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スピード感、成長性、フラットで自由な雰囲気。それらを求めて「スタートアップ」への転職を希望する方は多数いらっしゃいます。IPOによって多額の利益(キャピタルゲイン)を得られるストックオプションに魅力を感じる方もいます。
しかし、IPOを目指していたはずが思いがけない方向へ進む可能性もあるという現実を、スタートアップに転職するみなさんは覚悟しておかなければなりません。
起業家がスタートアップを立ち上げる際には、成長した先の「エグジット(EXT)」を視野に入れています。つまり、「出口戦略」です。
スタートアップのエグジットには大きく2つの種類があります。
- IPO(株式公開)
- M&A(事業売却)
求人広告などでは「IPOを目指す」「IPOを予定」といったフレーズを見かけますよね。募集職種そのものが「IPO準備要員」であったりもします。
多くのスタートアップはIPOを目指しますし、転職する方もIPOを目標に会社の成長に貢献することをモチベーションとしていたりします。
ところが、IPOではなく、「M&A」に行き着くスタートアップもあります。これは、メンバー~マネジャークラスの社員にとっては「青天の霹靂」「寝耳に水」となることが多いものです。
今回は、「M&A」というエグジットについて、スタートアップへの転職を検討しているみなさんに知っておいていただきたいことについてお話しします。
「事業売却」の決断に至る事情はさまざま
エグジットが「M&Aで売却」となる場合、企業によって事情が異なります。
まず100%ポジティブにM&Aを選択するケースは少ないといえるでしょう。実際には、IPOを目指していたけれど資金調達がうまくいかず、他社に売却するケースが多く見られます。
資金調達に奔走するなかで、大手企業などから「数%の出資では意味がない。100%なら出資する」と提案され、受け入れる……といったようにです。
また、創業者自身が「自分の力ではこれ以上成長させられない」と限界を感じ、事業をさらに大きく育ててくれる会社に委ねるケースもあります。
これは「全体最適」を見極め、会社と社員たちの未来を考えたうえでの決断ですので、ある意味ポジティブともいえるでしょう。
一方、起業の初期段階から積極的に売却を計画している起業家もいます。ある社長は「森本さんだから話すけどさ」と、社員たちには打ち明けていない本音を語ってくれました。「自分はもともと飽きっぽいし、いろんなことをやりたい。今の事業を軌道に乗せたら売却して新しいことにチャレンジしたいんだよね」と。
そんな考えがあることを社員たちに公言している社長も中にはいますが、非常にレアです。多くの場合、本音を語りません。
アメリカなどでは、事業売却は会社を成長させるための適切な戦略の一つとして捉えられることも多いのですが、日本では「起業家精神に反する」「社員への裏切り」「自分だけ大儲けしている」などと見られてしまうことを懸念し、考えはあっても内に秘めておくわけです。
ですから、スタートアップに応募したとして、面接で「いずれ売却する考えはありますか?」と聞いたところで、率直に答えてもらえることはまずないでしょう。
なお、「ファンドによるエグジット」というパターンもあります。
これは投資ファンドがスタートアップの株主になっているケースであり、ファンドが投資資金回収のためにエグジットを実行します。エグジットの形はIPOであったり売却であったりと、ケース・バイ・ケースです。
このケースでは、転職する時点でファンドが入っていることが分かっているため、覚悟はしやすいといえるでしょう。
事業売却による社員のメリット・デメリット
このような事情から、社員は予期せず「M&Aで売却」に直面することもあります。
しかし、必ずしも落胆する必要はありません。買収されたとはいえ、これまでと変わらないことも多いのです。
ロックアップ期間(M&A後、旧経営陣を企業に残留させる期間のこと)に限らず、社長が交代することなく、戦略や方針は基本的に任され、働き方やカルチャーがそのまま継続されることもあります。かつ、資金を得て以前より経営は安定します。
買収した企業によっては、メリットがもたらされることもあります。例えば、
- より経営能力に長けた人がトップとなり、活性化する
- 大手など資金力がある企業に買収され、事業をさらに成長させたり、新たなチャレンジに投資できたりする
- 優れた人事制度や福利厚生などが導入される
- 親会社への出向や転籍などにより、キャリアの幅が広がる
そしてもちろん、この逆もあり得ます。
親会社の支配が強くなると、自由度が失われ、働き方やカルチャーが変わってしまうこともあります。送り込まれてくる新たな経営者が、組織に混乱を招くことも。
これまで高い給与を出していたために資金繰りが厳しくなってしまったスタートアップなどでは、報酬体系が是正され、給与ダウンとなるケースもあります。
大手企業の子会社となった場合は、新たな取り組みをする際に稟議に時間がかかり、スタートアップの魅力である「スピード感」が失われることもあるでしょう。
もちろん「IPO」の道はなくなります。「子会社IPO」もなくはないものの、当面のIPOはないため、ストックオプションは無効となる可能性が高いでしょう。
また、メンバー~マネジャークラスはそのまま在籍できても、経営ボードメンバーは買収企業側の意向によっては解任される可能性があります。解任されないまでも、自身の役割やモチベーションを失い、転職するケースも見られます。
あるテック企業は、特定領域でシェア4位程度に位置しIPOを目指していましたが、資金調達に苦戦し、別のテック企業に売却することになりました。
その時、CxOのポジションにいたお2人が、「IPOを目指さないならとどまる意味はない」と退職。お1人は「IPO準備経験」を評価されて別の会社に経営ボードとして転職。もうお1人は「これも運命」と、以前から考えていた起業を果たされました。
どのような企業に買収されたかにより、その後の展開は大きく異なってきます。
まずは買収したのがどのような企業なのかを調べ、今後、自社にどのように関わってくるのかを確認しましょう。そのうえで、会社にとどまるか、転職するか、自身にとって最適な方向性を検討してください。
なお、明らかにデメリットが多く、多くの社員が退職を選ぶことが予想される場合、転職活動をするならなるべく早めに行動を起こすことをお勧めします。
同じ会社から同様の経験・スキルを持つ人が大量に転職マーケットに出てくると、市場価値が下がり、選考においてのライバルが増えるからです。
とはいえ、見切りをつけるのが早すぎても、その後で社員にとってメリットとなる方針が発表され「だったら辞めなきゃよかった」ということにもなりがち。くれぐれもタイミングには注意してください。
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森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。