企業のトップである社長の給料はどう決まるのか。
corgarashu/Shutterstock.com
こんにちは、濵村純平といいます。普段は大学で原価計算や管理会計を教えています。
みなさんは会社の社長(経営者、役員)などの給料(経営者報酬、役員報酬)がどう決まっているか知っていますか。「社長は企業のトップなのだから、自分で好きに給与を決めていいのでは?」と思うかもしれません。事実、多くの企業で経営者自身が報酬を決めているのですが、とはいえ自由に金額を決められるわけではありません。
普通の会社員なら、チームや個人のKPIの達成度や、最近流行りの「ジョブ型雇用」のように与えられたタスクに対して給与が決まっています。経営者にもちゃんとした「給料の決め方」があります。
日本の経営者報酬「出る杭は打たれる」
横並びの意識が強い日本。
Salivanchuk Semen/Shutterstock.com
みなさん「出る杭は打たれる」ということわざはご存知だと思います。ざっくりいうと「ほかと比べて目立つと、批判される」くらいの意味ですね。日本ではこのことわざに代表されるように、横並び意識が強いといわれています。
実は、私と近畿大学の井上謙仁准教授との共同研究では、日本では役員報酬の決定方法が、日本の文化や習慣と大きく関連している可能性が見えてきました※1。そう、「出る杭は打たれる」です。
なぜ、「出る杭は打たれる」と役員報酬が関係するのでしょうか。やみくもに考えても仕方ないので、いくつかの有名企業に注目してみます。
まず、トヨタ自動車の統合報告書を見てみます。そうすると、報酬の決め方の一つとして「日本に所在する企業群をベンチマークとした役員報酬水準を参考に」と書かれています。
トヨタの統合報告書では、役員報酬について「日本に所在する企業群をベンチマークとした役員報酬水準を参考に」との記載がある。
トヨタ自動車 統合報告書2022より
また、KDDIのサステナビリティ統合レポートでも「KDDI の役員報酬水準は、国内の同業他社または同規模の他社との比較」をして決めていると書かれています。さらに、KDDIは「外部専門機関による客観的な調査データを参考に、毎年、報酬諮問委員会にて報酬水準の妥当性を検証」しているとも書いています。
KDDIの最後の文章は、我々に1つの示唆を与えてくれます。つまり、「妥当な報酬水準であること」の重要性です。
ニュースを見ていると、「経営者報酬が高すぎる」と批判する声が聞こえてくることがあります。日産自動車の経営者だったカルロス・ゴーン氏のケースは典型例です。要するに、日本では高すぎる報酬は「出る杭」として、批判されてしまうのです。
このような「妥当な報酬水準」を意識している企業は、そういった批判のせいで、自社の評判を下げたくないと考えているのでしょう。
では、「出る杭」にならないためにはどうしたらいいでしょうか。それがまさに、「他社の報酬水準を参考にする」ことです。他社の報酬水準を参考にして、そこから極端に出過ぎないように報酬を決定するのです。
KDDIサステナビリティ統合レポートに記載されている役員報酬の決定方法。
KDDIサステナビリティ統合レポートより
他社が儲かると経営者の報酬が減る米国、増える日本
我々がこの研究を始めたきっかけは、米国の経営者報酬研究の追試をしたことでした※2。
米国の研究では、比較対象企業をちゃんと選ぶと、経営者報酬契約において「同業他社の会計利益」が使われていると指摘しています。しかも、他社の利益が上がると、自社の役員報酬が減る関係が観察されたのです。これは、「相対的業績評価」と呼ばれる考え方です。同様の環境下にある他企業と比べて、自社の成績が悪いのなら、相対的にうまく意思決定ができていない可能性が高い、と経営者を評価しているわけです。
我々は、東北大学の尾関規正准教授と一緒に、日本企業でも同じ結果が観察されるかを、民間の企業データベースをもとに統計的に調査しました※3。しかし、日本企業では比較対象企業を同じように選んでも、他社の利益が上がると、自社の役員報酬にプラスの影響を与えている(正の相関がある)と分かりました。つまり、他社が儲けると、なぜか自社の役員報酬も増えるのです。
我々も「いや、そんなわけないやろ」と思ったのですが、なぜこんな結果になるのかを考える中でたどり着いた理由の一つが、先程紹介したトヨタ自動車の例でした。
つまり、「他社の利益が上がったことで他社の役員報酬が増え、その結果、その報酬を参照して報酬を決める企業でも役員報酬が増えている」可能性があると考えられるのです。
同じ出来事でも企業によって影響はまちまち
同業他社との比較の中で、給与が高すぎると批判されてしまうリスクなどを考えている可能性も。
撮影:今村拓馬
ちなみに、我々の研究では比較対象企業(10社)を、追試した研究に基づいて選んでいます。選択基準としては、業界と企業規模に加えて、「世の中に起こった出来事を、企業の会計数値がどれだけ反映しているか」を考慮しています。
業界は直観的に分かると思います。企業規模は、ある程度同じ規模感の企業間での比較をするために使っています。最後の「世の中に起こった出来事を、企業の会計数値がどれだけ反映しているか」は分かりにくいので、少し説明します。
世の中の出来事に企業がどう反応し、会計数値(売上高や損益など)に反映されるかは、同じ業界でも企業によって異なります。例えば、外食産業でジャガイモが高騰したとしましょう。このとき、カレー屋さんはジャガイモの高騰の影響を直接受け、コストが上がります。しかし、牛丼屋さんはジャガイモの高騰の影響をそれほど受けず、会計数値には反映されません。つまり、同じ外食産業でも、ジャガイモの高騰という出来事に対して、会計数値への影響は異なるわけです。
