NTT、ソフトバンク、JR…なぜ大手はこぞって陸上養殖に参入するのか

salmon

天然資源の減少や買い負けにより、身近な魚が食べられなくなるかもしれない。

撮影:土屋咲花

NTT、ソフトバンク、JR ──。誰もが知る大手企業が今、こぞって参入している新規ビジネスがある。

海面ではなく、陸上の遊休地などで魚介類を育てる、陸上養殖だ。

サステナブルで安全性が高い食料生産の手段として注目が集まっているが、どれほどの商機があるのか。

「これからの食料生産方法」世界でトレンド

shutterstock_1467966968

「陸上養殖」はさまざまな側面から世界的に注目が集まっている。

shutterstock

陸上養殖とはその名の通り、人工的に作った陸上の環境下で食用の魚を育てることだ。

海や湖のように細菌やウイルスが侵入するリスクが少ないほか、トレーサビリティが容易といった安全性の高さがメリットとされる。海面養殖のように餌の食べかすが海を汚染することもなく、陸上養殖の中でも特に、水族館と同様の仕組みで水を浄化・循環させる「閉鎖循環式陸上養殖」は排水がない分、より環境負荷が少なくサステナブルとされる。

6次産業化も見込め、地域ブランドの創出や地産地消の促進にも寄与すると期待されている。

陸上養殖の事業者は増加している。水産庁の調査によると、新規参入は2016年ごろから増え始めた。2022年の累計事業者数は124件で、2015年と比べて倍増している。

2023年6月にはNTTとゲノム編集ベンチャーのリージョナルフィッシュが陸上養殖事業の合弁会社を立ち上げた。ホームセンターのコーナン商事も2023年8月、駐車場の一画を活用してバナメイエビの陸上養殖を開始異業種からの参入が相次いでいる

今、なぜ陸上養殖に注目が集まっているのか。

陸上養殖システムを開発するスタートアップで、海外にも拠点を持つARK(アーク)の竹之下航洋CEOは、「グローバルと日本ではトレンドが異なりますが、世界で注目されている」と説明する。

海外の場合は、人口増加による水産物の需要増加が背景にある。

「これまで海面養殖でまかなってきましたが、そもそも養殖に適した海域は少ないんです。海面養殖を増やすことに限界があり、次の手段として陸上養殖が注目されています」(竹之下CEO)

一方、日本の場合は事情が異なる。政府は2032年度に、食用魚介類の自給率を94%まで上げる目標を掲げている。現在の食用魚介類の自給率は59%(2021年度)。漁業就業者数も海面漁業の漁獲量も減少傾向にある中で、かなり高い目標といえる。こうした中、注目されているのが陸上養殖だ。

陸上養殖であれば漁業権が必要ないから、他の事業者も参入できるんです」(竹之下CEO)

230602-9-pdf

養殖の生産量は世界的に増えている。

出典:令和4年度 水産白書

設備が高すぎて、採算性は課題

tyousa

陸上養殖の事業者別生産規模。小規模のプレーヤーが大半を占めている。

出典:水産庁令和4年度 陸上養殖実態調査

多くの企業が新規事業として取り組む陸上養殖は、これから儲かるビジネスなのか。竹之下CEOは

採算性の問題はまだ解決されていない段階です。めちゃくちゃでかくするか、小さく活用するかの両極しかない。中途半端が1番ダメ」

と話す。

陸上養殖の課題として挙げられるのが、設備投資やエネルギーコストの高さだ。初期費用は億単位に上ることもあるという。

収益化のためには1尾あたりの生産コストを下げる努力が欠かせないが、その一つの解が大型化だ。

三菱商事とマルハニチロは2022年、サーモンの陸上養殖事業を行う合弁会社を設立し、2500トン規模の陸上養殖施設を建設すると発表した

大手総合商社が関わるケースは複数あり、例えば三井物産は陸上養殖事業のFRDジャパンを連結子会社に持つ。FRDジャパンは現在、年間約30トンのサーモントラウトを生産。コープやセブンイレブン(期間限定)などで販売実績がある。

FRDジャパンは2023年7月、サーモントラウトの陸上養殖商業プラントを建設することを発表した3500トン規模の生産量を持つ商業プラントを作り、2027年から生産・販売する計画だ。そのための資金として計210億円を資金調達した。

大型事業者は現時点でわずかだ。水産庁の調査では、100トン以上の生産規模を持つ陸上養殖事業者は全体の4%。約9割が生産規模50トン未満の中小事業者だ。

竹之下CEOによると、中小規模の陸上養殖事業者がつき当たるのが、販路や価格競争の壁という。

「ある程度の規模で作ってしまうと、一気に収穫することになる。すると収穫したものは当然、加工して冷凍しないと流通ルートに乗せられない。でも加工して冷凍しちゃうと、価値が海外の輸入品と大して変わらなくなってしまいます。そうすると海外産と戦える値段で売らなきゃいけない。

中途半端な規模だと採算性としては厳しい計算にしかならない」(竹之下CEO)

こうした中、各社は技術による効率化を進めている。例えばNTTと組むリージョナルフィッシュは、ゲノム編集をはじめとした品種改良技術を使い、各地域に適した付加価値の高い魚介類を開発する。

小型に振り切り、初期費用を低減

CEO

ARKの竹之下航洋CEO。

撮影:土屋咲花

2020年創業のARKは、駐車場1台分(9.99平方メートル)のスペースでも設置ができる、小型の閉鎖循環式陸上養殖システムを開発する。価格は約1000万円前後。

従来の陸上養殖システムと比較して安価で、初期費用が高すぎるという課題を解決している。竹之下CEOの言う「めちゃくちゃ小さい規模」に振ったポジショニングだ。

小型であることのメリットは、付加価値を作りやすい点にあるという。

「僕らの装置がなぜこんなに小型化しているかと言うと、(水槽内の魚に)手が届くじゃないですか。だから活魚ないしは鮮魚で流通できるんです。水産物は加工が入れば入るほど単価が落ちていくんですが、小型ならまさに1匹ずつ出荷したり、『店産店消』もできます。

また、しけで市場に魚がなく、高値で売れる時に売るということもできる。漁師さんが困っている豊漁貧乏と真逆です」

同社の小型陸上養殖システムARK-V1は、2023年3月に量産体制が整った。まずは国内で1000台を目標に普及を進めている。

導入した事業者の狙いはさまざまだ。

JR東日本は、JR常磐線の浪江駅(福島県)でエビの陸上養殖を実施している。無人駅で新たな産業を創出するための実証実験という位置付けだ。

遊休地の活用だけでなく、“魚介類の調達”に危機感を感じている事業者の導入例もある。

地方の水産加工会社では、輸入原料の「買い負け」対策としてARKの陸上養殖システムを導入したという。

「円安などによってインドや中国といった需要旺盛な国に買い負けるという現象が起こっています。水産物の調達に課題を持っている企業が、

新しい原材料となる魚介類の調達手段を獲得する目的で陸上養殖に取り組んでいます」(竹之下CEO)

「儲かる事例を」ロンドン出店

black

本体の色は白と黒の2種類。納品先の気候に合わせるという。

撮影:土屋咲花

引き合いがある一方で、ARKも他の陸上養殖と同じく採算性の問題と格闘しているだ。同社は今「付加価値をつけて販売できるサプライチェーンをつくる」ことに取り組んでいるという。

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み