中国「不動産不況」が長期化するワケ、日本経済に悪影響もたらすシナリオ

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中国不動産大手、恒大集団の上海センター。

REUTERS/Aly Song

中国経済は、2022年末のゼロコロナ政策撤廃後、V字回復への期待が高まったものの、足元で減速感が強まっている。その最大の要因は「不動産不況」だ。

中国の不動産業界は2021年春先から低迷し、不動産業GDPは2021年7~9月期以降、ほぼすべての四半期で前年割れとなり、住宅販売額は同年3月ごろをピークに減少傾向が続いている。

2016年以降、中国共産党指導部は重要会議で「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」との文言を繰り返し強調してきた。

そうした中、2020年8月の「3つのレッドライン」という不動産開発企業への財務規制強化策を皮切りに、中国政府は不動産の投機的な取得を許さない姿勢を明確にした。このように 、過剰な投機でバブル懸念が高まった不動産業界への締め付けを強化したことが、2023年現在も続く不動産不況をもたらした。

中国政府の焦り「景気浮揚を最優先」

中国の不動産不況を象徴する例としては、業界大手でかつて強豪サッカーチームを運営するなど、ひと際存在感が強かった中国恒大集団が8月に米国で連邦破産法15条の適用を申請したニュースや、中国不動産最大手の碧桂園が10月にドル建て債の利払いを履行できず、事実上デフォルトに陥った件などが記憶に新しい。

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2021年には、恒大の債権の支払いを求め、投資家が本社に詰めかける騒動もあった。

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こうした不動産業界の苦境を受け、党指導部は7月末の共産党政府局会議後の声明で、これまで堅持してきた「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」との文言を削除した。

その後、中国政府は8月末に事実上、投機的な住宅取得も黙認する「認房不認貸」政策を実施した。「認房不認貸」政策は、購入する住宅が2軒目以降であったとしても、1軒目と異なる都市であれば、1軒目と同じ有利な条件で住宅ローンを組むことを容認するものだ。従来は住宅投機を抑える目的で、1軒目の住宅購入では住宅ローン金利や頭金比率を低く抑え、2軒目以降はこれらを高く設定する施策が講じられていた。

つまり、自らが住まない投資向けの住宅購入のハードルを下げたことを意味しており 、中国政府は明確に「景気浮揚を最優先する姿勢」に転じたといえる。

同時に9月以降、各地方で補助金など住宅購入喚起策や、戸籍要件の一部緩和など購入規制緩和策も相次いで実施された。

問題は、方針転換の効果だ。10月中旬に公表された9月分の住宅関連指標をみると、住宅市場の悪化に歯止めこそかかったものの、依然として目立った回復はみられない(図表1)。

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【図表1】分譲住宅販売/着工面積。

筆者作成

不動産市場の「本格回復」が遠い理由

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中国東部、江蘇省淮安市にある恒大集団の不動産コミュニティー(10月1日撮影)。

Costfoto/NurPhoto via Reuters

結局、政府の政策支援にもかかわらず、住宅市場は今後も弱い動きが続くと私は見ている。その要因は3つある。

第一に、不動産市場をめぐる政府の姿勢は「景気浮揚が最優先」に転換したとはいえ、基本的に「住宅は住むためのもの」との姿勢を崩しておらず、住宅投機を容認する政策を長く続けるつもりはないとみられる。

例えば習近平党総書記は2021年8月、「共同富裕」というスローガンを大々的に掲げ、格差や貧困がなく、国民全体が満ち足りた生活を送ることができる社会を目指す姿勢を打ち出した。背景には、住宅投機の過熱が中国政府にとって見過ごせない格差を生み出していることがある。

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2022年10月、中国共産党第20回党大会閉幕の翌日に新体制のお披露目会見に姿を現した習近平党総書記。

REUTERS/Tingshu Wang

特に、住宅需要の強い深圳や北京、上海といった大都市では、住宅価格が平均年収の46~58年分まで高騰し、住宅を「持つ者」と「持たざる者」との間の格差が、解消できない水準まで拡大した。