これを考慮するために、同じ業界である出来事が会計数値に反映される程度を測定した指標を、財務報告の「比較可能性」といいます。
ある出来事に対して、同業他社で同じような会計数値が計算されるなら、それらの企業は「似た企業」となります。私たちの研究ではこれをもとに、比較可能性が高い企業を選んで、統計的に役員報酬の決め方を調査しました。
余談ですが、日本企業では、経営者報酬の決定で会計数値がよく利用されているという研究があります※4。そのため、日本企業の経営者報酬を考えるうえで、財務報告の比較可能性は役立つ指標となります。比較対象企業の選定は『実務に活かす管理会計のエビデンス』(中央経済社)の第15章でより詳しく議論しているので、興味があれば読んでみてください。
私たちの研究では、こうして比較可能な企業を選出し調査していった結果、日本の上場企業では、同時期の比較企業の業績が高い水準にあるとき、自社の役員報酬も高い水準となる傾向がみられたわけです※3。
「横並びだから悪い」というわけではない
報酬を横並びにすることの影響はさまざまだ。
撮影:今村拓馬
役員報酬が横並びになることについては、いろいろな意見があると思います。例えば「横並びだと、頑張らなくてもある程度の報酬をもらうことができる」という意見です。
確かに、他社の企業と同じような報酬水準なら、頑張らなくてももらえる金額は保証されているので、経営者は頑張る理由が減ってしまいます。しかし、逆に言うと、ある程度の報酬を保証されているので、思い切ったことができるというメリットもあるわけです。また、行き過ぎた報酬にならないので、経営者に支払われる額が節約されれば、企業が他(投資など)に使えるお金が少しは増えます。
また、「報酬を目立たせないように」という横並び意識だけで、他社の報酬を指標にしているわけではないケースもあります。例えば、ニチレイの統合レポートには、「食品・物流業界をはじめとした当社グループとビジネスや人財の競合する企業の報酬水準」を参考に決定すると書かれています。つまり、確かに他社の報酬水準を参考にして自社の報酬を決定していますが、その理由は「優秀な人材を確保する」ことにあると考えられます。
統計的な分析で観察できるのは、あくまでも「日本では、ある企業の報酬と他社の報酬には、関連がある傾向がみられる」ことだけです。
しかし、この場合も他社の水準からとびぬけた額では、批判される可能性があります。そのため、極端に高い報酬にするのは難しいかもしれません。ここにもやはり、「出る杭は打たれる」文化が影響しているかもしれません。
経営者報酬の決定方針は、2019年と2021年に改正された会社法で、より詳細な開示が求められるようになりました。
しかし、必ずしもすべての企業が開示していません。未だに開示していない企業には、何か理由があります。それは「開示したくない」からなのか「そもそも開示できるものがない(報酬契約が詳細に決まっていない)」からなのか分かりません。もし、後者であれば、他社の傾向を見ることで自社の報酬設計に少しでも役立ててもらえればと思います。
また、今回の内容はあくまでも経営者報酬を決めるうえでの1要素でしかないことには注意が必要です。もちろん、経営者報酬を決めるときに、利益や売上高が使われていたりもします。加えて、私たちの論文はプレプリントであり、まだ査読を通過していないことにも注意してください。
濵村純平:桃山学院大学経営学部准教授。神戸大学経営学部経営学科卒業、同大学院経営学研究科で博士(経営学)を取得。2020年より現職。専門は管理会計や原価計算。著書に『寡占競争企業の管理会計』(中央経済社)や『新版 まなびの入門会計学(第3版)』(分担執筆、中央経済社)など。
参考文献
※1:Hamamura, J., and K. Inoue. 2023. The nail that stands is hammered down: Using financial reporting comparability to set peer groups on benchmarking for managerial compensation in Japan. Available at SSRN: id 4398675.
※2:Nam, J. 2020. Financial reporting comparability and accounting-based relative performance evaluation in the design of CEO cash compensation contracts. The Accounting Review 95(3): 343-370.
※3:井上謙仁・尾関規正・濵村純平. 2021. 「財務報告の比較可能性と相対的業績評価:Nam (2020) の追試」『会計科学』 e2021(2): 1-5.
※4:Iwasaki, T., S. Otomasa, A. Shiiba, and A. Shuto. 2018. The role of accounting conservatism in executive compensation contracts. Journal of Business Finance & Accounting 45(9-10): 1139-1163.
加登豊・吉田栄介・新井康平編著『実務に活かす管理会計のエビデンス』中央経済社.