用化までの道のりはまだ遠いんですよ。
だけど物理とエンジニアリングの粋が世界中から集まるプロジェクトが進行中で、そのプロジェクトを取り仕切っているうちの一人が日本人というのは、けっこう誇らしいことですよね。
宇宙ベンチャーの聖地「トゥールーズ」
今回の旅でもう1カ所行ったのが、いま世界でいちばん宇宙ビジネスが盛り上がっているトゥールーズです。フランスの南西側にありますが、エアバスの本社がある関係で、宇宙ベンチャーの聖地みたいになっているんですよ。
BIJ編集部・常盤
企業城下町みたいな感じですね。
現地の市役所の誘致担当の方がものすごく熱心で、本当にトゥールーズを宇宙ベンチャーの聖地にしたいという思いを感じましたね。いま日本でも北海道の十勝の大樹町などがロケット打ち上げの聖地に若干なりつつありますが、もっと応援したいなと思ってしまいました。
南仏は田舎ですけど、QOLがめちゃくちゃ高い。自然はきれいだし、経済的に豊かな方が多いという理由もあるけれど、住環境も最高。そういうところには人がやって来ますよね。ただ唯一の弱点は、居心地がよすぎて、ダラダラ仕事をしてしまうことだそうです(笑)。
BIJ編集部・常盤
日本人は仕事をしすぎだといわれていますから、そのくらいがいいんじゃないですか(笑)。日本にも面白い宇宙ベンチャーがたくさんありますが、そういう人たちもトゥールーズをめざすようになるかもしれませんね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。