2016年以降の「住宅は投機の対象ではない」との政府の姿勢は、住宅をめぐる格差是正を目指している点で「共同富裕」の理念と根本的な一貫性があり、 政治的にも放棄するのは容易ではない。

第二に、習総書記肝いりの「共同富裕」に基づく住宅投機を制限する政府の基本姿勢は変わらないと人々が早々に見通す可能性があることだ。いずれ投機が再び制限され不動産価格の上昇は見込めないとの予想が定着すると、投資目的の住宅購入もあまり広がらず、住宅購入制限緩和などの政策効果は限定的にとどまる。

例えば「認房不認貸」政策などさまざまな施策が打ち出された9月初旬には、人々の住宅購入意欲が高まったとの調査もみられたが、実際に9月の住宅購入を押し上げるには至っていない。

第三に、肝心の「住むため」の住宅需要、つまり住宅の実需も今後は縮小が見込まれる。中国の主要住宅購入層である30歳の人口(※1) は、国連の人口推計によると、2020年をピークに、向こう15年弱、人口全体よりも速いペースで減少が予想されている。これには、1970年代から長く続いた一人っ子政策の影響もある。

したがって今後、政府による規制強化が予想される投機目的の不動産需要だけでなく、住むための住宅需要も減少傾向に陥ることは避けられない。

※1 中国のシンクタンクである貝殻研究院の「2018年中国全土住宅購入者調査報告」によると、2018年の住宅購入者の平均年齢は29.5歳だった。なお、国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」によると、日本で2022年に新築注文住宅を購入した世帯の世帯主の平均年齢は41.1歳だった。

分譲住宅販売額は、2021年の16.3兆元(約326兆円)をピークに2022年は急減少、2023年も一段の減少が予想される(図表2)。

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【図表2】分譲住宅販売額。

筆者作成

「毎年100兆円もの減少」中国の住宅販売めぐる不況のシナリオ

2030~2040年頃の住宅販売について、政府が投機目的の住宅購入を認めない場合のラフな試算は次の通りとなる。

まず、住宅購入者の平均年齢である29.5歳の人口と世帯平均人数、住宅一件当たりの広さ、1平米あたりの単価をもとに1軒目の住宅需要を推計すると、年間8.6~9.7兆元(約176兆円〜198兆円)の住宅販売額が見込まれる。これに住み替え需要を加味すると、合計で2022〜2023年並みの年間11兆元(約225兆円)程度の住宅販売額が、実際に住むための住宅需要となると試算できる。

住宅販売のピークだった2021年の水準と比較すると、今後、毎年5兆元(約100兆円)の売り上げが消える(編注:売り上げが回復しないまま推移する)ことになる。比較の目安として、これは毎年、関西2府4県が生み出す付加価値(直近でピークだった2018年度の関西圏GDP=89.2兆円) を上回る規模の富が失われることを意味する。

不動産業のGDPの減少に伴い、雇用も減少する。

不動産業自体の就業者数は280万人(2021年)と多くないが、密接に関連する建設業の就業者数は6321万人(2022年)と全就業者の8.6%を占める。仮に失われた住宅販売額と同程度の割合にあたる3割が失職したとすると、失業者は約2000万人増加し、失業率を2.6%程度押し上げる。これほどの規模の失業者数の増加は、社会不安を招き、反体制的な活動に発展する懸念もあり注意が必要となる。

もちろん実際には、売り上げが減少した場合、解雇ではなく賃金引き下げなどで対応する企業も多いだろう。建設業で失業しても、人手が不足している製造業の現場などで改めて雇用されることも考えられ、大規模な失業が一気に生じる可能性はさほど高くない。

それでも、中国の高成長を支えてきた不動産業に代わる経済の牽引役が登場するまで、中国経済がコロナ前の成長軌道に復帰することは難しい。経済成長を背景とする雇用情勢も厳しい状況が続くと考えるほうが自然だ。

中国景気低迷の長期化、日本経済へのインパクト3つ のシナリオ

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8月23日、北京から羽田空港に到着した訪日中国人観光客。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

中国経済の減速は、短期的には日本経済にも多大な影響を及ぼすことが避けられない。シナリオは次のようなものだ。

1. 日本からの輸出減少

2020年から2022年にかけて、中国は日本の最大の輸出相手国だった。しかし2023年に入り中国向け輸出は早くも前年割れが続いている。

2. 在中日系企業の売上減少

経済産業省「海外現地法人四半期調査」によると、中国に進出した日本企業の現地法人の円建て売上高は、世界の他の地域での売上高が円安などを追い風に前年比二桁の増加を続ける中で下振れた。直近4~6月期まで前年割れが続き、今後も一段の減少が予想される。これまでは中国向けも、北米や欧州など他の地域と概ね同じような推移を辿ってきたことを踏まえると異変の兆候がある。

3. 中国人の訪日旅行への影響

コロナ前の2019年は訪日客数ベースで30.1%、消費金額ベースで36.8%を中国人が占め、日本のインバウンド市場の拡大は中国人が牽引していたと言っても過言ではない。

コロナ禍で中国がゼロコロナ政策を採ったことで、2020年から2022年にかけて中国人のインバウンドは「蒸発」した。現在は2022年末にゼロコロナ政策が撤廃、2023年8月に団体旅行も解禁され、制限はない。福島第一原子力発電所の処理水排水をめぐる影響も、限定的と見てよさそうだ。実際、言論NPOが8月下旬に実施した第19回日中共同世論調査によると、2012年の尖閣諸島領有権問題の時のように、市井の人々の間で対日感情が大きく悪化したわけではないことが確認できる。

むしろ、中国人の訪日旅行の回復を妨げる最大の要因は「景気減速」と、それに伴う「雇用・所得情勢の悪化」だ。

2019年の訪日外国人の年齢構成をみると、中国人観光客は他の国・地域からの観光客よりも10代後半、20代、30代の割合が高かった。しかし、中国では、景気減速下で若い世代にしわ寄せがいきやすい。

実際、今年4月から6月にかけて、16~24歳の失業率は20%を超え、過去最悪を記録した後、一段の悪化を懸念した政府当局により7月以降の数字は公表停止となったほどだ。

中国インバウンド需要の『勝ち筋』見直しの必要性

すでに訪日外国人数は、9月にコロナ前2019年同月の96.1%まで回復しており、中国人の訪日旅行が回復しなくても、今後のインバウンド動向に差し障りはないようにみえる(図表3)。

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【図表3】訪日外国人数の推移。2019年同月=100として、訪日外客数の推移を集計している。

筆者作成

しかし、インバウンド市場の中長期的な見通しは必ずしも明るいわけではない。

今後、日米の金融政策の変更などで為替レートが円高方向に動き、円安による訪日旅行の割安感が消失する可能性も考えられる。

また、現在の訪日旅行の回復は、過去3年、コロナ禍で抑制されていた海外旅行需要のリベンジ消費が押し上げている側面がある。リベンジ消費が一巡すれば、訪日外国人数が再度コロナ前を大きく割り込む懸念もある。

不動産不況が長期化し、中国経済の本格回復が見通せない今、2010年代の日本のインバウンド市場の拡大を牽引した「中国人訪日客の順調な増加」は当面見込めない。

そうした中、日本政府が2023年に閣議決定した「観光立国推進基本計画」で掲げた、訪日外国人旅行消費額5兆円(2019年:4.8兆円)を早期に達成し、「観光立国」を目指すのであれば、訪日客の単価を上げる必要がある。

例えば、体験型の「コト消費」の拡大を図る、医療ツーリズムやワーケーションなど付加価値の高い訪日旅行パッケージを推進する、もともと単価の高い欧米からの訪日客の誘致を強化するといったことが有効だろう。

中国人観光客の大量受け入れが叶わなくなったことを奇貨とし、日本のインバウンド市場の「量」から「質」への転換を図ることが、かえって日本国内の観光業における人手不足や観光公害の悪化を避け、持続可能なインバウンドの実現につながることも期待される。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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